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Business & Economic Review 1998年02月号

【PERSPECTIVES】
慎重化する家計行動と将来所得減少のインパクト

1998年01月25日 調査部 山田久、調査部 伊藤雄一郎


1.はじめに

1997年春以降個人消費・住宅投資の低迷が長期化している。97年4~6月期の消費税率引き上げ後の家計活動の落ち込みは予想通りであったが、期待されていた夏場以降の立ち上がりがみられず、秋口以降はむしろ弱含む動きがみられている。

こうした家計行動の停滞は当初の想定に比べはるかに厳しいものであり、その背景には、いくつかの要因が絡み合っていることが想定される。そこで本稿では、97年春以降の家計部門低迷がこれほどまでに長期化することになった背景を考察し、とりわけ、高齢化・少子化を背景とする社会保障負担の増大や、賃金制度変化といった構造的要因が無視できないファクターになっていることを示す。さらに、この点を踏まえて、わが国家計部門が活気を取り戻すために必要な政策のあり方について提言したい。

2.家計部門低迷の循環的要因

まず、最近の家計部門の動きを振り返ってみると、96年度後半期に好調を示した乗用車販売、百貨店売上高、スーパー売上高はともに97年4月以降11月まで8カ月連続で前年割れを記録した。同様に96年半ばに盛り上がりをみせた住宅着工戸数も、7月に120万戸台まで落ち込んだ後、8~11月にかけても120~130万戸台の水準で低迷が持続している(図表1)。97年4~6月期の家計部門の落ち込みは、駆け込み需要の反動から当然予想されたものであったが、4月頃に関連企業に対して経済企画庁が行ったアンケート調査では、駆け込み需要の反動減は夏場には収束するとの見方が大勢を占めていた。しかしながら、夏場以降も消費回復の兆しは見られず、さらに秋口になっても低迷状態が持続することになった。

(1) 予想外に大きかった駆け込み需要とその反動影響

このように、97年4月以降、家計行動の低迷が予想外に長期化することになった要因としては、まず、消費税率引き上げに伴う駆け込み需要が予想を上回って発生し、その結果、反動影響も長引くことになった点を指摘できる。駆け込み需要の規模について主要消費財別に推計を行うと、自動車が3,300億円(20万台強)、白物家電、家具関連が3,700億円、音響・情報機器、書籍関連が3,000億円、衣料品が2,200億円、食料品が2,100億円となり、合計では1兆4,300億円に上る。これは、96年度名目個人消費の0.5%にあたり、消費税導入時(1989年4月)の駆け込み需要の規模(名目個人消費の0.2%)を大きく上回る規模であった(図表2)。また、住宅着工戸数についても同様の推計を行うと、駆け込み需要の規模は2兆2,400億円に達し、これは住宅投資の8.0%にも上る規模であった。

なお、消費税率引き上げ前後では、今回の駆け込み需要の規模は導入時を下回ったという見方が支配的であり、その反動影響も軽微であるとする考え方が大勢を占めていたが、実際にはその逆であった。これは、89年当時は耐久消費財の分野で、物品税の廃止が同時に行われたため駆け込み需要が発生しなかったのに対し、今回はむしろ自動車を中心とした大型耐久消費財や家電製品で、大きな駆け込み需要が発生したためと判断される。

(2) 97年度に集中した増税・社会保障負担増のデフレ影響

さらに、97年度には増税・社会保険料引き上げによる家計負担の増大が集中し、そのデフレ影響が一挙に顕在化したことが無視できない。すなわち、租税負担面では、97年4月に消費税率の引き上げ(3→5%)が行われたことに加え、95~96年度に実施されていた特別減税(総額2兆円)が廃止され、これらを合計すれば年間ベースで7兆円の家計負担が発生することになる。加えて、社会保障費の面では、厚生年金保険料が96年10月、国民年金保険料が97年4月、政府管掌健康保険料率が97年9月よりそれぞれ引き上げられており、家計全体では97年度は前年度に比べ3,900億円の負担増加となっている。さらに、サラリーマン本人の医療費自己負担が1割から2割に引き上げられ、薬剤費にも患者負担が導入されるなど、医療費の自己負担が5,500億円増加しており、これら全体で家計負担が7兆9000億円強増えている計算になる(図表3)(注1)。これは雇用者所得全体の3%弱に相当し、家計の消費支出が抑制されることになるのは当然であったといえる。 (注1) 昨年12月17日に97年度補正による特別減税(2兆円)の実施が表明されたため、最終的な負担増は1兆円強圧縮される見込み。

