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【環境・社会視点のリスク情報】(1)食品 気候変動に脆弱性、規制も影響

2012年02月01日 ESGリサーチセンター、小島明子


いわゆる「リスク情報等」の開示を義務付ける内閣府令の改正から、まもなく8年――。リスク情報とは、会社が将来にわたって事業活動を継続するとの前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況、その他経営に重要な影響を及ぼす事象を指し、それらが存在する場合には有価証券報告書等に記載する必要がある。多くの企業の間でリスク情報等の開示は一般的になったが、近年普及しつつある「ESG投資」に視点を据えるとE=「環境」、S=「社会」に関する事業等のリスクの記載例は必ずしも多くない。
こうした視点からは本来、どのようなリスクを想定しなくてはならないのだろうか。シリーズで業種別に考えていく。初回は特に環境への依存度が高い「食品」を取り上げよう。

●気候変動への脆弱性
食品の原材料は、農林水産業の生み出す生物資源や水などの自然資源である。このための気候変動は安定的な原材料調達への大きな脅威となる。例えば、気候変動が、乳用牛の乳量・乳性分の低下、疫病の発生、繁殖成績の低下という影響を及ぼすことがはっきりしてきた。こうした事象は、牛乳を使用した製品の製造・販売を行う食品企業に重大な影響を及ぼす。適応策として、冷却技術の導入、良質飼料の導入などにいち早く着手する企業が出てきている。気候変動の影響を認識できているか、適応策を講じようとしているかは企業評価の重要なポイントになる。

●生物多様性が喪失することの影響
気候変動に加えて、化学物質や土地の改変が生物多様性を喪失させている。これらも安定的な原材料調達への潜在的な脅威となってきている。食物連鎖による生態系ピラミッドが崩壊するなかでは、原材料となる生物資源が突然に獲得できなくなる、病害が蔓延するとなどのリスクが高まる。例えば遺伝子組み換え作物なども、長期に安定した原材料調達に繋がらない懸念もある。持続可能な農法の普及や認証された材料の調達などに早めに着手する企業が、安定した原材料調達を実現し、競争優位を構築する時代が到来しよう。

●安全・安心をめぐる関心の高まり
法律で定められたレベルを超えて、食品の安全・安心への消費者の関心は高まっている。原発事故により放射性物質の有無にも関心は広がり、製品を選択する消費者の目は一段と厳しくなるだろう。賞味期限や原材料、産地の適正な表示を誤れば、消費者との信頼関係は大きく揺らぐ。少数の消費者からの問い合わせでも、放置しておけば、製品回収の遅延に繋がるだけでなく、製品や企業のレピュテーションを著しく低下させる。顧客からの声をキャッチする体制が整っているか、社内での情報共有や経営層への迅速な報告が可能になっているかが、企業の優劣を左右する。

●世界保健機関の動向
食品と健康のあいだの関係に警鐘をならす機関として世界保健機関(WHO)がある。当該機関が、とのような懸念を表明するかは、食品産業にとって大きな影響を及ぼす。一例をあげれば、2010年のWHO総会では「アルコールの有害な使用を減らすための世界戦略」が採択された。対策の例として、酒の安売りや飲み放題、広告を規制することなどが列挙されている。こうした規制が現実のものになれば、アルコール飲料メーカーへの影響は免れない。こうした趨勢に呼応して、いちはやくアルコール関連問題に対する専門部署を設置し、飲酒にかかわるさまざまな社会問題と健康リスクに対する取り組みをより一層強化するビールメーカーも現れている。一方、消費者の健康意識の高まりと共に、ノンアルコール飲料の市場が拡大している状況は、リスク対応策が、事業機会創出を実現した事例として注目されてよいだろう。
今後もグローバルに展開していく食品産業には、地球規模での人口増加に伴う食糧不足や世界的な水資源危機といった懸念材料もある。これまでは、動物福祉や遺伝子組み換えなど倫理的懸念に留まっていた「環境」「社会」の視点からのリスクが、事業継続上の無視できないリスクに変化しつつある。リスクを軽減するための施策を講じ、生産性の維持や代替市場の創出を実現する企業こそが、将来に向けて持続可能であると考えたい。

*この原稿は2012年1月に金融情報ベンダーのQUICKに配信したものです。
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