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JRIレビュー Vol.9,No.70

【特集 実装段階に入った社会・経済のデジタル変革】
データがもたらす経済・社会の変革-データドリブン社会を目指す先行事例から得られる示唆と課題

2019年08月08日 野村敦子


「データは21世紀の石油」という言葉に象徴されるように、近年、経済・社会のあらゆる分野で、データ利活用の重要性に対する認識が高まっている。その背景には、①情報通信技術の発達やネットワーク化の進展に伴い、取り扱うことができるデータの量、種類の増大、②社会やビジネスが抱える課題が複雑化するなか、データをその解決に活用すべきという社会的な要請、などがある。さらには、実世界とサイバー空間を相互連関させるCPS(サイバーフィジカルシステ)の実用化が進んでおり、様々な領域の多種多様なデータを収集・蓄積し、可視化することで事実を客観的に把握したり、予測分析や予兆検知の精度を高めることなどが可能になってきた。そこで、ITやネットワークとともにこれらデータを有効に活用して、より良い意思決定や行動、価値創造に結び付けようとする「データドリブン社会」の構築を目指す動きが活発化している。

こうした環境下、資源としてのデータの確保が競争力の優劣にもかかわることから、データを巡る国や企業間の競争が激しさを増している。アメリカでは、プラットフォーマーによる大量のデータの収集・蓄積・利用が進んでおり、プライバシー侵害などを懸念する声が高まっている。中国では、自国企業に優先的・独占的に利用させるために、国がデータを囲い込むデータ保護主義の動きが見られる。EUでは、こうした動きに対抗する目的もあり、一般データ保護規則(GDPR)が制定され、個人データのコントロール権は個人に帰属することが明確化されている。日本では、国民が個人情報の取り扱いに敏感なこともあり、これまでデータの利活用について政府も企業も慎重であった。しかし、世界的な動向を鑑み、Society 5.0戦略でデータドリブン社会を目指す方針が打ち出され、データの流通・利活用が可能な環境の整備が官民協働で進められている。

それでは、データドリブン社会は、経済や社会にどのような変化をもたらすのであろうか。一つには、産業構造の転換が挙げられる。その代表的な事例には、ITと既存産業の融合の進展、ITを駆使しデータを有効に活用する「Xテック」と呼ばれる新たなプレイヤーの登場、製造業のサービス化に代表される既存ビジネスの形態の変化、モノの所有から共有への移行を促すシェアリングエコノミーの台頭などがある。社会的な変化としては、情報や知識の流れの変化が指摘できる。インターネットやSNSの普及で、これまで発信者から受信者に一方向であった情報の流れが、双方向、さらには多対
多となっている。このことは、人々の価値観や行動の変化を促しており、プロシューマーと呼ばれる層の深化・拡大や、「モノからコトへ」、「所有から共有へ」といった流れが強まっている。

このようにデータが価値を生み、社会を変革すると目される時代にあって、各国は経済活性化や社会的課題の解決にデータを活用すべく、データドリブン社会の構築を目指している。そこで、わが国に参考になる事例として、データ活用と社会実装で先行するエストニアとシンガポールの取り組みを概観する。
エストニアは、ソ連からの独立直後から、デジタル国家としての地位の確立を目指し、eエストニアと呼ばれる戦略を遂行している。主に電子政府の構築を核としたプロジェクトであり、データ交換プラットフォームのX-Roadと電子認証システムのe-Identity(e-ID)が基盤インフラの柱とされている。これらインフラ整備と同時に、公共サービスの電子化と利用が円滑に進められるように、制度の整備も進められてきた。X-Roadやe-IDは政府機関ばかりでなく、公共機関や民間企業にも利用されており、電子政府以外に医療情報システムのeヘルスが実現している。こうした取り組みの結果、公
共サービスの99%がオンラインで利用でき、国のGDPの2%に相当するコストが節約され、eヘルスでは99%の患者が電子処方箋を利用しており、医療機関の待ち時間や医療コストが削減された。

シンガポールは、国全体のスマートシティ化を目指し、2014年より「ネットワーク、データ、情報技術の力を活用」するスマートネイション戦略を遂行している。具体的には、全国規模のセンサーネットワーク「Smart Nation Sensor Platform(SNSP)」を構築してデータの生成・蓄積・活用を進めるほか、全国民が政府や民間のサービスを安全かつシームレスに利用可能な認証システム「National Digital Identity(NDI)」の開発に取り組んでいる。シンガポールでは、データドリブン社会の構築に向け、関連する法規制の整備も進められている。新しいビジネスと法規制との関係や普及・発展の可能性を検証するために、サンドボックスと呼ばれる仕組みが導入されている点が特徴である。この枠組みを活用して、スマートモビリティやスマートヘルスなど、社会的な課題の解決や国民の生活の改善、経済的な機会の創出を目指した実験的な取り組みが実施されている。

エストニアがeエストニアを通じてデータの収集や交換、利活用を円滑に進めることができた背景としては、①民間部門との密接な協力関係の構築、②シンプルなシステム・技術からの着手、③データのオーナーシップは市民であることの明確化、などが挙げられる。一方、シンガポールのスマートネイションは、技術とならんで意識の変革が重要であるとして、①市民を顧客かつ共創者として捉え、需要主導型アプローチに移行、②スタートアップの育成とオープンイノベーションを推進、③迅速な社会実装に向けサンドボックスやリビングラボを活用、といった点に力が注がれている。

こうした先行事例から、わが国はどのようなことを学べるであろうか。技術やインフラ面での対応もさることながら、データの流通や活用を円滑化させる側面から、①国民が自身のデータ活用に関与でき、メリットを実感できる透明性の高い仕組みづくり、②多様なステークホルダーの協力による分野横断的・組織横断的な取り組み、③小さく始めて大きく育てていく視点、が重要になると考えられる。
とりわけ、先行事例では長期的な視点から一歩ずつ歩みを進めているところが共通点であり、わが国も「start small, start fast, fail fast」の精神と失敗を許容する心構えが、政府にも民間にも求められているといえよう。
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