アジア・マンスリー 2016年1月号
【トピックス】
アジアからの留学生受け入れの展望
2016年01月04日 岩崎薫里
日本では外国人留学生のほとんどをアジアの出身者が占めるが、アジア各国では教育ハブを目指す動きが相次いでおり、その取り組みが進展すると日本は留学生の確保が困難になる可能性がある。
■アジア出身者に偏る日本への留学生
日本における外国人留学生の大きな特徴は、アジアの出身者がそのほとんどを占めている点である。2014年の留学生数18.4万人の9割に相当する17.1万人がアジアの出身者であった。最も多いのが中国人留学生であり、全体の5割を占めた。もっとも、中国人留学生の数は近年、減少傾向にあり、2010年の10.8万人から2014年には9.4万人へ1.4万人減少した。東日本大震災および原発事故という、中国に限らず広く日本への留学を思いとどまらせる要因が作用したことに加えて、日中関係の悪化が影響している。また、中期的なトレンドとして、英語の習得や、より高度な教育へのニーズが高まるもとで、留学先として日本以外の国を選択する中国人が増えていることも無視できない。なお、韓国人留学生の近年の減少傾向も、日韓関係の悪化が一因と推測される。
一方、中国人留学生の減少を補って余りあるのがベトナム人留学生の急増であり、同じ時期に0.4万人から2.6万人へ2.2万人増加した。この背景には、日本語を習得して将来的に日本企業や在ベトナムの日系現地法人に就職したいベトナム人が増えていることなどが挙げられる。ベトナム人以外ではネパール人留学生がここにきて大幅に増えており、2014年には中国、ベトナム、韓国に次いで4番目に多かった。このように、個別国のシェアは変化しているとはいえ、日本が受け入れる留学生がアジア出身者に偏っている点に変化はみられない。
■外国人留学生大幅増への取り組み
日本政府は現在、「留学生30万人計画」のもと、外国人留学生数を2020年までに30万人に拡大する取り組みを行っている。これは一つには、留学生が卒業後に日本企業に就職し、日本企業のグローバル化に貢献することが期待されているためである。
グローバル市場を取り込むことが死活問題となっている日本企業にとって、外国人従業員は進出先市場への水先案内人から、進出先市場のニーズに合致した製品・サービスの立案・販売戦略の策定に至る広範な役割を担い得る。また、外国人従業員と一緒に働くことが刺激となって、日本人従業員がグローバル人材化することにもつながる。もっとも、これまでほぼ同質の日本人だけで構成されてきた日本企業は多くの場合、制度面でも慣習面でも外国人を受け入れる用意ができていない。このため、企業としては外国人を海外から直接受け入れるよりも、留学生として日本語や日本独自のカルチャーを理解した外国人を卒業後に受け入れることを志向している。実際、日本企業に採用される外国人では元留学生が圧倒的に多い。
ところが、外国人留学生の誘致を活発化させているのは日本だけでない。アメリカ、イギリスなどの伝統的な受入国にとどまらず、さまざまな国が誘致に乗り出し、留学生の獲得を巡る世界的な競争が生じている。
■アジア諸国が教育ハブ化を宣言
さらに、ここにきて中国、韓国、台湾、香港、シンガポール、マレーシアなどアジア各国が、自国を教育ハブとすることを相次いで宣言している。教育ハブとは、内外の学生が質の高い教育に惹かれて集積する教育の中核拠点である。
これらの国・地域では、内外の優秀な学生を集積させることによって教育・研究活動が活性化するとともに、国際的な学術・人的ネットワークの構築が進むことを目指している。また、外国人留学生を卒業後も自国にとどめることで高度人材を確保する狙いがある。元来、留学生の送り出し国である韓国、シンガポール、マレーシアでは、自国学生を国内に引き留めることで頭脳流出を防止したいとの思惑もある。中国も、従来は自国民の外国留学を推進していたが、ここにきて自国にとどめる方向に力点を移しつつある。そのほか、少子化対策(韓国、台湾、シンガポール)やソフトパワーの強化(中国、台湾)も教育ハブ化のインセンティブとなっている。
これらの国のなかで明確に成果が現れているのはシンガポールである。シンガポールは、外国の著名大学の誘致、国内大学での外国人教員の積極採用、手厚い奨学金の給付を通じた優秀な外国人留学生の獲得などを政府主導で行ってきた。その成果は、同国の大学に対する国際的な評価の高まりとして顕在化している。英Times Higher Education発表の世界の大学ランキング(2015~2016年調査)において、シンガポール国立大学は26位と、アジアの大学のなかで順位が最も高く、南洋(ナンヤン)理工大学もアジア内で第6位にランクインしている。こうした評価の高まりが、同国へ私費留学生を呼び寄せる原動力となり、大学の国際化と教育ハブ化の一層の推進に寄与している。
シンガポール以外の国では教育ハブ化はいまだ道半ばながら、取り組みが進むにつれて、①アジア諸国の学生が留学先として日本以外のアジアの国を選択する、②自国の高等教育水準の向上に伴い日本との教育格差が縮小し、従来であれば日本へ留学していたアジア諸国の学生が自国の大学への進学に切り替える、などの事態が生じる可能性を排除できない。その場合、世界的な留学生獲得競争の激化と相まって、アジアからの留学生に大きく依存してきた日本は、留学生、ひいては外国人従業員の確保が困難になる恐れがある。こうした事態を回避するためにも、日本の大学の国際競争力を向上させるとともに留学生の受入体制の整備を進め、留学先としての日本の魅力を高める努力を一層推進することが求められる。