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アジア・マンスリー 2010年7月号

【トピックス】
高付加価値経済への移行を進める中国

2010年07月01日 三浦有史


中国は電子情報機器の生産で世界一となった。しかし、基礎研究の脆弱性など課題は多く、高付加価値化を推進するにはR&Dにおける市場と政府の役割について再検討が必要である。

■電子情報機器の生産高が世界一に
中国は高付加価値経済への移行を進めている。工業情報化部は2009年の電子情報機器の生産高が世界一になったとしている。同部によれば、携帯電話の生産台数は6.2億台で世界の49.9%を占め、パーソナル・コンピュータは1.8億台、同60.9%、カラーテレビは9,899万台、同48.3%、集積回路は283億ドル、同12.9%とされる。高付加価値化は輸出にも及んでいる。EUによれば、世界のハイテク製品輸出に占める割合は2006年時点で米国、EU、日本を追い抜き世界一となっている。

 高付加価値化を推進する原動力になっているのは積極的なR&D投資で、その規模は既にフランスや英国を上回る水準にある。投資を牽引しているのは地場企業である。2008年の中大型工業企業によるR&D支出のなかで政府が資金を提供しているのはわずか4.2%で94.8%を企業が占める。企業のなかで外資の割合は27.2%にとどまり、残りの72.8%は地場企業によるものである。高付加価値化は、もっぱら外資によるものと考えられてきたが、近年は地場企業の存在感が急速に高まっている。

このことは特許においても確認できる。世界知的所有権機関(World Intellectual Property Organization:WIPO)が発表した特許協力条約(Patent Cooperation Treaty: PCT)に基づく国際出願申請者を国籍別にみると、中国は2008年で6,089件と全体の3.7%を占め、米国(32.7%)、日本(17.5%)、ドイツ(11.7%)、韓国(4.8%)フランス(4.2%)に次ぐ位置にある。これを支えているのはやはり地場企業である。特許申請における申請者の居住地をみると、居住者(自国民と地場企業・団体)の申請件数が非居住者(外国人や外国企業・団体)と同等か上回る水準にあるのはアジア諸国のなかで中国だけである。

■手薄な基礎研究
高付加価値経済への移行は順調に進むのであろうか。中国の高付加価値化は著しくバランスを欠いた側面があり、今後に不安がないとはいえない。例えば、2009年のハイテク製品輸出の75.0%はコンピュータ・通信関連が占め、素材、電子工学、生命科学、航空、バイオテクノロジーは、それぞれ0.7%、5.5%、2.9%、0.7%、0.07%を占めるに過ぎない。こうした偏りはR&Dにおいても鮮明である。R&D支出の内訳をみると、改良に相当する試験開発が全体の82.8%を占め、基礎研究と応用研究は4.7%と12.5%にすぎない。OECD諸国における基礎研究の割合は15~20%であり、先進国との開きは大きい。

開発途上国である中国と先進国を比較するのは酷であるようにみえるが、日本の基礎研究の割合は1970年時点で28.3%であり、中国の偏りは必ずしも発展段階が低いことを反映したものではない。背景には、R&Dの現場に市場原理が導入され、研究者に収益拡大に対する強いインセンティブが与えられていることがあると思われる。基礎研究を担うべき公的研究機関における成果主義の導入は研究者を試験開発に向かわせた。ハイテク製品輸出がコンピュータ・通信関連に偏るのも、当該分野のR&Dが短期的な利益を生み出しやすいことと決して無関係ではなかろう。

■国有企業がR&Dの主体
高付加価値経済への移行におけるもう一つの課題は、R&D支出における政府や国有企業の割合が高いことである。中国はR&D支出に占める地場企業の割合が高いことは前述したが、企業のR&D支出を所有形態別にみると、実は国有および政府が株式を保有する企業による支出がその46.7%を占める。OECD諸国のR&Dにおける政府の割合は平均で27.8%であり、先進国との乖離は依然として大きい。

R&D支出に占める国有および政府が株式を保有する企業の割合が高いことは何が問題なのか。OECDは、中国は外資導入によって外国の技術やノウハウにアクセスすることが可能になったものの、スピルオーバー効果は期待されたほどではなかったと評価し、その理由として知的財産権保護やコーポレート・ガバナンスの問題を指摘している。後者については、国有企業の経営者は長期のイノベーションを行うインセンティブがないこと、さらには、政府からのトップダウン・アプローチは市場のニーズに対応していないといった問題が指摘されている。

R&Dの現場に過度の成果主義を導入することや国有企業がR&Dの主体となることは、高付加価値経済への移行の妨げとなる。移行を加速するには、市場と政府の役割分担を再検討する作業が必要である。
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