(3) 所得・雇用環境の改善テンポの鈍化

もっとも、以上の2つの要因は、時間が経過すればそのマイナス・インパクトは次第に薄れていくとみるのが自然であり、この点を考慮すると、秋口以降も家計部門が停滞から脱却できていない理由としては、景気減速に伴う所得改善テンポの鈍化が大きく作用していると判断される。すなわち、予想を上回る駆け込み需要発生に伴う予想以上の反動影響長期化により、企業業績は下方修正を余儀なくされることとなったが、この結果、昨年夏場以降企業の雇用姿勢にも慎重さが目立ってきている。すなわち、有効求人倍率が低下基調をたどるもとで、就業者数の伸びの鈍化が明確化し、時間外給与の頭打ち傾向を背景に現金給与総額も増勢が鈍化してきている(図表4)。

3.将来所得減少をもたらす構造的要因

しかし、現下の家計行動萎縮は以上のような循環的・一時的要因のみでは説明がつかない。それは当初期待されたほどラチェット効果(可処分所得が減少しても消費水準はすぐには落とせないという消費の性質)が働かず、消費性向の上昇が限定的にとどまっているためである。すなわち、過去においては、可処分所得の減少につながる国民負担率((租税負担+社会保障費)/国民所得)の上昇が生じたときには、消費性向の大幅な上昇がみられた(図表5)が、今回は消費性向はほぼ前年の平均水準で横ばっており、しかも足元では低下していく兆しもみえる(図表6)。この点に着目すれば、家計行動が慎重化している構造的な要因として、以下のようなファクターが作用しているものとみられる。

(1) 社会保障負担の持続的増大の不安

第1は、社会保障負担が今後持続的に増大していく不安である。高齢化の進展を背景に、年金・医療・介護にかかわる社会保障費の増大が懸念される一方で、少子化傾向が続けばこれを負担する現役世代の人口が伸び悩む。にもかかわらず現行の福祉水準を維持しようとすれば、結局一人当たりの社会保障負担の増大として跳ね返ってくることになる。厚生省の試算によれば、現行の年金給付水準を維持するためには、厚生年金の年金保険料率は現在17.35%であるものが、2025年には34.38%まで上昇する見通しとなっている(図表7)。

また、現行の医療諸制度を前提とすれば、高齢化に伴う国民医療費の増嵩は不可避であり、一方、少子化による現役世代の人口伸び悩みが一人当たり負担の増加につながることは避けられない。加えて、2000年度には介護保険の導入も予定されており、これにより40歳以上の国民一人当たり平均月2,500円(総額2兆円弱)の負担が追加されることになる(注2)。(注2) 実際の負担は加入する医療保険制度ごとに異なる。大企業中心の健康保険組合の場合、妻の分も含めた保険料は月3,400円。これを労使で折半するため本人負担は月1,700円となる。中小企業対象の政府管掌健康保険では一部国庫補助があるため月2,600円、本人負担は半分の月1,300円となる。また、自営業対象の国民健康保険では、一人当たり平均で月2,400円となっている。

(2) 賃金制度変化に伴う所得伸び悩み不安

第2は、賃金制度変化がもたらす将来所得の伸び悩みに対する不安である。増嵩する人件費負担を抑制するために、企業はこれまでの年功序列型賃金制度を改め、アメリカ型のフラットな賃金制度への移行を推進している。すなわち、1996年時点のわが国雇用者の平均的な賃金カーブ(賃金プロファイル)をみると、25~34歳の平均賃金を100とした場合、35~44歳の平均は128、45~54歳の平均は140、55~64歳の平均は106となっている。一方、アメリカ(1995年)の平均的雇用者の賃金カーブは、25~34歳の平均賃金を100とした場合、35~44歳の平均は122、45~54歳の平均は129、55~64歳の平均は114となっており、よりフラットな構造であることがわかる(図表8)。

