■台湾企業の沖縄進出
近年、台湾企業が、沖縄に工場を伴う新会社を設立する動きが出始めている。
台湾の自動車部品メーカーであるBGF(ビージーエフ)社は、2016年に沖縄県に工場を設立している。同社は、台湾とタイに200人規模の工場を持ち、ブレーキポンプやクラッチポンプを製造、トヨタ自動車やフォルクスワーゲンなどに採用されている。沖縄の工場では、台湾から輸入した部品の加工・組立を行い、「メイドインジャパン」の製品として域外へ輸出している。メイドインジャパンのブランドを活用して、販売拡大を狙うとともに、将来の各国による自由貿易協定・経済連携協定の拡大への対応も見越しているという。というのも、国連およびその加盟国のほとんどから国として認められておらず、貿易協定を締結できる国がごく一部に限定される台湾の企業にとって、経済連携協定が世界的に進むことは、自国の貿易環境の相対的な悪化につながるからだ。
また、台湾の化粧品メーカーである太和生技(タイホセイキ)グループは、沖縄県の化粧品メーカーであるポイントピュール社と、化粧品の製造・販売を手がける合弁会社を2017年中に設立する。太和生技グループは、受託生産(OEM)などにより、ロレアルやエスティローダーなど世界的なブランドを含む100社以上にメーキャップ商品を供給している。自社工場は上海にあるが、「中国製」であることがネックとなり、日本進出が難しかった。今後は、ジャパンブランドを活用して、販売先の拡大を図るという。
これらの台湾企業は、「メイドインジャパン」というブランドの活用や日本のFTA・EPAの活用を狙いとして沖縄に進出している。台湾と沖縄の経済団体は、ものづくり産業、情報通信産業、半導体および医療機器産業の3分野でMOU(相互経済連携覚書)を締結しており、今後も同様の狙いを持った台湾企業が沖縄に進出する可能性がある。
一方、これらのメリットは、沖縄に限らず、日本全土のどこでも得られるものである。台湾企業から見れば、まず「日本に生産拠点を持つメリット」が存在し、次に「日本のどこに進出するか」という選択肢がある中で、最も近い沖縄が選ばれた形だ。
そう考えれば、台湾に限らず、日本での生産拠点設立を考える海外メーカーにとって、沖縄は優位な選択肢となり得る可能性を持つ。特に中国の杭州、フィリピン、ベトナムは、本土と比べて沖縄が有意な距離的近接性を持つ。将来、各地の人件費が上昇し、ものづくりの高度化が進めば、「最も近い日本」である沖縄にアジア企業の生産拠点が集積する可能性があるのではないだろうか。
■アジア市場を狙う日本企業による沖縄進出
沖縄におけるもう一つの製造業集積の動きは、アジア市場を狙う日本の新興企業による沖縄進出の動きである。
独自のレーザ光源技術を基に、半導体製造装置の製造・販売、精密金型や特殊ガラスの受託加工を手がける株式会社ナノシステムソリューションズは、2015年、本社と製造拠点を沖縄に移転した。主要顧客である半導体デバイス産業は、世界的に台湾、中国、韓国へシフトしており、台湾をはじめとする海外市場に対する積極的な事業展開を狙ったものである。地理的な近さに加え、沖縄の国際物流ハブの活用により、受注から納品までのリードタイムの短縮とともに、海外現地の在庫やサービス部門の負担を減らすことができたという。
また、「プロトン凍結」という独自の冷凍技術を持つアンリッシュ食品工業株式会社は、2016年に、沖縄県に食品加工工場を設立した。日本全国から高品質な食材を凍結して集め、調理・加工後、再凍結して国内外へ輸出している。現状は、国内向けが中心となっているが、マレーシアへの輸出プロジェクトも始まっており、今後は、台湾、フィリピン、中国など、東南アジアを視野に入れた海外展開を志向している。
これら、沖縄を生産拠点として選んだ企業の共通点として、①アジアを中心とする海外市場を狙っていること、②高い輸送品質を必要とすること、③高単価製品を製造していること、④独自の技術を持つ新興企業であることが挙げられる。
このうち、①海外市場を狙い、②高い輸送品質を必要とすることは、沖縄とアジアの近さ、及び国際貨物ハブを理由として、沖縄を選ぶ必然性につながる要件といえる。一方、③高単価製品であることは、「調達時・販売時の物流費の高さ」という沖縄の弱みの影響をあまり受けない業種という見方が正しいだろう。沖縄が生産拠点として「適地ではない」と捉えられてきた大きな理由のひとつは物流費の高さであるが、高単価製品の場合、相対的にその影響は小さくて済む。
また、④新興企業であることは、沖縄を選ぶ理由には直結しないが、既存の取引関係や既存の雇用に捉われず、是々非々で最適な立地を選択しやすい利点がある。日本とアジアの両方の市場を一箇所でカバーできる拠点として、しがらみの少ない新興企業が沖縄を選ぶことは理にかなっている。沖縄は、アジア展開を狙う技術系新興企業にとってのメッカとなり得る可能性を秘めている。
■プレイヤーの動機に着目し、将来の可能性を推し量る
本コラムでは、これまでものづくりの不毛地帯と捉えられがちであった沖縄における「製造業集積の動き」として、日本ブランドの活用を狙う台湾企業、アジア展開を狙う日系新興企業の沖縄進出の動向を紹介した。
これらの動向は、まだまだ限られた事例であるため、現時点で沖縄の製造業に大きなインパクトを与えるものとはなっておらず、今後どの程度まで拡大するかを断言するのは難しい。しかしながら、「主たるプレイヤーの動機(例:日本のブランド・貿易協定の活用)」に着目することで、その動向が大きな流れとなるための要件(例:日本のブランド・貿易協定の将来的な競争力)を読み解くことができる。
昨今、多くの企業で、メガトレンドや長期予測といった言葉を用いた将来予測が行われているが、将来、どんなプレイヤーが、どのような動機で、何をしているのか、といった解釈が行われていることは少ないように感じる。そのため、将来予測にどこかリアリティが感じられなかったり、メカニズムとして理解しづらくなったりしているのではないだろうか。リアリティは、将来に向けて企業としてアクションを打つために必要な要件であり、メカニズムの理解は、将来動向をウオッチする際にも、自社として望ましい未来をつくりだしていく際にも重要となる。
皆さんも、未来の可能性に思いをはせる際には、「主たるプレイヤーの動機」に着目してみてはどうだろうか。
以上
※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません