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Business & Economic Review 2010年6月号

【Policy Proposal】
経済・金融危機下の企業への国家支援と出口戦略
EUおよび加盟各国における対応とわが国への示

2010年05月25日 河村小百合


要約

  1. 2008年9月のリーマン・ショック後、わが国では大規模な経済対策が数次にわたり実施されてきた。それから約1年半が経過した現在、わが国においては、そのような危機対応の政策運営からの出口を探ろうとの機運はいまだ乏しいように見受けられる。半面、諸外国においては、2009年秋頃から、こうした動きがみられ始めている。本稿ではそうした例として、EU各国をとりあげ、いかなる考え方に基づき、危機対応の政策運営が行われてきたのか、そして足許、出口戦略がどのように検討され、また実行に移されつつあるのかを検討することを通じ、わが国の政策運営への示唆を探ることとしたい。


  2. 単一市場、および緩やかな国家連合を形成しているEUにおいては、経済の生産性を向上させる成長力の源泉として、企業間での競争環境の確保が重視されている。この観点から、企業に対する国家支援(state aid)は競争を歪曲しかねないと考えられ、加盟各国が独自の判断で実施するのではなく、EUレベルで抑制的にコントロールする運営が従来から行われてきている。経営困難に陥った企業に対する救済(rescue)・再構築(restructuring)支援は、企業に対する国家支援の典型例であるが、①支援の規模および期間を厳格に限定し、②国による支援の「1回限り原則」を厳格に適用する、等を内容とするガイドラインをEUレベルで定め、加盟各国はこれに基本的に則る形で、限定的な支援を実施してきた。


  3. 今回の経済・金融危機に際し、EU各国においても多くの金融機関や企業が深刻な打撃を受けた。危機対応としての特例的な政策運営の必要性が高まり、EUでも、上述のようないわば「平時」における企業救済・再構築支援に関するガイドラインをそのまま適用することは困難となった。そこで、その要件を一部柔軟化、ないし緩和し、金融機関向け、事業法人向けに別建ての形で、今回の危機対応上の特例のガイドラインが設定された。加盟各国は、この特例的ガイドラインに沿う形で、機動的に危機対応の政策運営を行うことが可能となった。


  4. ただし、その特例的ガイドラインが定めた要件をみると、危機対応といえども、①支援の対象を、今回の危機によって経営に打撃を受けた企業に限定し、いわゆる「経済的弱者」に相当する企業すべてを対象とする支援は行わない、②とりわけ危機直後の救済支援について、国家による支援の規模や期間は必要最小限にとどめる、③支援コストを国家がすべて負担することはせず、受益者である当該企業、もしくはその再構築に関与する民間セクターに対して、いわゆる「ただ乗り」は許さず、応分のコスト負担を求める、といった要件が堅持されている。


  5. EU各国における最近の状況をみると、これらの危機対応策は、金融機関向けについては、その利用状況がすでに減少傾向に入り、国によっては2009年中に措置を打ち切るなど、出口局面に入っている部分(政府保証の付与)も存在する。事業法人向けについても、2010年末を実施期限とする当初の設定通りに危機対応策を打ち切る方向で、現在検討が進められている。こうした動きの背景としては、企業に対する国家支援は、その運用次第では、当該企業や産業、経済全体を弱体化させるという副作用をもたらしかねないことが意識されていることがある。このため、EUにおけるガイドラインのそもそもの設計が、いかに危機対応といえども上述のような要件を厳格に設定するものとなっていたことが指摘できよう。


  6. これに対して、わが国における危機対応策には、①危機直後の短期的な支援と、中・長期的な観点からの支援との区別が不十分、②支援の対象となる企業を限定せず、いわゆる「社会的弱者」に相当する企業すべてが対象、③受益者に対して必ずしも適切なコスト負担は求めていない、といった特徴がある。過去の経験に照らせば、今後も現在の危機対応策が、しばらくの間、年単位で継続されていく可能性が高いように見受けられる。しかしながら、そのような政策運営は、危機からすでに1年半が経過した現在、民間セクターの経済活動を下支えすることよりも、むしろ中・長期的な各企業の事業継続力、ひいてはわが国経済全体の潜在的な成長力を損なう弊害の方が大きくなってしまうのではないか。わが国としても、危機対応からの出口戦略の検討にすみやかに着手し、政策の軸足を、民間部門による自律的な成長につながるものへとシフトさせていくことが求められよう。
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