これは、わが国の賃金制度が終身雇用を前提に、若い時は貢献したよりも少なく配分される代わりに、子供の教育費などで出費がかさむ中年期に報酬を後払いで受け取るという仕組みになっているのに対し、アメリカでは基本的には貢献度に応じた報酬が支払われているという違いによる。しかし、こうしたわが国の賃金システムは右肩上がりの成長とそのもとでの終身雇用制度を前提条件として成立してきたものだけに、経済の成熟化に伴う低成長経済への移行や雇用の流動性の高まりを背景に、今後年功序列型賃金制度が大きく崩れていくのは不可避といえよう。実際、年俸制の導入、年功給の削減、能力給比率の拡大等を通じて、昇給制度を見直す動きが一層強まるもとで、日経連の会員企業に対する調査では、年齢間の賃金格差が縮小傾向にあることが示されている(図表9)。こうした動きは、企業にとって人件費負担の重い中高年齢層を中心に今後一層強まることが予想され、この結果、多くの雇用者にとっては、これまでの延長線上で期待されるほど報酬が伸びない可能性が高い。

4 .将来所得減少のインパクト

(1) 将来所得減少のシミュレーション

それでは、こうした構造的要因によって、具体的には将来所得にどの程度の影響が生じるのであろうか。年収500万円、妻・子2人の4人家族という平均的な30歳男性を想定し、今後60歳までに稼ぐ将来可処分所得の累計額を試算してみた。シミュレーションにあたっては、以下の3つのケースについて試算を行った。

ケース(1)…賃金カーブが1996年時点の形を維持し、厚生年金保険料、健康保険料(政府管掌健康保険のケース)は現行水準(17.35%、8.5%)のまま推移する。

ケース(2)…賃金カーブは1996年時点の形を維持するが、現状予想される各種社会保険料の引き上げを織り込む。具体的には、厚生年金保険料は厚生省見通しに基づいて2025年には34.3%まで上昇し、健康保険料については、厚生省見通しの国民医療費を前提にしたうえで、現役世代1人当たりの医療費増大に比例して料率が上昇すると想定した。また、2000年度以降は月額1,300円(政府管掌健康保険加入の場合は夫妻で月当り2,600円、労使折半の予定)の介護保険料も加味した。

ケース(3)…賃金カーブがアメリカ(1995年時点)並みにフラット化する場合を想定し、各種社会保障負担はケース(2)と同じとした。 なお、試算にあたっては、経済成長による所得水準の底上げや物価上昇というファクターは捨象している。 以上の試算結果によれば、今後60歳までに稼ぐ将来可処分所得の累計額は、現状の諸条件に変化がないケース(1)の場合、約1億7000万円に上る。しかし、各種社会保障費負担の増大を織り込んだケース(2)では、将来可処分所得の累計額は920万円、1年当たりに換算すれば30万円減少することになる。さらに、賃金カーブがアメリカ並みにフラット化し、各種社会保険料の増大を織り込んだケース(3)の場合、将来可処分所得の累計額がケース(1)に比べ2,780万円、年間では90万円減少するとの結果が得られる(図表10)。

(2) 将来所得減少の影響

以上でみてきた将来可処分所得額の減少は、今後中期的な家計行動の下押し要因となるのは不可避であろう。具体的には、可処分所得の減少が、個人消費や住宅投資を抑制する要因となることが予想される。

そこで、前節で試算した将来可処分所得減少が、すべての雇用者について同じ割合で今後10年間で生じると想定すれば、今後10年間の累積可処分所得の伸びは8.1%、年平均で0.6%下振れすることになる。この結果、消費性向が不変とすれば、10年後の個人消費水準は8.1%下押しされることになり、これは年平均で消費活動が0.6%押し下げられることを意味する(図表11)。

加えて、住宅投資にとってはとりわけ大きなマイナス影響が懸念される。すなわち、(財)年金住宅福祉協会の調査によると、住宅取得時の借入金の返済期間は平均で30.3年(平成8年度)と長期にわたっているため、住宅投資は返済源資である将来可処分所得の変動に大きく影響を受けざるをえない。このため、将来的な社会保障負担の増大や賃金制度変化に伴う将来所得の減少は、住宅投資により大きな影響を及ぼすものと考えられる。そこで、将来可処分所得の減少が前倒しで影響すると考え、60歳までの累積可処分所得の減少が10年間で出尽くすと想定すれば、住宅取得能力指数を用いた試算では、10年度の住宅投資水準は10.2%(年平均では1.0%)押し下げられるとの結果が得られる。

