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アジア・マンスリー 2015年5月号

【トピックス】
見直しが進むシンガポールの外国人受入策

2015年04月30日 岩崎薫里


シンガポールでは近年、外国人労働者の受け入れを従来に比べて抑制している。それによって国民の不満に対応するとともに、外国人労働者への過度の依存を減らし、労働生産性の上昇を図ろうとしている。

■高技能者を含む外国人労働者への反発が強まる
シンガポールでは近年、経済・社会の成熟化に伴い経済・社会システムの随所に綻びが生じており、それに対応するためにこれまでの成長モデルを見直す動きが強まっている。その一つが外国人労働者の受入策の見直しである。

シンガポールではこれまで外国人労働者を積極的に受け入れてきた結果、人口全体に占める外国人の割合は2013年には42.9%まで上昇した。10人中4人が外国人という状況は、シンガポール経済の活力向上に大きく寄与する一方で、国民の間でこれまでの外国人に対する歓迎姿勢の後退を惹起している。とりわけ2009年に世界金融危機の影響でマイナス成長に陥った頃から、外国人の増加が社会の不安定化、不動産価格の上昇、道路や地下鉄の混雑などをもたらしているとの不満が国民の間で広がった。
通常、外国人労働者に対する国民の不満は低技能労働者に向けられがちであるが、シンガポールでは永住権保持者を含む高技能労働者にも一部向けられている。国民の主な不満点としては、①大学への入学や優良企業への就職の門戸が、世界中から集まる外国人によって狭められている、②海外から高技能労働者を誘致するために政府が行っている優遇策が不公平である、③永住権を保持する外国人高技能労働者の多くが国籍を取得しようとせず、それに伴って生じる兵役などの義務を回避している、などがあげられる。

■受け入れを抑制
このような外国人労働者への国民の不満に加えて、彼らへの過度の依存が企業の合理化努力を阻害し、長期的にみて経済の持続的発展にマイナスに働くとの懸念が強まったことから、シンガポール政府は2010年前後から外国人労働者全般の受け入れを抑制する方向にある。ただし、留意すべきは、あくまでもそれまでのようなハイ・ペースでの受け入れはしないという点であり、受け入れ自体は必要であるという基本スタンスに変化はない。これは、シンガポールではもはや外国人労働者なしに経済活動が立ち行かなくなっていることが背景にある。

外国人労働者の受入抑制策としては、まず、労働許可証(Work Permit、低技能労働者向け)およびSパス(中技能労働者向け)の対象者を雇用するに際して企業に課される外国人雇用税が引き上げられるとともに、雇用上限率が引き下げられた。また、Sパスおよび雇用許可証(Employment Pass、高技能労働者向け)の対象者に関しては、取得に必要な最低月給額の引き上げや家族を帯同できる条件の厳格化が実施されている。さらに、雇用許可証の取得申請を行いたい企業は、労働力開発庁が運営する求人情報ウェブサイト“Jobs Bank”にシンガポール国民をも対象とした求人広告を最低14日間掲載する必要がある。これらを通じて外国人労働者の受入人数を減らすとともに、国民の雇用機会の増大や企業の合理化努力が促進されることが意図されている。

これらの結果、外国人労働者の増勢はここにきて鈍化している。外国人労働者の増加ペースは、世界金融危機による急減から回復した2011年の前年比+7.6%をピークに、2014年には同+2.6%まで低下した(次頁右上図)。内訳をみると、どの就労許可証の労働者も伸びが鈍化している。シンガポール政府はまた、永住権の付与を厳格化している。付与件数は、2010年から2013年の4年間に毎年2.7万~3.0万件と、2008年のピーク時(7.9万件)の半分以下の水準で推移している。

シンガポール政府は外国人労働者の数の抑制に取り組む一方で、滞在可能期間については長期化を図っている。2012年にインド、スリランカなど非伝統的出身国6カ国および中国の出身者に対して、労働許可証による最長滞在可能期間を従来の6年から10年に延長した。滞在可能期間の延長は低技能外国人労働者の国内への定住を招来しかねないだけに、政府はこれまで慎重であった。しかし、産業界からの強い要請に加えて、低技能外国人労働者をより長期に雇用することで彼らのスキルが向上し、ひいては労働生産性の向上につながることを期待して踏み切った。

■自国民を高技能化
シンガポール政府はその一方で、外国人高技能労働者への依存を少しでも減らすために、シンガポール国民自身の高技能化を推進している。子供教育の強化に加えて、成人向けの再教育・職業訓練にこれまで以上に注力している。2015年2月に発表された2015年度予算案には、2016年から25歳以上のすべての国民に対して教育や研修を受けるための費用を支給する"SkillsFuture Credit”を導入することが盛り込まれた。将来的な追加支給を前提に、当初は500シンガポール・ドル(約44,000円)でスタートし、国民はさまざまな教育・訓練プログラムの中から、自分の都合に合わせて好きな時期に受講し、その費用をこの制度で賄うことができる。

このようにシンガポール政府は、外国人労働者への過度な依存を抑制し、企業の合理化努力と自国民・外国人労働者両方の高技能化によって経済全体の労働生産性を高めるという、極めて困難なタスクに取り組んでいる。これは短期的には雇用コストの上昇や投資先としてのシンガポールの魅力の減退につながりかねないだけに、そうした悪影響をどのように極小化するかが当面の課題となろう。
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