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認知症施策における官民連携の好事例に関する調査研究事業

2019年04月10日 紀伊信之山田敦弘、高橋孝治、芦沢未菜、高橋光進、川添真友


*本事業は、平成30年度老人保健事業推進費等補助金老人保健健康増進等事業として実施したものです。

1.調査研究の目的
 団塊世代が後期高齢者となる2025年には65歳以上高齢者の約5人に一人は認知症になると見込まれているが、認知症は、90歳を超えると有病率が半数を超え、「避けられない老化の一つ」の側面が強い。そのため、地域社会全体で「認知症にやさしい地域づくり」を進め、認知症の人を受容し、認知症になっても、生き生きと自分らしく暮らし続けられる環境を整備していくことが肝要である。
 「認知症になっても暮らしやすい」環境を作っていくためには、医療・介護の支援体制はもちろん、公共施設や交通手段などのハード面、買い物・食事・外出支援等生活支援サービスのようなソフト面、さらには認知症の人やその家族向けの事故対策の仕組み作りなど、「暮らし・生活」に関わる広範な取り組みが求められる。
 その際、行政による公的な施策に留まらず、地域の商業、サービス業、大学等研究機関を含む幅広い民間事業者の力を活用し、官民が連携した取り組みを進めていくことが極めて重要である。 
 しかし、「認知症の人にやさしいまちづくり」に関して、暮らしに密着した各種民間事業者と連携しながら効果的な取り組みを進める事例も出てきているが、まだ一握りであり、それらの地域においても取り組みは緒についたところである。
 そこで、本調査研究では、「認知症の人にやさしい地域づくり」について先駆的に民間事業者と連携した取り組みを進めている自治体の事例調査を通じて、認知症の人にやさしい地域づくりを各地域で展開していく際の効果的な官民連携のあり方や、取り組むべき課題に関して考察・検討を行った。

2.調査研究の概要
 「認知症の人にやさしい地域づくり」について知見のある有識者および実務者から成る検討委員会を構成した上で、下記を実施した。
(1)医学系の有識者へのヒアリング
 認知症施策における官民連携の在り方について、医学分野における有識者へのヒアリングを行った。
(2)官民連携事例の収集
 新聞・雑誌・ウェブサイト等の公開情報から、官民連携にて「認知症の人にやさしい地域づくり」を進めている自治体(都道府県、市区町村)の事例に関して、幅広く収集し、取り組みのテーマ等に応じて分類を行った。
(3)事例ヒアリング調査
 上記でリストアップしたもののうち、とりわけ、他の地域での取り組みの参考となると想定される事例を選定し、対象となる自治体担当者並びに関係者にヒアリング調査を実施した。本調査研究では「複数の企業と連携するプラットフォーム構築の事例」「認知症の人にやさしい店・企業等の認定を進める事例」、官民連携の一つとして取り組みが増えつつある、「認知症の人やその家族、市民に対する事故救済制度(保険等)に取り組む事例」についてヒアリングを行った。ヒアリング対象は以下の通り。


3.主な調査研究結果
 既に官民連携での取り組みを進める事例からは、以下のような点が推進上の重要な考え方として挙げられる。

●「認知症」といっても、初期段階から中重度の段階まで幅広く、状況や問題は非常に多様
 「認知症施策」というと、「行方不明時の捜索」等、ある程度症状が進行した人を対象とした施策が想起されるかもしれないが、実際には、そうした症状に進行するまでに、徐々に認知機能が低下し、生活に支障が出てくるまでの長いプロセスがある。「認知症の人にやさしいまち」を考える際には、「健常」との境界があいまいな認知症の初期段階の人を含めて考えていく必要がある。

●認知症の人にやさしい街づくりは、人々の暮らし・生活全般に関わるため、医療・介護に留まらない幅広い民間の力が必要
 「暮らし」に関わる、日常の交通、小売、外食、金融、生活サービス等幅広い民間の事業者との協力が重要。また、人材育成や啓発、研究等様々な面で、「学」すなわち、大学等研究機関の力も有効に活用すべき。
 こうした「民」(および「学」)との連携を進めていくに当たっては、行政側も福祉系の部局だけではなく、産業系の部局との連携など部署横断的な取り組みが求められる。

●多くの関係者が「認知症にやさしい街づくり」のイメージが共有できるビジョンをつくる
 多数の関係者と連携しながらの中長期的な取り組みが求められるため、取り組みの早い段階で、関係者が共有できるビジョンを設定することが有効である。また、その検討・作成のプロセスにおいて、関係者の当事者意識を育てていくことが重要となる。
 同時に、描いたビジョンに対して、実際に施策が有効に機能しているかを多面的にチェックする仕組みを設計しておくことも肝要である。

●「保険」については、目的と効果を見極めながら、地域の実情に応じた自治体としての支援のあり方を慎重に検討する必要がある
 そもそも自治体として保険の仕組みを導入すべきか、導入する場合に保険による救済範囲(「認知症の家族に賠償責任」までか、「被害を受けた市民側の救済」まで広げるか等)をどのように設定するかは各自治体の状況に応じた慎重な判断が求められる。また、賠償責任保険や事故救済制度が「認知症=事故を起こす人」というネガティブな連想を助長しないような細心の注意が必要である。さらに、早期診断後のフォロー体制や、「そもそも事故に巻き込まれないための環境作り」をあわせて進めていくことも欠かせない。

4.今後の課題
 今後、「認知症の人にやさしい街づくり」を官民連携で進めていく際には、次のような点が課題や留意点として挙げられる。

・啓発が「排除」につながらない配慮・工夫
 市民の関心を高めるのみならず、その「関心の中身」に注意が必要。認知症に関する発信を行うことが、「認知症にはなりたくない」という意識を過度に助長したり、認知症の人を地域から排除したりする機運につながらないような配慮・工夫が求められる。

・「認知症の人にやさしい街づくり」から、「あらゆる人にやさしい街づくり」へ
 「認知症の人にやさしい」ことに留まらず、障害のある人や高齢者を含めて、あらゆる人にやさしい=ユニバーサルデザイン的な考え方にまで広げることが重要。

・取り組みの継続性の担保
 必然的に中長期的な取り組みとなるため、行政側は、一貫したポリシー行政施策としてのコストパフォーマンスを意識することが必要。

・民間事業者の収益との両立、事業活動への組み込み
 「認知症の人にもやさしいこと」が商品開発やサービス開発、現場のサービスオペレーションにおいて、「当たり前」のことにまで昇華することが理想。消費者保護の観点から業界ごとに一定のガイドライン等が必要になると想定されるとともに、「当事者の意見」をどう企業活動に取り入れていくかも課題である。

・官民連携における縦と横の「役割分担」と「連携」
 官民連携を効果的に進めるには「組織の階層・レイヤー」を意識する必要がある。官民双方において、「本社-支店」や「国-都道府県-市町村」という「縦」と、同業同士や近隣自治体同士の「横」で、役割分担と連携がなされ、それぞれの階層で効果的に官民が連携できるシステムを作っていくことは今度の大きな課題である。

※詳細につきましては、下記の報告書をご参照ください。
【報告書本編】

本件に関するお問い合わせ
 リサーチ・コンサルティング部門 高齢社会イノベーショングループ
 部長(シニアマネジャー) 紀伊信之
 TEL:06-6479-5352 E-mail:kii.nobuyuki@jri.co.jp
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