以上のような将来可処分所得減少の家計活動への影響を合計すれば、実質経済成長率は10年間の累計で5.3%、年平均では0.4%押し下げられることになろう。

5.求められる政策対応

(1) 将来不安払拭の基本政策-「小さな政府」の実現

現下の個人消費・住宅投資の低迷は、上記の将来所得減少の影響を先取りした動きである可能性があり、そうであれば家計行動の慎重化は決して一過性の現象ではなく、今後中長期的に持続する懸念がある。

こうした状況下、個人消費・住宅投資の本格回復を実現するためには、将来所得減少の不安を一掃することが不可欠といえよう。そのためには、以下の施策を通じて「小さな政府」を実現し、増税等将来的な公的負担増大の懸念を払拭することが基本である。

第1は、政府機能のアウトソーシングである。公的企業の民営化・執行機関のエージェンシー化・PFI(プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)の活用など、政府機能を民間に移譲あるいは委任することが、小さな政府実現の有効な手立てとなる。イギリスではこうした動きを通じて、公的セクターの対GDP比率を81年の16.8%から90年代以降は11%まで引き下げている。

第2は、思い切った歳出カットの実施である。その際、歳出構造の抜本的見直しを同時に行うことが不可欠である。ちなみに、アメリカでは93年の包括財政調整法の制定以降、4年間で1,280億ドル(約17兆円)の歳出削減に成功している。 こうした「小さな政府」の実現を通じて、新たな市場が民間に広がり、競争が活発化することを通じて経済活性化が達成されれば、結果的に賃金カーブ自体が底上げされ、将来所得の伸びが高まる効果も期待できよう。

(2) 可処分所得を増やす重点政策

以上の基本政策を実施したうえで、将来可処分所得の増加に直結する重点政策として、次の2点への取り組みが喫緊の課題となろう。

1) 社会保障システムの抜本改革

第1は、社会保障システムの抜本改革の早期実施である。現在表面的な見直しにとどまっている社会保障制度改革を抜本的に再検討し、確定拠出型年金制度の導入、疾病予防・健康増進に重点を置いた健康増進プログラムの導入、など効率的な新社会保障システムを一刻も早く構築する必要がある。現行年金制度は、給付水準を固定したうえで、これを維持するために必要な保険料率を算定するという「確定給付型」であるため、高齢化と少子化の同時進行により保険料率が雪だるま式に拡大することになる。したがって、年金制度改革の方向としては、予め保険料が確定されておりその運用成績により年金給付額が決まる「確定拠出型」を導入し、「確定給付型」とのバランスを図っていくことが求められている。

また、医療制度についても、医療費の膨張を防ぐには、疾病予防・健康増進に力を入れたほうが効率的である。アメリカでは、この点に着目した科学的な健康増進プログラムが導入されており、企業の健康保険組合の財政改善に貢献している。わが国でも、こうした動きにいち早く取り組むことが必要であろう。

2) 住宅関連税制の総合的見直し

第2は、住宅関連税制の総合的見直しである。特にマイナス影響が懸念される住宅投資については、アメリカもしくはイギリス並みの持家取得促進税制の導入、不動産取得税や消費税など住宅流通課税の軽減、等税制面からの支援が必要である。ちなみに、米・英の持家取得促進税制をみると、アメリカでは住宅ローンの支払利子の全額を課税所得額から控除でき、イギリスでは住宅ローン支払利子の15%に相当する金額を国が補給する形式をとっている。控除期間はアメリカ、イギリスとも全返済期間である。さらに、日本では土地代は控除の対象外だが、アメリカ、イギリスでは土地代も控除の対象に含まれる(図表12)。そこで、仮にアメリカ並みの住宅ローン利払い費の所得控除制度を導入したとすると、年収750万円の男性(妻・子2人の4人世帯のケース)が、住宅資金の一部を借入期間25年、年利3.8%の元利均等返済で3,000万円借入した場合、所得税、住民税の税額は、現行の日本の制度と比べて25年間で158万円減少する。また、イギリス並みの制度を導入した場合、減少額は149万円となる(図表13)。こうした本格的な住宅減税の導入は、住宅投資への直接的な刺激策となるとともに、ローン返済負担に喘ぐ家計の消費活動回復のための起爆剤となることが期待できよう。
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