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レトロニムと未来洞察

2018年12月21日 八幡晃久


 レトロニムという言葉をご存じだろうか?
 新しいモノ・コトの登場・普及に伴い、それまで存在していたモノ・コトに改めて付けられた呼び名のことであり、例えば以下のようなものが挙げられる。
・「アナログ時計」
デジタル時計の登場・普及に伴い、“それまで”の時計は「アナログ時計」と呼ばれるようになった。
・「アコースティックギター」
エレキギターの登場・普及に伴い、“それまで”のギターは「アコースティックギター」と呼ばれるようになった。
・「デーゲーム」
ナイトゲームの登場・普及に伴い、“それまで”の野球の試合は「デーゲーム」と呼ばれるようになった。

 これら以外にも、(携帯電話の普及による)固定電話、(ノートPCの普及による)デスクトップPC、(回転寿司の普及による)回らない寿司などが代表的なレトロニムといえる。
 こうして幾つかの例を挙げていくと、レトロニムはイノベーションの結果として生み出されているケースが多いことに気付かされる。面白いのは、レトロニムは、「新しいモノ・コト」から「それまでのモノ・コト」を相対的に表現する言葉であるため、何がイノベーションだったのかを端的に表している点である。結果、しばしばレトロニムは、あるモノ・コトに対する旧来の思い込みを表出化させる。
・携帯電話により、電話は固定されたものであるという思い込みに、
・ノートPCの登場により、PCは机の上に置いておくものであるという思い込みに、
・回転寿司の登場により、お寿司は回らないものであるという思い込みに、
 我々は気付かされる。携帯電話が登場するまで、皆が電話を持ち歩くような社会は、多くの人にとって「思ってもみなかった」ことであっただろう。

未来を考えるのが、うまい人、へたな人

 未来デザイン・ラボが提供する未来洞察では、①世の中には意外と思ってもみなかった(=想定外の)変化が多い、という前提認識に基づき、②10年、15年といった長い時間軸で物事を考える際には「想定外の変化」の可能性に目を向けることが重要であると考えている。具体的には、未来洞察のプロセスとして、③変化の兆しに目を向け、10年後、15年後のあり得る未来(=想定外の変化後の社会)を考え“スキャニング(*1)”というセッションを実施している。この一連のプロセスにおいて、セッションの参加者から、「あり得る未来(=想定外の変化後の社会)を考えたり、うまく表現したりするのが難しい」、「どうすれば、うまく考えられるようになるのか」という意見を耳にすることがある。
 これまでファシリテーションしてきたスキャニングのセッションの経験から、どうして未来を考えるのが「うまい人」と「へたな人」がいるのか、「うまい人」にあって「へたな人」にはないものは何かを考えたところ、以下の3つに整理できるのではないかという結論に至った。

(1)抽象的概念の理解力、言語化能力といった基本的なスキル
(2)社会変化のメカニズムの理解といったやや専門的な知見
(3)固定概念に捉われず物事を考えるというマインドセット

 (1)は、現在起こっている具体的な事象(=変化の兆し)を抽象的に捉え、変化の潮流として理解し、他者に伝わるように表現する、といったスキルであり、あり得る未来を考える以外の場面でも必要な基本的なスキルといえる。
 (2)は、過去の歴史や事例などを参考に、どのような場合に、どのように社会は変化するのかといった法則性やメカニズムに対する知見のことである。例えば、気候変動に対する国際的な枠組みの形成プロセスを知ることは、マイクロプラスティックに対する将来的な規制やルールの動向を洞察するのに役立つだろう。
 (3)は、文字通りであるが、従来の固定概念に捉われず、「もしXXだったら……」というスタンスであり得る未来を考える心構えである。例えば、未来の働き方を考えるには、「毎日会社まで通勤する」、「1つの会社に所属する」といった現在の「あたりまえの働き方」を前提としないところからスタートする必要があるだろう。

 と、ここまで未来洞察の話、特に、「想定外の変化」を捉え、あり得る未来を考えるコツのようなものについて述べてきたわけだが、ようやく、レトロニムと未来洞察をつなぐキーワードに辿り着くことができた。

「固定概念」である。

固定概念を外す練習:レトロニムをつくってみる

 どうも自分は未来の可能性を考えるのが下手である、とか、どうも頭が固いなぁと感じている人は、固定概念に捉われることで、思考の幅が制限されている可能性がある。そんな人におすすめなのが、新しいレトロニムをつくってみる、考えてみることである。
 前述の通り、レトロニムは、「新しいモノ・コト」から「それまでのモノ・コト」を相対的に表現する言葉であり、しばしば、あるモノ・コトに対する旧来の固定概念を表出化させる。ということは、新しいレトロニムを無理やり考え出そうとすると、今のモノ・コトに対する固定概念を捉え、表現する必要がある。

 例を考えてみよう。
 今、私の机の上には、コーヒーがある。コンビニで購入したものだ。もちろん、飲むために購入した。しかし、ふと考える。飲む以外の楽しみ方もあるのではないだろうか。

 例えば、香りを楽しむことを目的とした、「嗅ぐコーヒー」があってもいいかもしれない。
 インテリアのような「見るコーヒー」、音楽のような「聞くコーヒー(焙煎の音を楽しむのだろうか。時に、一定のリズムで刻まれる音は、人の心を安らげる効果があるものだ)」もあってもいいかもしれない。
 そのような、色々な楽しみ方に特化したコーヒーが登場・普及した時、今のコーヒーはおそらくこう呼ばれるだろう。

「飲むコーヒー」と。

 上記のケースの場合、コーヒーに対する固定概念は「飲むもの」であり、
・嗅ぐコーヒー(見るコーヒーでもよい)の登場により、コーヒーは飲むものであるという思い込み
に気付かされたわけである。

 コーヒーの例は、たまたま目についたものにレトロニムを適用してみた事例であるが、「今後、登場・普及しそうなモノ・コト」から考えることももちろんできる。例えば、以下のようなレトロニムはいかがだろうか?

・『手動運転車』
 自動運転車の登場・普及に伴い、“それまで”の自動車は「手動運転車」と呼ばれるようになった
・『手を使うスイッチ』
 音声やモーションジェスチャーによる操作の登場・普及に伴い、“それまで”のスイッチは「手を使うスイッチ」と呼ばれるようになった
・『集まる飲み会』
 オンラインでの飲み会の登場・普及に伴い、“それまで”の飲み会は「集まる飲み会/お店を予約するタイプの飲み会」
・『物理的画面』
 網膜に画像を直接投影するデバイスの登場・普及に伴い、スマホやテレビの画面は「物理的画面」と呼ばれるようになった
・『リアルリアリティ』
 VRやARの登場・普及に伴い、“それまで”の現実は「リアルリアリティ/100%リアリティ」と呼ばれるようになった

 固定概念に捉われず、あり得る未来を考える、身の回りで起こっている変化の本質を捉えるための訓練として、皆さんもメトロニムを考えてみてはどうだろうか?

うまくいくと、名付け親になれるかもしれない。

(*1) 未来デザイン・ラボでは、「想定外の変化」を捉えるための方法論として「スキャニング」という手法を導入している。スキャニングについては、コラム「未来の芽を掴み取る“スキャニング”」 ご参照いただきたい。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

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