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日本総研ニュースレター 2012年7月号

中国における安全・安心な農業生産の実現
~農業生産技術だけでなくインフラ整備のパッケージ化を~

2012年07月02日 古賀啓一


自国の消費者ニーズに応えられない中国の農業生産
 中国では、相次ぐ食品事故が大きな社会問題となっており、現地の消費者調査では、中国産の食品に対するイメージは低い状況が続いている。
 生産側では、食の安全性に対する高い消費者ニーズに応えようと、無農薬や有機栽培など安全性の高い生産手法を取り入れ始めており、対応する種子や栽培機械、ハウス、水耕栽培等の技術導入を進めている。しかし、問題を生産技術だけで解決できると考えるのは間違いだ。
 というのも、中国の農地と農業用水の汚染が、極めて深刻な状況にあるからだ。地方都市や農村部では工場の排水処理設備や下水処理施設が普及していないため、重金属や寄生虫による汚染被害が収まらない。また、汚染された農業用水によって農地の汚染も進んでおり、中国の農地122万平方キロメートルのうち既に1割が重金属等に侵されているとの報告もある。
 日本総研では、中国の地方政府に対しインフラ改善の重要性を指摘してきたが、生産技術さえ導入すれば品質も日本と同等になる、という見方から脱却できていないようにも見える。しかし、安全な農業インフラを確立しなければ、導入した生産技術に関わらず生産物の品質を落とす危険性がある。まず水と土の改善が必要だ。

中国市場にはインフラと生産技術のパッケージ展開を
 農地面積を考えれば、中国において今後必要となる水・土インフラ整備の市場は膨大だ。例えば、取水側の水処理システムや、汚染土壌の剥ぎ取りや天地による除染と堆肥の導入による土作りなどへの需要は、農産物の品質に対する高い消費者ニーズに応えるために技術開発を続けてきた日本企業にとって大きな機会といえる。
 水・土インフラの改善では、導入する技術を必ずしも最先端にする必要はない。例えば、農業用水のための水質浄化には、飲料用の水を作る高度な膜技術などは必要なく、従前からの下水処理レベルでの再生水が作れれば事足りる。
 ただし、参入しやすい技術であるため、現地企業との競合が懸念される。この対策として、農地の水・土インフラ市場への展開は、農業技術の輸出とパッケージ化が有効だろう。中国の地方政府は、水・土インフラが汚染されている自覚が薄い一方で、日本の農業生産技術のレベルの高さは認識しているからだ。日本側が、彼らが求める技術移転とセットにして、水・土インフラについても計画・設計段階から提案すれば、勝ち目の薄い価格競争から逃れられる。

日本の農業関連産業の強みを技術移転で活かせ
 農業技術の移転には、日本の農家にもメリットがある。農家は、自らの農地での生産だけでなく、遠方での生産拠点の保有や生産指導ができれば、収入面の安定性を高めることができるからだ。ただし、技術移転に伴うリスクの低減策の検討、農業インフラの改善、地方政府との交渉、規模の小さな国内農業関連企業の進出支援等は欠かせない。
 日本総研では、江蘇省の2つの開発区において、日本の農業生産技術によって付加価値の高い農産物を生産し、流通させることを目指すプロジェクトについて、現地の地方政府と共に取り組んでいる。
 これらのプロジェクトでは、中国に技術移転することによる日本企業のリスクが検討課題となっている。例えば、技術移転を受けた中国産の農産物が日本市場に還流し、国内農家を圧迫するリスクが存在する。これに対応するため、技術移転先とは生産物の流通を中国国内に限るという対策が考えられる。また、移転した技術が流出するリスクについては、移転対象とする技術の選定や一部技術のブラックボックス化などによる技術流出の防止策を検討している。さらに、中国側が自ら技術流出を防ぐインセンティブを働かせるために、移転を受ける側の地方政府や現地事業者によるブランドの構築・保護の仕組みづくりにも取り組むことも考えている。地方政府にとっては地域の評価を守るため、現地事業者にとっては自らの売り上げを守るため、移転された技術を守るようになるだろう。こうしたリスク低減策も含む提携方法について、日中の関係者間で協議を進めている。
 日本の農業生産技術移転のための枠組みづくりは進む。高品質な農産物を生産するためには、技術と水・土インフラの両輪が必要であり、農業関連産業の日本の強みとして、パッケージでの市場開拓に可能性があるだろう。


※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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