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Business & Economic Review 2011年6月号

地方公共団体の損失補償契約が抱えるリスクと今後の地方財政運営上の課題

2011年05月25日 河村小百合


要約

  1. わが国においては、かねてより、財政援助制限法により、政府(国および地方公共団体)による法人への「債務保証」が禁止されてきた。一方、実務の世界では、各地のこれまでの多数の事例において、第三セクター等に対して、「損失補償」という手段による信用補完が、地方公共団体によって行われてきた。


  2. 「損失補償」とは、主債務から独立した性質を有する損害担保契約のことで、主債務が期限を経過して履行されないだけではなく、執行不能や倒産等、現実に債権回収が望めない事態に至って初めて、損失を補填するための債務を負うものである。このように、「損失補償」は、主債務への附従性を有する「債務保証」とは区別され、それを「財政援助制限法による債務保証の規制の対象外」と判断する行政実例も存在した。多くの判例でも、一般論としての損失補償の有効性が肯定されてきたこともあり、今日に至るまで、損失補償は地方公共団体によって全国で多用されてきた。


  3. そうしたなか、2010年8月30日、東京高裁は、①長野県安曇野市の第三セクターにかかる損失補償契約は、その契約上の実際の文言や要件等に鑑み、債務保証と異ならないものである等として、財政援助制限法に違反しており、私法上も無効である、②安曇野市に対して、本件契約に基づく損失補償金の一切の支払を差し止める、ただし、③金融機関側には、一定の要件のもと、信義則により救済される余地がある、等の内容の判決を下した。これによって、全国の地方公共団体が、これまで多用してきた損失補償契約に法的リスクがあることが表面化した。安曇野市は最高裁に上告した。


  4. 現在結ばれている損失補償契約について、その内容が、今回、東京高裁による控訴審判決で違法・無効とされた安曇野市のケースに類似するケースが少なからずある、との見方も存在する。そこで、この損失補償による信用補完が、主な地方公共団体において、実際にどの程度の規模で行われてきているのかをみると、都道府県・政令指定都市の損失補償付き債務残高の合計は2兆5,896億円(2008年度末)に達する。各団体ごとの状況を対標準財政規模比率でみると、規模の大きい場合で、都道府県の場合は20~30%程度、政令指定都市の場合は最大で約65%と多額の損失補償付き債務を抱えている団体が存在する。今回の東京高裁判決によって表面化した損失補償契約の法的リスクは、安曇野市のケース固有の事情によるものではなく、これに関係する可能性のある損失補償契約は、全国各地に存在することがみてとれる。


  5. 仮に、個別の損失補償契約が違法・無効であるとの司法判断が確定すれば、損失補償はもはや、これまで通り優良保証として扱われなくなることを意味し、金融機関にとって当該与信を継続するのは困難なケースが多くなると考えられる。当該三セク側も、事業を継続することは相当に困難となろう。親元の地方公共団体側としては、単に「約定通りの損失補償金の支払いを免れる」というレベルの対応では済まず、当初の予定外の様々な経費が、場合によっては損失補償金の額を上回る規模まで嵩むケースもあり得る。しかもこうした経費は、現在、国が設けている「第三セクター等改革推進債」の枠組みの対象外となっており、当該地方公共団体は、自力で所要経費を捻出せざるを得ない。当該団体の財政運営全体や、場合によっては、契約の相手方である地域金融機関側の経営にも大きな影響が及びかねないことが懸念される。最高裁が今後、本事案に関して何らかの判断を下した場合、その影響は全国各地の損失補償契約に及ぶことになる。


  6. もっとも、今回は、安曇野市において上告後、当該三セクの事業譲渡および清算に向けての動きが進展していることもあり、上告審の帰趨には不透明な部分があり、最高裁が判断を下さない可能性もある。その場合は、本事案について、東京高裁判決が確定する。最高裁判決が、他の類似する事例に対しても法源的機能を有すると一般的に言われているのに対し、第二審の高裁による判決は、最高裁判決と同等の影響を及ぼすものでは必ずしもないが、全国の他の類似する事例に対して、実務上、一定程度の重みを持つものとみられる。また、仮に今回、最高裁の判断が下らないとしても、情報公開制度が整備されている現在、同様の住民訴訟は、全国各地で生じる可能性がある。関係当事者においては、今後の上告審の展開をにらみつつ、法的リスクから財政運営や金融面に不慮のインパクトが及ぶことを避けるために、可能な範囲で、個々の契約の要件等を司法判断に沿う形で見直すといった対応を講じることが望まれる。


  7. 法的リスクへの対応を講じることができたとしても、わが国の地方公共団体のなかに、多額・大規模な偶発債務を抱えている団体が存在する状況は継続し、財政運営上のリスクは残存する。全国の都道府県・政令指定都市の損失補償付き債務残高の分布状況をみると、ごく少額・小規模にとどまる団体が存在する一方で、多額・大規模に抱えている団体も存在する。債務保証付き債務についても、同様の傾向がみられる。この背景としては、各団体ごとの財政運営上のスタンスや、国の政策運営の影響に加え、わが国においては従来から、各団体が財政運営上のリスクを把握・認識し、自律的な財政運営を行う体制が十分に整っていなかった点などが指摘できよう。そうした多額の偶発債務を抱える団体のうち、たとえ一団体でも、信用補完を行った三セクや公社の経営が悪化し、巨額の偶発債務の履行を余儀なくされることによって、その団体自身の財政運営に支障をきたすような事態となった場合、わが国としての財政リスクが市場で強く意識され、国をも含めたわが国の財政運営全体に影響が及ぶこともあろう。


  8. そうした事態を避けるには、まず、地方公共団体の抱える損失補償や債務保証といった偶発債務を正確に把握し、既存の偶発債務について、それが果たして、自団体の財政力に鑑みて、将来的に負担し続けられるような規模のものであるか、という観点からも検討する必要がある。さらに、将来的な偶発債務負担への規律付けを実効的に行うため、財政援助制限法の在り方について改めて見直す必要があろう。地方公共団体の偶発債務負担については、債務保証であると損失補償であるとを問わず、国の当局等による事前のチェックを厳格化することが求められよう。加えて団体としての意思決定上、住民投票実施の義務付け等によって住民ガバナンスの強化を図ること、といった対応が望まれる。


  9. 地方財政運営上のリスクは、偶発債務によるものばかりではない。厳しい財政状況のなか、今後、財政運営に支障をきたす団体が生じるような事態を、できる限り未然にくいとめるためにも、各団体の財政運営について、従来のように安易に国に依存するのではなく、自律的な運営を可能とするための支援を強化する必要がある。そのためにも、個別団体ごとの財政運営について、客観的、専門的な立場から、きめの細かいモニタリングやアドバイスの機能を強化することが求められる。現状では、①総務省(地方財政健全化法)や、②財務省(財務状況調査)の枠組みがすでに導入されているが、これらの取り組みには、なお課題や問題もあり、改善が望まれる。
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