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Business & Economic Review 2010年6月号

【特集 成長戦略】
輸出牽引型内需拡大に向けた新しい成長戦略-名目成長率3%実現に向けた戦略パッケージ

2010年05月25日 山田久


B>要約

  1. 鳩山内閣は、政権発足後4カ月を経た2009年末、ようやく「成長戦略の基本方針」を公表したものの、「戦略」というべきロジックや体系性を十分には備えておらず、成長率の目標設定にも根拠を欠く。そこで本稿では、実効性ある成長戦略に必要な目標設定、ロジック、および、政策パッケージを提示する。

  2. 日本経済は再びデフレに陥っているが、それは単に世界経済危機を受けた経済の大幅な落ち込みだけではなく、成熟産業から成長産業への生産要素のシフトが遅々として進まず、成長力の低下と生産性の低迷が常態化するという、バブル崩壊以降の構造問題に根付くものである。すなわち、国内的には低収益企業が退出せず、対外的には新興国とのコスト競争が激化し、規制の存在が新規事業の展開の障害となるなか、日本企業は体力を消耗する低価格競争を展開。低価格競争を生き抜くために人件費とりわけ賃金が削減され、その結果家計所得が伸びなかったため、消費者の低価格嗜好が定着し、ますます低価格化競争が激化している。さらに、低価格化・賃金削減戦略は、事業構造の抜本転換を必要としないがゆえに低収益体質を一層定着させるファクターになっている。つまり、デフレは、産業構造転換が進まず、生産性が低迷して、賃金が下落基調にあることが原因である。

  3. 低成長とデフレが続けば、巨額の財政赤字が継続されることは避けられない。経常黒字が残るうちは国内貯蓄で財政赤字をファイナンスできるため、問題は顕在化しないが、家計貯蓄率の低下に伴っていずれ経常収支は消滅する可能性がある。そうなれば国債の消化に支障が生じ、財政の自由度は大幅に失われる。海外から日本の財政赤字のサスティナビリティーが疑問視されれば、円暴落・金利急騰など日本経済が暴力的な調整を迫られるリスクも排除できない。ISバランスからみれば、経常黒字は2010年代末までに消滅する可能性がある。そこで、2010年代中に財政再建に向けた最低限の条件(PBの黒字化)をクリアするための条件試算を行うと、政府が掲げる名目成長率3%は必達目標であると同時に、歳出構造の抜本見直しとともに消費税率の相当程度の引き上げなど負担増が必要になることが確認できる。

  4. 2005~2020年の実質平均経済成長率は、成長戦略を織り込んで2%程度と見ておくのが妥当であり、その場合、名目3%成長を達成するにはデフレから脱却することが不可欠となる。成長力を高めつつデフレ圧力を緩和するには産業再編を進め、各企業が得意分野に特化して“過当競争”の状況を解消することが必要である。その際、個々の企業に求められるのは、国内シェア競争の発想を捨て去り、まずはグローバル市場から発想し世界で勝てる事業ドメインに経営資源の選択と集中を行うこと。その過程で、企業は内外拠点を大胆に再編することになるが、成長戦略として政府に求められるのは、企業が日本国内に本社機能や中核事業を残そうとするように、事業環境を整備したり戦略事業分野の成長を支援することである。さらに、デフレからの脱却に向けて、賃金が持続的に増加する環境を整えることで内需成長を実現することも、成長戦略の重要な柱となろう。

  5. 人口減少が本格化するわが国では、海外需要を取り込むことが経済成長の起点である。そのうえで、「輸出増→収益増→所得増→内需増→輸入増=外需寄与の低下・内需拡大成長」というメカニズムの形成が重要であり、『輸出牽引型内需拡大成長』が目指すべきパターンといえる。この成長パターンを実現するためのあるべき成長戦略は、以下の三つのステップに分けて考え、そのフレームワークのなかで戦略事業分野の成長を促す施策を講じることである。
    (1)第1ステップ《需要増→生産増》…アジアを中心とした海外市場を開拓し、その需要を国内生産に結び付ける。そのためには、海外市場の開拓のために政府が行うべき環境整備(FTA、EPAの締結、その前提としての農政改革、呼び水としてのODA改革、国際港湾・空港の整備、環境技術の知財保護・国際標準の確立等)の包括的な政策体系がまずは示される必要。同時に、各企業が得意分野に特化する形での産業再編が円滑に進む環境を整備。
    (2)第2ステップ《生産増→所得増》…海外需要の取り込みで増加した企業収益を、家計部門へ適正に分配する道筋をつける。それには労働分配率を賃金と生産性が見合った水準に収束させることが重要で、政策的には最低賃金の中期的な引き上げや正規・非正規の処遇均衡を誘導することが求められる。景気回復時の賃上げは産業再編・生産性向上に対する触媒にもなり、デフレ脱却を定着させる効果。
    (3)第3ステップ《所得増→需要増》…医療・介護・保育・教育・雇用サービスを充実させることで、国民の将来不安を払拭して消費意欲を回復させ、家計部門の所得増を需要増につなげる。そのためには混合診療の許容、報酬制度の見直し、幼保一体化等、競争促進につながる規制・制度改革を通じてサービスの多様化を図る一方、低所得層にも最低サービス水準を保障する国民生活安定化のための再分配政策が示される必要。

  6. 以上の成長戦略が成功するためには、グローバル展開を進める企業が戦略部門や高収益事業を日本国内に残そうとするとともに、国内の潜在的ニーズを事業化する動きが活発化することで、低成長産業から高成長産業にヒト・カネがシフトされる必要がある。そうしたシフトを円滑化すべく、①研究開発投資の促進、②積極的労働市場政策の拡充・人材開国の推進、③公正な競争環境の整備・法人税引き下げ、などの事業環境の整備が求められる。
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