オピニオン
「CSV」で企業を視る/(27)疾病予防への貢献と共有価値創造
2015年01月05日 ESGリサーチセンター、小島明子
本シリーズ27回目となる今回は、共有価値創造の手法である「顧客ニーズ、製品、市場を見直す」、「バリューチェーンを再定義し生産性を高める」という実践を通じて、「共有価値」を創造していると考えられる日本水産の事例を紹介する。
(1)長年の技術を通じた健康課題への貢献
日本水産は、1911年の創業以来、「価値を創造し続けることによって社会にお役立ちすること」を基本理念として事業を行ってきた。漁業、養殖、水産加工、食品加工、ファインケミカル、物流と多様な事業を手がけている。なかでも、ファインケミカル事業では、長い間にわたり、いわしやさばなどに多く含まれる油脂成分の「EPA(エイコサペンタエン酸)」、「DHA(ドコサヘキサエン酸)」に関する研究・開発を行ってきた。
1981年に、製薬会社と共同で医薬品を目指したEPA高純度化の取り組みを開始し、世界で初めて青魚から高純度のEPAを抽出・精製することに成功。EPAは、高脂血症リスクの低減、抗血栓作用、血流改善、抗アレルギー作用、血管年齢の老化を防ぐ、認知症改善、持久力向上作用などの効果があると考えられている。
1998年からは、毎日の食生活の中で手軽にEPAを取り入れることのできる飲料の開発に取り組み、2004年に発売したのが、日本で初めてEPAとDHAを添加した特定保健用食品「イマーク」である。現在、提供されている「イマークS」は通信販売限定となっているが、口コミなどにより認知度が徐々に高まり、販売数は好調に伸びている。2014年3月時点のファインケミカル事業の営業利益は、同社の事業部門のうちトップとなった。2012年4月には、消費者庁からEPAの機能性が認められ、心血管疾患リスク低減や、血中中性脂肪低下作用などに効くとして、EPAが最高ランクA評価を獲得している。
厚生労働省の「平成25年人口動態統計(確定数)の概況」によれば、心疾患は、死因の第二位にあげられている。原因となる不健康な食生活や運動不足を、個人の行動改善によって是正するのは容易ではない。長い年月をかけて、一般消費者が手軽に摂取できる健康食品の開発にまでこぎつけた技術力は、日本水産の企業価値に貢献しつつ、高齢化の進む今日、人々の疾病予防に貢献する成果を上げている。
(2)従業員を巻き込んだ活動へと発展
さらに、2010年、日本水産は、EPA含有食品開発のため、新たなプロジェクト「サラサラ生活向上委員会」を立ち上げた。メンバーにはファインケミカル事業部、営業企画室、商品開発センターなどの若手・中堅社員が加わる社内横断組織である。
「サラサラ生活向上委員会」では、水産会社の社員である自分たちが積極的に魚を食べ、EPAの良さを実感すること、健康に対する意識を高める動機づけにすることを目的に、「社長からの挑戦状!社員が挑む“血液サラサラ宣言!”」と名付けた取り組みを始めた。魚食中心の食生活を心がけEPAを積極的に摂取している細見典男社長の血液サラサラ指数EPA/AA比は、同年代の日本人平均値の2倍以上の1.4であり、社内では1位であったという。そこで、社員の中から応募した挑戦者が、2013年度の健康診断で測定される血液サラサラ指数EPA/AA比で社長の数値を上回ることを目標に、食生活の改善に取組んだ。ちなみに、2013年11月に結果が発表され、挑戦者として応募した416名のうち、11名の社員が社長の数値を上回ったことが明らかになったということだ。日本水産の単体従業員の約半分弱にあたる416名が取組んだこの活動は、結果として、従業員の健康意識を向上させ、体重や中性脂肪の低下といった具体的な効果が出ているという。「サラサラ生活向上委員会」の取組みは、従業員の健康度アップというかたちを通じて、間接的であるにせよ、全社の生産性を高める効果ももたらすことになったと考えられる。加えて、1年間従業員が一体となって、健康課題に取組むことで、EPA含め新たな商品開発や自社の社会的責任を考えるきっかけとなり、それが今後の同社の大きな資産となったと考えられる。
日本は世界のなかでも、創業から100年続く企業がもっとも多いといわれている。同社もそのうちの1社である。「百年続く企業の条件」を探った書籍によると、従業員のまとまりを示す「和」という文字を、社風を表現するのに最も多くの企業が選んだということだ。顧客に向けて提供しようとする価値を、社員も享受できるようにし、しかも全社一体となって取組みを進める。そうした点で日本水産の事例は興味深い。
参考情報
[1]日本水産株式会社ホームページ
[2]厚生労働省ホームページ
[3]「百年続く企業の条件」朝日新書
*この原稿は2014年12月に金融情報ベンダーのQUICKに配信したものです。