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日本総研ニュースレター 2013年4月号

人口減少時代を生き抜く鍵は「推譲」にあり

2013年04月01日 井上岳一


停滞期を生きた尊徳の知恵
 二宮金次郎の名で知られる江戸時代の農政家・思想家、二宮尊徳は、約70年の生涯で600余の農村を復興したと言われる。豊田佐吉や松下幸之助をはじめとして、偉大な経営者達の中には、尊徳の「報徳思想」の信奉者が多い。
 尊徳が生きた江戸時代の中後期は、人口と経済の長い停滞期に当たる。とりわけ農民は困窮を極めていた。人口減少と長期不況、そして生活困窮者の増大という、当時と似た状況にある現代の日本において、尊徳の方法が、特に企業経営にどんな意味を持ち得るのか。以下で検討する。

分度と推譲
 「報徳」の実践で、特に重要な概念が「分度」「推譲」だ。
 「分度」とは、あらかじめ定めた収入の範囲内に支出を収めることを言う。尊徳は、過去に遡る調査で見定めた土地の生産力に基づき、農民と領主双方の取り分を設定した。
 その上で農民達には勤労を求めた。努力すれば、分度を超える収入が生まれることになるが、この分度以上の収入は、子孫や他者に譲ることとされた。これを「推譲」と言う。子孫への推譲は将来世代に残す貯金であり、他者への推譲は地域への寄付と言い換えられる。
 推譲で集まった資金は、用水路の整備や洪水対策などの土木事業、農民の借金を一括返済するための無利子の貸付等に使われた。困窮要因の除去と基盤整備で農民の意欲を引き出し、生産力を高めたのだ。その結果生まれた分度以上の収入を推譲させ、地域の人と経済を建て直す。この自助と共助による復興の仕組みに尊徳の独創がある。

上限の設定による推譲で人を生かす
 支出を収入内に抑えるのは企業経営でも常識だ。しかし、成長に上限を設けるというのは、常識的には考えにくい。
 だが、あえて組織の規模に上限を設けることで、成功してきた企業が現に存在する。ゴアテックスで有名なW.L.ゴア & アソシエイツ(以下、ゴア社)だ。ゴア社には、組織を150人以上にしないというルールがあり、それを超えそうになると組織を分割し、別会社や別工場にしてしまうのである。
 別々の組織で同じことをするわけにはいかないから、分割後は新しい領域を開拓せざるを得ない。これは、成長の果実を別の事業領域(=子孫)に推譲することに等しい。ゴア社は分割によって事業領域を広げてきた結果、今では衣料のほか、宇宙、医療、環境、半導体、化学など最先端の分野でユニークな製品を生む革新的な企業となっている。
 組織を小割にするため、大規模なピラミッド構造の中では押しつぶされがちな価値観や人材が生かされやすいはずだ。16年連続で米フォーチュン誌の「最も働きがいのある会社ベスト100」の上位にランクされてきたゴア社の実績が、そのことを物語る。人口減少時代には、人材の有効活用が特に重要になるが、推譲は人を生かす方法論でもあるのだ。

公助を共助で肩代わりする
 尊徳は、推譲で集まった資金を、地域経済と人の再生に使った。財政難の藩からの支援(=公助)は期待せず、他者への推譲をテコにした共助の仕組みを作り上げたのだ。
 現代の企業経営において他者への推譲に近いのはCSRであろう。だが、地域再生や生活困窮者の支援に本腰を入れて取り組む日本企業はまだ少ない。環境問題には注力しても、社会問題は行政=公助の領域として踏み込まない。
 一方、欧米企業では、地域再生や生活困窮者の支援はCSRの対象として既に一般的だ。特に米国では、貧困問題は人種問題とも絡む根深い社会課題であるため、貧困地域のコミュニティ再生や困窮者の自立を支援するNPOが無数に存在し、それを企業が資金面で支える構図ができている。欧州でも、90年代から同様の取り組みが始まっている。
 欧米社会も尊徳の時代と同様、80年代後半から顕在化した格差の拡大や貧困層の増大に直面する中で、公助を肩代わりする共助の仕組みを発達させてきた。日本企業以上に説明責任や合理性を求められる欧米企業の方がむしろ尊徳の教えに忠実に見えるのは、こうした理由からだ。
 今後も続く人口減少時代を考えると、経済の停滞を当面は覚悟するべきだ。地域が疲弊し、生活困窮者が増加すれば、市場は更に縮小する。企業は、自らの存立基盤である社会の維持再生産に必要な投資の一つとして、地域再生や生活困窮者の支援という「他者への推譲」に積極的に取り組むべきと考えるが、どうだろうか。


※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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