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アジア・マンスリー 2015年2月号

【トピックス】
中国戸籍制度改革が抱えるジレンマ

2015年02月02日 三浦有史


戸籍制度改革の方針が示されたことで、中国の都市化政策の全体像が見えてきた。しかし、中国の都市化政策は都市集積のメリットに対する議論を欠いており、経済成長の持続性を損なう可能性がある。

■大都市は戸籍取得に厳しい条件
中国政府は、2014年7月、「戸籍制度改革を更に進める国務院の意見」(以下、「意見」とする)を発表し、戸籍制度改革に乗り出す意向を示した。「意見」は、2014年3月に発表された「国家新型都市化計画(2014~2020年)」を補完するもので、政府がどのように都市化を進めようとしているのか、漸くその全体像が見えてきた。戸籍制度改革は多くの国民が経済発展の恩恵を実感できるよう、「農村」と「都市」の戸籍の区別をなくし、義務教育、職業訓練、公的年金、公的医療保険、低所得者向け住宅など公共サービスを均等に提供しようというものである。政府は、これにより所得格差が縮小するとともに都市の中間所得階層が厚みを増し、投資主導型経済から消費主導型経済への転換が進むと期待している。

「意見」は、戸籍制度改革の目的が都市の社会保障制度からこぼれ落ちた農民工の救済にあることを明示した。都市内の格差是正だけしか取り上げていないという点で、改革としては不十分であるようにみえるが、政府は農民を都市に移動させ、耕地面積当たりの労働人口を減らせば、農村の所得が増加し、都市農村間の格差も是正されると見込んでいる。

「意見」ではどのような都市を対象に都市化を進めるのかについても示された。そこでは、都市の規模を4つに分類したうえで、定住ないし都市戸籍取得に必要な条件として、①住所、②就業先、③都市社会保険制度の加入実績が示された(右表)。表の市轄区の人口規模と行政単位を対応させると、①「建制鎮・小都市」は建制鎮、県政府のある鎮、規模の小さい県級市、②「中都市」は規模の大きい県級市および規模の小さい地級市、③「大都市」は中規模の地級市や内陸の省・自治区の省都、④「特大都市」は北京、上海、天津、重慶の4直轄市、沿海各省の省都、大規模地級市に相当する。

戸籍制度改革の特徴は、都市の規模が大きくなるのに伴い定住ないし都市戸籍を取得する条件を厳しくした点にある。特に、市轄区の人口が300万人を超える都市は、年齢、学歴、社会保険の加入実績、納税額などをポイント化する「積分落戸制度」により、新たに供与する都市戸籍を量的に制限することができる。これは、産業構造の高度化を進めるために高度人材の受け入れを優先したい大都市と、国土の均衡ある発展を促したい中央政府の思惑が合致することにより生み出された中国特有の制度といえる。

■集積のメリットに関する議論が欠落
都市化は、中国に限らず開発途上国の経済発展をけん引する強力な原動力となる。政府は「国家新型都市化計画」において、都市化は①内需の底上げ、②サービス産業の拡大と高度化、③「三農問題」の解決、④均衡のとれた国土の発展、⑤国民の生活の質の改善に寄与するとし、その効果に多大な期待を寄せていることを明らかにした。国際通貨基金(IMF)も、2013年の「4条協議報告」において、戸籍制度改革は労働力人口の減少や投資率の低下に伴う潜在成長率の低下を減殺する効果があるとした。

戸籍制度によって都市への人口移動が抑制されてきたこともあり、中国における都市化の経済効果は大きいと見込まれている。しかし、大都市への移動を抑制する分散的な都市化を進めようとしていることからも分かるように、中国の都市化には中国特有の事情が色濃く反映されている。これは都市化の持つ本来の経済効果を減殺する可能性がある。実際に、IMFは、前述した報告において、知識の波及と特化による生産性の上昇という都市集積のメリットが働くという前提で戸籍制度改革の効果を試算している。

大都市への人口集中とイノベーションや生産性の向上といった集積のメリットが正の相関を持つことは、内閣府の『地域の経済2012年』やエンリコ・モレッティーの『年収は「住むところ」で決まる-雇用とイノベーションの都市経済学』(ブレジデント社、2014年)などで広く指摘されている。これらの先行研究に従えば、中国の都市化は分散的であるため、先進国が経験したような集積のメリットが得られない可能性がある。

この懸念が現実のものとなった場合、政府が期待するサービス産業の拡大と高度化は大幅に遅れることになる。中国ではサービス業が目覚ましい発展を遂げ、就業人口ベースで1994年に、付加価値ベースで2013年に第二次産業を上回るなど、経済を支える屋台骨となっている。その一方、中国のサービス業は第二次産業に比べ生産性が低く、OECD諸国はもちろん上位中所得国と比べても高付加価値化が遅れているという特徴を有する。

この背景には、中国のサービス業の二極構造、つまり、規制や政策によって守られた金融業や運輸・通信業では国有企業が市場を独占ないし寡占し、高い収益と賃金水準を維持する一方、激しい競争にさらされる小売・卸売業やホテル・サービス業では私営企業や自営業が低収益・低賃金を余儀なくされていることがある。サービス業の成長を支えているのは後者であるが、いずれも小規模で生産性が低いため、サービス業が拡大するのに伴い全体の生産性が低下してしまうのである。

戸籍制度改革の詳細が示されたことで、中国の都市化政策が抱えるジレンマが鮮明に浮かび上がってきた。中央政府と大都市はともに、大都市への過度な人口集中によってスラム化が進むことは何としても避けたいと考えている。また、所得水準の高い大都市はいずれも、財政負担が大きいことから、流入した農民に都市戸籍を与え、都市戸籍保有者と同等の公共サービスを与えることに消極的である。しかし、これは政府側にとって好都合であっても、経済政策としての合理性を欠き、最終的に経済成長の持続性を損なう可能性がある。これらを踏まえると、中国の都市化は、都市人口や都市戸籍人口の推移をみるだけでは不十分で、都市の集積メリットやサービス業の生産性という点から評価する必要があるといえよう。
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