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次世代モビリティ普及が問う民主主義の成熟度~高度に民主主義的な問題としての次世代モビリティ~

2016年08月09日 井上岳一


自動車黎明期の英国で起きたこと
 「赤旗法」(Red Flag Act)をご存知だろうか。19世紀後半の英国で制定された法律で、正式名称は、Locomotive Actという。当時主流だった蒸気機関で走る自動車(ガソリン車の登場は1885年)の公道走行を取り締まるための法律だ。
 英国では、1827年頃から、乗合による蒸気自動車の定期運行サービスが登場し、早くも自動車が交通機関として定着するかに見えた。しかし、客を奪われた乗合馬車業者からの圧力や、煤煙や騒音による公害、ボイラーの爆発事故への批判から、1865年に、蒸気自動車の公道走行を取り締まる法律が制定された。それが赤旗法である。
 赤旗法の概略は以下である。
・ 速度の上限は、郊外では6 km/h、市街地では3 km/hとする(市街地では、人より遅く走れということだ)
・ 運転手と機関員に加え、車両の55メートル前方を赤い旗(夜間はランタン)を持って歩く先導者の3名で運用する。先導者は、歩く速度を守り、騎手や馬に自動車の接近を予告する。

 今見ると、冗談のような内容だが、1896年まで法律は存在し続けた(1878年に一部改正)。この法律の存在で、英国の自動車産業の発達は妨げられ、ドイツやフランスやアメリカに遅れをとってしまったと言われている。

現代日本における「赤旗」
 赤旗法のことを笑ってはいられない。今の日本でも、次世代モビリティの導入に対して、同じようなことが起きているからだ。例えば、セグウェイで有名になった電動立乗二輪車に対する規制がそれである。2015年に規制緩和されたものの、いまだ公道走行については保安要員が付き添う等の要件を満たした場合しか認められていない。それが電動立乗二輪車の普及を妨げている。
 Uberで有名になったライドシェアに対する規制も同様だ。本年5月から、Uberのシステムを使ったライドシェアサービスが京丹後市で始まったが、運行管理者であるNPOに対しては、点検報告や日誌の管理等、タクシー事業者に課せられるのと同じような細かな運行規則や運用ルールが定められている。このままでは運行管理者の負担が大きく、普及を妨げかねない。
 2020年に政府が実用化を目指している自動走行でも、安全を重視するあまり、同じようなことが起きる恐れがある。政府は、過疎地等の限定地域での低速車両による自動走行を実用化の優先テーマの一つに掲げている。この場合のキーワードが「専用空間」である。「専用空間」は、歩行者や自動車との干渉を避けるための自動走行車両専用の空間のことを指し、公道にどう設定するかはこれからの検討だが、赤旗法を彷彿とさせるような、「安全ではあるけれど、サービスとしての普及は困難な、現実味のない専用空間」に規制される可能性もある。

地域に委ねてみる
 人の生命がかかわるだけに、新しいモビリティをどう導入するかについて、行政は神経質にならざるを得ない。しかし、行政の論理があまりに前面に出てしまうと、新しい乗物やモビリティサービスは育たない。
 ではどうするか。
 最初から規制でがんじがらめにして安全を担保しようとするのではなく、どのように安全を担保するかは、地域の側にある程度委ねてみたらどうだろう。新しいモビリティがどんな問題があるかは実際に使ってみないとわからない。逆に、どんな可能性があるかも使ってみないとわからない。「まずは使ってみる」という姿勢がイノベーションのためには必要で、ルールはその後につくればいい。「まずは使ってみる」の段階では、どこまでならOKで、どこからはNGなのか、その線引きは、地域の側に委ねる。ここで言う「地域」は「自治体」と同義ではない。この地域でやってみたいという住民や事業者が主体となり、話し合いながら当面の運用のルールを決め、まずはやってみる。やってみて問題が出てくれば修正する。行政はそのサポートをする。そういう柔軟で身軽なやり方が、次世代モビリティの普及に際しては求められる。
 一方、次世代モビリティを提供する側には、地域への配慮が求められる。既存の交通事業者は仕事を奪われるのを恐れるし、住民も新しい交通手段には不安を持つ。交通事業者や住民との関係づくりと理解の醸成に心を砕かなければ、赤旗法のような反動的なやり方で規制をかけられるのがオチだ。
 このように、自動走行を含め、次世代モビリティが普及するか否かには、技術の問題のみならず、社会の合意形成やルールづくりのあり方が問われることになる。次世代モビリティの導入は、高度に民主主義的な問題であり、どこまで議論を尽くし、現実的なルールをつくれるか、日本の民主主義の成熟度民度が問われていると言えるだろう。
 日本人は話し合うのが苦手だ。地域社会は特に、もの言えば唇寒しで、本質的な話し合いができない風潮がある。だから、地域での議論を尽くす前に、国がルールを定めてしまう。自治体もそれを求める。しかし、そうやっている限り、絶対に地域のニーズに即したモビリティシステムは構築できない。
 人口減少と高齢化が進行する中、地域のモビリティの確保は重要な課題だ。重要な課題だからこそ、地域の問題として地域が主体となって自ら話し合い、試しながら、ルールをつくり、地域の実情に即した次世代モビリティのあり方を築いてゆくべきだろう。モビリティは、多くの人が関心あるテーマだからこそ、地域で話し合えるチャンスでもある。次世代モビリティは、地域力を高め、民主主義を成熟させるための格好のテーマと捉えるべきだ。


※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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