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アジア・マンスリー 2019年1月号

成長鈍化が見込まれる中国のデジタル経済

2018年12月18日 三浦有史


中国のデジタル経済は急成長を遂げ、成長をけん引する役割を果たしてきた、しかし、デジタル経済を取り巻く環境は変化しており、今後、成長ペースは鈍化すると見込まれる。

■拡大続くデジタル経済
 中国ではデジタル経済の発展が目覚ましく、経済成長をけん引する役割を果たしてきた。工業情報化省傘下のシンクタンク中国信通院が発表した「中国デジタル経済発展就業白書(2018)」によれば、中国のデジタル経済は2017年時点で27.1兆元と、GDPの32.9%を占める。2002年は1.2兆元、10.3%を占めるに過ぎなかったことから、同経済は15年間で実に22倍に拡大した。

デジタル経済は雇用においても重要な役割を果たしている。2017年の同経済の就業者は1.7億人と、全就業者の22.1%を占める。産業別内訳をみると農林水産業が79万人、鉱工業が5,054万人、サービス業が1億2,016万人となり、7割がサービス業に属す。2007年の就業者は4,411万人に過ぎなかったことから、デジタル経済は10年間で1.3億人の雇用を生み出したことになる。

2018年7~9月期の実質GDP成長率は前年同期比6.5%と、2009年1~3月期(6.4%)以来の低水準であった。中国は労働力人口の減少などにより中期的に潜在成長率の低下が不可避であることから、急成長を遂げるデジタル経済に対する期待は高まる一方である。政府は、9月、デジタル経済の発展と就業拡大を促す指導意見を発表した。これは国家発展改革委員会など19部門の連名によるもので、省庁横断でデジタル経済の発展を支援する姿勢を鮮明にしたといえる。

■国際的にみると過大評価
デジタル経済を把握する試みは先進国や国際機関でも始まっている。米商務省の経済分析局(BEA)は、2016年時点で米国のデジタル経済の規模を1.2兆ドル、就業者を590万人とした。GDPと全就業者に占める割合はそれぞれ6.5%と3.9%となり、中国に比べかなり低い。米国のデジタル経済については国際通貨基金(IMF)も規模を推計しているが、2015年時点でGDPに占める割合を8.3%としている。

GDP比でみたデジタル経済の規模で中国が米国を上回る背景には推計方法の違いがある。中国はデジタル経済を「基礎部分」と「融合部分」を合わせたものをデジタル経済とするのに対し、BEAやIMFは「基礎部分」だけをデジタル経済とする。「基礎部分」は、ICT機器の製造、通信、インターネット、コンピュータ関連のサービスの合計で、一般的にICTセクターと呼ばれる産業群を指す。一方、「融合部分」はICT以外のセクターでデジタル化によって生み出された付加価値や雇用を指す。ここには電子商取引(EC)に参入した中小の製造小売りやフードデリバリーのプラットフォームに参加した飲食店や配達員が含まれることから、中国の手法で推計されたデジタル経済の規模は必然的に大きくなる。

BEAやIMFからみると、中国のデジタル経済は過大評価されていることになる。中国のデジタル経済を「基礎部分」と「融合部分」に分けると、前者はGDPの約7%となる。デジタル経済の割合は3割から大幅に低下するものの、なお米国並みの水準にあり、規模も米国に次ぐとみることができる。中国はインターネット普及率が2017年で55.8%と先進国に比べかなり低い水準にあることから、デジタル経済の発展余地は大きく、政府がその拡大を志向するのは当然のことといえる。

■成長鈍化をもたらす3つの要因
成長減速に苦慮する中国政府にとってデジタル経済は救世主といえる。同経済は、①雇用創出効果が大きく、生産性の向上にも寄与する、②デジタル経済を支える企業の多くは自生的に生まれた民間企業であり、副作用が懸念される財政による景気刺激策や金融緩和政策を必要としない、③第二次産業から第三次産業へという産業構造の転換を促す効果がある、と考えられているためである。

しかし、デジタル経済を取り巻く環境は変化しており、今後、成長ペースが鈍化すると見込まれる。第一に指摘できるのは、デジタル経済の発展に伴う「ギグエコノミー」(gig economy)の拡大である。ギグエコノミーは、インターネット経由で単発の仕事を請け負う働き方を意味し、先進国では多様な働き方を可能にする一方で、相対的貧困を生み出す温床になっているとも指摘される。中国ではECや出前の配達員やライドシェアの運転手がこれに該当する。その全体像は明らかではないものの、政府のシンクタンクである国家情報中心がまとめた「中国共享経済発展年度報告(2018)」によれば、ライドシェアの運転手だけで2017年で2,115 万人いるとされる。問題はギグエコノミーに属す就業者の多くは社会保障制度に加入していないため、デジタル経済の発展に伴いセーフティーネット外に置かれる人が増えかねないことである。中国国内でも社会の安定性を損ないかねない問題であるとして解決を求める声があるものの、セーフティーネットの拡充はコスト増に繋がり、発展の勢いを削ぐ可能性がある。

第二は、個人消費の減速である。1~10月の小売売上高の伸び率は同+8.6%と低調である。伸び率は2009年を境にほぼ一貫して鈍化しており、今後も低調に推移すると見込まれる。中国のデジタル経済を支えるIT企業は主に消費者に近い生活関連サービスを主戦場としているため、その影響を免れないと思われる。スマートフォンの国内出荷台数が2017年に前年比▲12.3%と初めてマイナスとなり、2018年1~10月も前年同期比▲15.3%と低調であることもデジタル経済の先行きに影を落とす不安材料といえる。

第三は、デジタル経済の規範化を進める動きが強まっていることである。個人や自営業者の間で利用される短期の資金仲介プラットフォームであるP2Pは債務不履行や詐欺が横行し、政府が監視を強化した結果、2018年10月時点で事業者はピーク時の3割、取引額は4割に減少した。また、一世を風靡したシェア自転車も、市場が飽和すると同時に退会時に返ってくるはずの保証金が返金されないなどの問題が表面化し、淘汰期に突入した。規範化が市場縮小に繋がるのか、あるいは、再生の契機とするのか。中国のデジタル経済をけん引してきたシェリングエコノミーは転換期に差し掛かっている。
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