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アジア・マンスリー 2014年2月号

【トピックス】
都市化政策で「発展モデルの転換」を目指す中国

2014年02月06日 三浦有史


中国政府は「城鎮化」と称される都市化政策によって、消費主導型経済への転換と所得格差の是正を図ろうとしている。しかし、課題は多く、政府の今後の対応を注視していく必要がある。

■「戸籍開放」で農民工の中小都市定住促進へ
2014年、「城鎮化」と称される都市化政策が始動する。2013年末、中央経済工作会議と並行するかたちで城鎮化工作会議が開催された。翌年の経済政策を決定する中央経済工作会議と同時期に別のテーマで会議が開催されるのは異例であり、「城鎮化」がいかに優先順位の高い政策であるかが示された。「城鎮化」とは、「農業」の低生産性、「農村」の荒廃、「農民」の貧困を表す「三農問題」の解消と農村からの出稼ぎ労働者である「農民工」の生活水準の向上という課題を解決するために考え出された政策である。その骨子は、中小都市において農民工に都市戸籍を与え、都市戸籍保有者と同等の教育や社会保険などの基本的な公的サービスを提供することであり、「農民工市民化」とも呼ばれている。

農民工の中小都市への定住奨励は、胡錦濤-温家宝前体制で策定された第11次5カ年計画(2006~2010年)で示され、その一環として出された2012年2月の「積極的かつ確実に戸籍制度改革を進める通知」(国務院弁公庁)によって、中都市における定住条件が大幅に緩和された。同通知によって、県級市の市轄区に3年以上合法的に定住し(住宅を保有していなくても、借家やアパートで可)、都市の公的社会保険に一定期間加入していれば、本人だけでなく配偶者、子供、両親の都市戸籍申請が認められるようになった。

習近平-李克強体制は農民工の中小都市定住により積極的に取り組んでいる。2013年11月に開催された中国共産党第18期中央委員会第3回全体会議(「三中全会」)では、中都市は秩序のある都市戸籍の開放を進め、小都市は全面的に都市戸籍を開放するとされた。戸籍制度のさらなる改革に言及し、「都市戸籍を開放」という表現を採用したところに新体制の「城鎮化」に対する強い意気込みが感じられる。

■狙いは格差是正と消費主導経済への転換
「城鎮化」は習近平-李克強体制における最重要政策のひとつと位置付けられている。この背景には、「経済発展方式の転換」が喫緊の課題として浮上してきたことがある。「経済発展方式の転換」とは、①投資・輸出主導型の経済成長を消費主導型に変えること、②資源浪費型の経済を資源節約・循環型へ変えること、③イノベーションや人的資本の成長に対する寄与度を高めること、④近代的なサービス業と戦略的新興産業を振興すること、⑤都市-農村間の格差是正を通じ社会の安定性を高めることの5つを指す。

「鬼城」と呼ばれるゴーストタウンの出現や一向に縮小に転じる気配を見せない所得格差は、従来の経済発展方式が限界に達したことを示している。超高成長期が終わりを迎えるなか、経済、社会、環境の安定性と持続性を高めるために「経済発展方式の転換」が不可欠という危機感が、指導部内で共有されるようになってきたのは当然のことといえる。「城鎮化」を主導するのは李克強首相である。李首相は、「城鎮化」は消費主導型経済への転換や所得格差の是正に寄与すると考え、その実現に並々ならぬ意欲を見せている。

「城鎮化」はどのようにして消費主導型経済への転換や格差是正に寄与するのであろうか。李首相が描くシナリオは、農民を都市の被雇用者に変えることができれば、彼らの所得が上昇し、中国全体の中間所得層が厚みを増すというものである。中国では都市化の進んでいる地域ほど都市住民の1人当たり可処分所得が高い(右上図)。農民が被雇用者になることで所得の安定性も高まることから、個人消費の成長牽引力が高まると予想される。もうひとつのシナリオは、農民が都市に移住すれば耕地面積当たりの農業就業者数が減り、農業の大規模化によって農民の所得を引き上げることができるというものである。

■「城鎮化」は構想段階
2030年の都市人口は9.5億人に達すると予想されている。2012年の都市人口は7.1億人であるから、今後、2.4億人が新たに都市人口に加わる計算になる。政府は、2014年中にモデル地域を指定し、「城鎮化」の実験を始めるとしている。

しかし、「城鎮化」を進めるにあたっては、まだクリアしなければならない課題が多い。そのひとつは都市戸籍保有者の反発にどのように対処するかである。農民工に都市戸籍を与え、都市戸籍保有者と同等の教育や社会保険などの基本的な公的サービスを提供すれば、所得格差の是正が進み、個人消費の成長牽引力が高まることは間違いない。しかし、農民工に都市戸籍保有者と同じサービスを提供することになれば、従来の費用-便益のバランスが崩れ、都市戸籍保有者が享受してきた便益が大幅に減価するのは必至である。
第二は公的サービスの提供主体である地方政府の反発にどのように対応するかである。農民工を都市戸籍に変えることで発生する公的サービスに係る財政負担は1人当たり平均13万元とされている。これは現在のサービスの質量を維持することを前提としているため、参考値としてみるべきであるが、地方政府に重い財政負担がのしかかることは間違いない。

第三は中西部の中小都市が「城鎮化」の対象とされていることである。リーマンショック後の輸出不振に伴い、東部大都市に居住していた多くの農民工が職を失い、中西部に移動した。同時期、中西部の成長率が東部を上回る「西高東低」が顕在化し、それは現在も続いているため、中西部の中小都市を対象とした「城鎮化」は理にかなった政策であるようにみえる。

しかし、最近の統計をみると、農村労働力は再び東部に回帰している。2009年末に6,098万人まで減少した珠江および長江デルタにおける外出農民工の数は2012年末に1億1,360万人と1.9倍に増加した。このことは15~65歳の地域別人口の伸び率をみても確認できる。平均賃金が高く、労働市場の規模の大きい東部は農民工にとって引き続き魅力的な移動先なのである。

「経済発展方式の転換」を進めようとする新体制に対する国内外の評価は高い。しかし、同体制が今後直面する現実問題に目を向ければ、「城鎮化」は依然として構想段階にあり、先行きを楽観することはできない。都市戸籍保有者や地方政府の反発を抑えるため、政府がどのような対策を打ち出すのか。農民工は実際に東部の大都市から中西部の中小都市に移動するのか。「城鎮化」の成否を見極めるにはこれらの点を慎重に精査していく必要がある。
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