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アジア・マンスリー 2016年11月号

【トピックス】
東南アジアで台頭するスタートアップ

2016年10月31日 岩崎薫里


東南アジアではここ数年、インターネットやスマートフォンを活用した新興企業が次々と立ち上がり、ベンチャーキャピタルによる東南アジアへの投資額はすでに日本を上回っている。


■急増するスタートアップ
「スタートアップ」(注)の定義は定まっていないが、しばしば引用されるのがアメリカの著名ベンチャーキャピタリストで起業家でもあるPaul Graham氏による「急成長することを企図した企業(a company designed to grow fast)」である。Graham氏は、ここでの「急成長」は具体的な閾値を超えることではなく、あくまでも起業家の意志の表明であると説明している。
(注)日本では「スタートアップ」でなく「ベンチャー企業」という用語が使われることがあるが、“venture company”が和製英語であることもあって、最近では「スタートアップ」という言い方が増えている。

東南アジアでは現在、スタートアップの立ち上げが活発化している。世界的にみると依然として低水準ながら、従来が極めて低調であった点を踏まえると特筆すべき動きである。ベンチャーキャピタル(VC)からも注目され、VCによる東南アジアでの投資額は2015年には13億米ドル近くに達した(右上図)。これは世界のVC投資額の1%に過ぎないものの(右下図)、日本(738億円、米ドル換算で約6.1億ドル)をすでに上回っている。

東南アジアでのスタートアップの立ち上げはシンガポールが牽引しているが、マレーシア、インドネシア、ベトナムなどそのほかの国でも着実に増えている。自国内、あるいは東南アジア域内で広く知れ渡るスタートアップもすでに出現している。創業者は自国民にとどまらず、東南アジア域内、さらには日本を含め域外からの出身者も散見される。業種としては、オンライン・ゲーム、Eコマース、C2C(個人間)マーケットプレイス、決済サービス、配車サービスなど多岐にわたるが、その多くがインターネットやスマートフォンなどのデジタル・テクノロジーを活用している。

東南アジアのスタートアップをみると、これまで存在しなかった新しいテクノロジーやビジネスモデルを生み出している企業は限られ、多くは先進国で成功したビジネスモデルを取り入れて展開する、いわゆるクローン企業である。もっとも、ビジネスモデルをただそのまま取り入れるのではなく、現地の事情に合わせて修正しており、結果として元のビジネスモデルと大きく異なっているケースもしばしばみられる。

■経済・社会面からの追い風
東南アジアでスタートアップの立ち上げが活発化している背景には、立ち上げコストが大幅に低下したという世界的な要因に加えて、東南アジア独自の要因として経済・社会面からの追い風が吹いていることが考えられる。

まず経済面では、着実な経済成長に伴い消費者の購買力が増し中間層が台頭していること、およびインターネットとスマートフォンの急速な普及が新たなビジネス需要をもたらしていること、が指摘できる。とりわけスマートフォンについては、東南アジアでは先進国とは異なりパソコン、フィーチャーフォン、という順番を経ずに一足飛びに普及したことが、それに関連するサービスを提供するスタートアップを生み出す大きな原動力となっている。

一方、社会面では、①諸インフラが未整備であるなど解決すべき課題が依然として多く、その解決に商機を見出すというビジネスの種が多数存在する、②規制や既得権益者が比較的少なく、新規参入の余地が大きい、③アメリカなど海外への留学を通じてスタートアップの立ち上げ文化に触れたり、自国にはない商品、サービス、ビジネスに接したりして刺激を受ける若者が増えている、④多様な国籍の人材との交流が活発化しオープンなカルチャーが形成され、外国人にも起業の機会が増えている、などが挙げられる。

こうした点に着目し、VCに加えて、立ち上がって間もないスタートアップを支援するインキュベーター、スタートアップの事業を加速させるための支援を行うアクセラレーターなど、スタートアップのサポート組織が東南アジア域内で新たに設立される、あるいは域外から進出している。なかでも顕著なのがVCのプレゼンスの高まりである。東南アジアでは元来、政府系のVCや大企業傘下のコーポレートVCが中心的な役割を果たしていたものの、近年、シンガポールを中心に独立系のVCが相次いで登場し存在感を高めている。

■今後の課題
東南アジアでスタートアップの立ち上げが活発化しているのはここ数年のことであり、基盤がぜい弱なだけに一過性のブームに終わる可能性を否定出来ない。シンガポール、マレーシアに加えて最近ではタイでも政府による支援策が講じられているのは追い風である。しかし、東南アジアでスタートアップが自律的に立ち上がり続けるためには、以下の2点がとりわけ重要になる。

第1に、シンガポール、マレーシア以外の国での起業環境を含むビジネス環境の整備である。いずれの国も従来に比べて改善しているとはいえ、スタートアップや投資家が安心して活動するためには依然として課題が多く、引き続き各国政府による取り組みが求められる。

第2に、成功したスタートアップの増加である。東南アジアの多くの国では国民のリスク回避姿勢や安定志向が相対的に強く、スタートアップや起業家に対する社会的評価が必ずしも高くない。成功したスタートアップが次々と輩出され、その創業者がロールモデルとなることで、彼らに憧れスタートアップの立ち上げを目指す若者が増えるとともに、スタートアップや起業家に対する社会的な評価が向上することが期待される。
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