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日本総研ニュースレター 2010年12月号

社会を見据えた持続可能性 ~フィンランドの事例より~

2010年12月01日 八幡晃久


日本の持続可能性は「社会」を無視していないか
 日本でも、持続可能性という言葉を目にする機会が増えた。しかし、その議論は「環境」、特に温室効果ガス削減に終始しがちであり、環境と「経済」を結び付けた議論に至ることはあっても、「社会」の観点は抜け落ちることが多い。
 一方、欧米では、持続可能性は環境関連の専門用語ではなく、「環境」「経済」「社会」において、互いの関係性を含めたあり方を問い直すテーマとして捉えられている。本稿で紹介するフィンランドでは、経済成長を阻害する労働人口減を、経済からだけではなく、福祉や教育といった「社会」の観点からの改革によって克服し、その上で労働者の質を引き上げつつ、経済成長の持続を図ろうとしている。

保育は働き手の確保につながる
 北欧の小国、フィンランドは、森林以外には目立った資源を持たず、人口も約520万人と決して恵まれた国ではないが、1990年代後半からは経済成長を持続させている。
 伝統的に男女平等の考えが浸透しているフィンランドでは、女性の就業率が高い一方、1970年代には早くも出生率低下に悩んでいた。そこで、職を持つ女性が子どもを育てやすくする保育制度の充実を、1973年から進めている。
 育児休業の長さは大きな特徴の一つであり、最初の11ヵ月間の出産休業期間には給料の約7割が支給される。また、その後も出産後3年間は、月額約300ユーロの家庭保育給付があり、さらに職場復帰する権利も保障される。
 働く女性の出産・育児コストを下げる保育制度は、合計特殊出生率を、過去最低だった1.50(1973年)から1.86(2009年)にまで回復させるなど、女性の就業促進と将来の労働人口確保の両立に貢献している。

教育は財政に貢献する
 フィンランドの教育は、OECDが世界の15歳児を対象に実施する学習到達度調査(PISA)で、2000年、2003年と連続して「学力世界一」と評価されたことで注目を集めるようになった。ただしフィンランド教育は質の高さだけではなく、国の経済や財政と関連しているところに大きな特色がある。
 フィンランドの教育改革は、失業率20%に迫る大不況に直面していた1993年当時、経済を発展させ、持続させる活路を、人材への投資で質の高い労働力を生産することに求めて断行されたものである。そのため、教育改革の検討には投資効果の観点が取り入れられ、改革による長期的な財政への影響が議論された。つまり、改革が就業率や財政収入・支出などに及ぼす影響について詳細な予測が行われたのである。改革で大幅な教員増などが実現したのも、投資効果が認められたからである。
 教育内容も体系的に改められ、例えば、「自ら考える力を身につける」という教育方針が保育段階から貫かれている。
 フィンランドの保育施設を訪れると、日本に比べて静かであることに気付く。これは、1日の大半を幼児自らがやりたいことを選ぶ「自由遊び」に割き、集中して遊びに取り組む中で考える力を養っているからである。大学院修士課程で幼児教育を学んだ保育教員は、ほとんど口をはさまずに遊びの様子を観察するが、子どもの集中力が切れてくると新たな問いなどで働きかけ、遊びに常に発展性を持たせている。また、小学校以降での教師は、「学習者が自分自身の知識を統制し、積極的な学習者になるための支援を行うもの」と定義され、実際に「雨はどこから生まれるのか?」「落書きは悪いことなのか?」など、身近なテーマを投げかけながら生徒自身の考える姿勢を引き出す授業を展開している。

社会を見据えた持続可能性を模索せよ
 持続可能性が「人間の幸せ」を維持するための概念として捉えられているフィンランドでは、環境問題においても、「国家や人に対する信頼」、「社会的つながり」、「自尊心をもたらす仕事」など社会の観点まで踏まえた多角的な議論がなされている。「人間の幸せを伴った低炭素社会」の形成には、「環境」「経済」「社会」のいずれの観点も不可欠という共通認識があり、「低炭素か経済成長か」という極論に陥ることなく、「社会」を見据えた本質的な議論がしやすい土壌が既に育まれているからである。
 環境や経済の問題は、社会の観点を置き去りにしたまま解決しようとしても、持続可能な姿を描くことはできない。環境、経済を考える際、社会を徹底的に見据えた議論を重ねることが、日本の持続可能性を高めるはずだ。


※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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