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Business & Economic Review 2011年9月号

【特集 社会保障・税一体改革】
わが国社会保障制度の課題と欧米比較からみた改革の方向性-経済成長・財政再建との両立に向けて

2011年08月25日 山田久


要約

  1. わが国は、人類史上かつてないスピードの高齢化を経験するもとで、社会保障費の膨張に伴って巨額の財政赤字が恒常的に発生する状況に陥っており、財源調達を含めた社会保障制度の在り方を見直すこと、すなわち「税・社会保障一体改革」が最重要課題の一つになっている。3月11日に東日本大震災が発生したことにより、震災復興は急を要する最優先課題となっているが、税・社会保障改革も安易に先送りできない最重要課題であることに変わりはない。


  2. わが国社会保障制度の特徴を国際比較の観点から指摘すると、まず規模の面ではGDP比でみてアメリカと並んで小さいグループに属する。次に支出構造をみると、主に引退世代のためである年金と医療が大半を占め、子育てや雇用関連といった現役世代のための支出が小さい。


  3. 人口高齢化の急激な進行、低成長化・雇用の不安定化、家族モデルの多様化という、人口・経済・社会の各面での環境変化によって、現行社会保障制度は以下の四つの根本的な課題を抱えるに至っている。

    【課題1】欧米先進国を上回る急激な高齢化のもとで、引退世代向け社会保障給付の増大圧力にどう対処すべきか
    【課題2】雇用の不安定化、家族モデルの多様化によってニーズの高まる現役世代向け社会保障ニー
    ズ(保育・雇用)にどう対処すべきか
    【課題3】低成長が持続するもとで恒常的に不足する財源をいかに確保すべきか
    【課題4】ハイスピードの人口高齢化に伴って急速に増大する世代間所得移転にどう対応するか


  4. 課題1、課題2は、社会保障の規模をどの程度にすべきかという問題設定につながるものであり、その財源は最終的には国民の所得から調達することになることを考慮すれば、「社会保障規模と経済成長はどのような関係があるか」という論点を踏まえたうえで決定すべきものといえる。この点については、1)アメリカのような「小さな政府」の国のほか、北欧のような「大きな政府」の国で経済パフォーマンスが良いこと、2)北欧の「大きな政府」は年金・医療・介護が手厚いというよりも、保育支援、労働市場政策が充実していること、というファクトが重要であり、そこからは①引退世代向けを中心に社会保障が拡大すると経済成長にマイナスに影響する、②現役世代向けであれば社会保障が拡大しても経済成長にマイナスになるとは限らない、といった示唆が得られる。


  5. 以上のような社会保障規模と経済成長の関係からすれば、課題1および課題2についての改革の方向性は以下の通りである。

    ≪課題1(引退世代向け社会保障給付の増大圧力にどう対処すべきか)について≫
    年金・医療・介護といった主に引退世代向きの既存社会保障については、その効率化・規模抑制が求められる。なお、公的な社会保障給付が抑えられたとしても、民間によるサービス提供が増えれば家計が受けることのできる年金・医療・介護分野のサービス総量は必ずしも減少しない。ただし、民間サービスでは低所得層に十分なサービスが提供されない可能性がある。したがって、一定の経済成長率の確保には程度の差はあれ効率化が不可避であるにしても、公的サービスをどこまで抑制しどこまで民間に任せるかは、サービスの平等性確保と国民負担増加とのトレード・オフに関する国民の選択といえる。

    ≪課題2(現役世代向け社会保障ニーズ(保育・雇用)にどう対処すべきか)について≫
    保育支援、労働市場政策などの現役世代向きの社会保障については、公的サービスの充実によって経済成長が促進される可能性がある。ここで重要なのは、保育・雇用へのニーズに対しては、市場メカニズム重視の「アングロサクソン型」と政府によるサービス重視の「北欧型」という、原則が明確なタイプのパフォーマンスが優れているというファクトである。これは、いずれかのタイプを選ぶ必要があることを必ずしも意味しないが、求められるニーズの充足に対して、官民の役割分担を明確にして対応する必要があることを示唆している。「中福祉」といった聞こえのよい言葉により、結局は公的サービスも民間ベースのサービスも不十分にとどまることが最悪の選択といえる。



  6. 欧米諸国における社会保障の財源構造、世代間不公平への対応の比較分析を踏まえれば、課題3、4に対しては以下のことがいえる。

    ≪課題3(恒常化する財源不足にどう対処すべきか)≫
    各制度について、まずは社会保険方式か税方式かの原理を明確にした制度設計を行うことが肝要である。税方式とする場合、受益と負担の関係がみえづらいため、給付抑制の仕組みを別途導入することが不可欠である。税財源としては、諸外国との負担率の比較からみて消費課税が望ましいが、個人所得税も対象になりうる。さらに、消費増税に伴う逆進性の問題を勘案すれば、所得控除を縮小して個人所得税の課税ベースを広げる形で税収を増やし、税額控除方式により低所得層対策を効率的に行うという方向性が考えられる。
    一方、社会保険方式とする場合、所得水準にかかわらず広く負担する制度設計が必要であり、十分な所得がない層には保険料を減免するのではなく、保険料分の給付を支給するべきである。ただし、社会保険方式を原則にするにしても、原理上受益と負担の関係がわかりやすいとはいえ、少子高齢化が進むもとでは一定の税財源の投入が現実的であり、その点から言えば歳出抑制策を同時に導入することも必要になるであろう。

    ≪課題4(世代間不公平の拡大をどう是正するか)≫
    a)引退世代への給付を抑制・削減する(課題1への対応)、b)引退世代の負担を増やす、c)現役世代・未来世代への給付を増やす(課題2への対応)、の三つの方策のうち、b)についてみれば、税財源として消費課税を選択することが、広く引退世代にも負担を求めることになる。加えて、個人所得税の課税ベース拡大にあたり、給与所得控除対比大きい年金控除を廃止・縮小することも有効な具体策となろう。
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