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Business & Economic Review 1999年11月号

【OPINION】
新たなセーフティネットの構築を急げ-ペイオフ凍結解除に向けて本筋の議論を

1999年10月25日 調査部 岩崎薫里


現在わが国では、金融システムの安定維持を目的として、2001年3月末までという期限を区切ったうえで、預金等金融機関の債務の全額を保護する特例措置が採られている。この特例措置の解除(いわゆる「ペイオフ凍結の解除」)を巡っては様々な議論が各方面から提起されており、新聞紙上で「ペイオフ」の文字を見ない日はないと言っても過言ではないほど、国民的関心事となっている。こうしたなか、金融審議会第二部会が「預金保険制度に関する論点・意見の中間的な整理」を本年7月に公表した後も積極的な議論を進めており、宮沢蔵相は今秋にも具体的な方向性を打ち出す意向を示している。

しかしながら、ペイオフ凍結の解除を巡る最近の各方面からの議論には、多様な角度からの異質な論点が混在しており、これが議論に混乱をもたらす一因となっている。例えば、ペイオフ凍結を予定通り2001年4月に解除すべきかどうかという議論がある。これなどは、現時点でペイオフ凍結の延長を決定すると、モラル・ハザード(倫理の欠如)を招くなどあまりにもデメリットが大きいことが明らかである。今、我々がとるべきは、予定通りペイオフ凍結を解除することを前提として、そのための環境を整えることに全力を傾注することである。そのうえで、2001年3月あるいはその直前に、政府があらゆる条件を勘案してペイオフの凍結を解除するのか継続するのかを決定するのが妥当であろう。

このように、本問題に関する論点を整理する場合には、本質をしっかりと見据えたうえで、明確な座標軸に基づいて考えることが不可欠である。そこで本稿では、ペイオフ凍結解除のための環境整備のうち、最大のポイントである新たなセーフティネット構築に向けた議論を行う場合に必要不可欠とみられる視点を提示したい。具体的には次の3点が指摘できる。

第1の視点は、21世紀におけるわが国の金融市場・金融システムのあるべき姿と整合的なセーフティネットのあり方を考える、という点である。

わが国の金融市場は現在、Free、Fair、Globalを旗印とする日本版ビッグバンの実現を目指して様々な各種の制度改革を進めている過程にある。ビッグバン後の金融市場においては、個々の市場参加者が自己責任原則に基づいて金融取引を行うことが大前提となっており、この意味では、預金についても預金者が自らの責任で金融機関を選択することが大原則となる。単純にペイオフ凍結を延長することは、預金者の自己責任原則に対する意識を希薄化させるばかりでなく、モラル・ハザードの蔓延をもたらし、結果的に国民の負担を増大させる懸念が大きい。すなわち、預金等が全額保護されている下では、経営内容の悪化している金融機関であっても相対的に高い預金金利を提示すれば資金調達が簡単にできてしまう。一方、預金者にとってもそのような預金商品はノーリスク・ハイリターンのきわめて有利な投資であるから、喜んで預金を預入するであろう。これらはいずれも典型的なモラル・ハザードである。このような形によって資金繰りをつけている間に当該金融機関の資産の劣化が進めば、その最終的な負担は結局のところ公的資金等の形を通じて国民全体で担わなければならない。一部預金者の利益を守るためにその他大勢の国民の税金等が使われるという事態は、公平性・公正性の面から、きわめて大きな問題を孕んでいるといえよう。

同様の問題は、一部で提起されている「企業の決済性預金は全額保護すべし」という主張にも当てはまる。企業間決済を円滑に行うことはきわめて重要であり、これが破綻を来すとシステミックリスク(個別金融機関の破綻が連鎖し、国民経済全体に多大な悪影響が生じること)に直結する危険を孕んでいることは事実である。しかしながら、企業の決済性預金を保護するために一般の小口預金者が負担した預金保険料を使うという考え方は筋が通らないのではないか。仮に、決済システムの安定維持という観点から企業の決済性預金を全額保護する必要があると判断するのであれば、それは当然預金保険というスキームの外で、緊急避難的政策として実施されるべきものであろう。

第2は、国民経済的にみて最もコストの小さい手法を選択するという大原則の確立と、これを可能ならしめる制度を構築する、という視点である。

この点、我々は金融機関破綻処理の長い歴史をもつアメリカの経験を学ぶ必要があろう。アメリカでは、1933年にペイオフ制度が創設され、金融機関の破綻処理はペイオフを中心に行われてきたが、60年代になってP&A(Purchase&Assumption:資産・負債の承継)が導入されてからは、P&Aが主流となっている。ちなみに、91年末にコスト・テストの厳格化(処理コストの最も低い方式を選択することを義務付け)が導入されて以降、92年から97年まで最近6年間の破綻処理188件の内訳をみると、ペイオフ(ペイオフと実質的に同等の効果をもつ「付保預金の移転」を含む)が30件、付保預金P&Aが89件、全預金P&Aが67件、資金援助が2件となっている。ペイオフと比べた場合のP&Aのメリットは様々あるが、例えば、(1)健全な借り手企業の資金繰りに悪影響が及ばない、(2)破綻金融機関が有する資産・負債に価値を見出した承継銀行から預金保険公社(FDIC)がプレミアムを得ることにより、処理コストを軽減できる、等を指摘することができる。

また、P&Aの通常のパターンでは、FDIC等の監督当局が金曜日の営業終了後に破綻金融機関に閉鎖命令を出し、翌週月曜日には承継銀行の新しい看板で営業を再開するという迅速な処理が行われており、これによって決済機能が停止するという事態も回避されている。

このようなアメリカの破綻処理の実態をみると、わが国の実情を加味した「日本版P&A」を導入することによって、破綻金融機関を最小コストで処理できるような選択肢を確保しておくことが望ましい。金融審議会もP&Aの導入に前向きの意向と伝えられているが、実務面、法制面を含めた「日本版P&A」の具体的な内容を煮詰める必要がある。

他方、金融機関が債務超過に陥る以前に、早めに市場から退出させることによって、破綻処理コストの削減を図ることも重要である。具体的には、現行の早期是正措置においては、監督当局が金融機関の業務停止を命令できるのは自己資本比率がマイナスとなった場合に限られているが、これを自己資本比率がプラスであっても一定の水準(たとえば、アメリカの場合は2%)を下回った場合に発動できるよう改める必要がある。そうすれば、当該金融機関の資産の傷みが小さい段階で破綻処理に移行できることになり、処理コストを抑えることが可能となる、換言すれば、大口預金者のロスもそれだけ少なくてすむことになるわけである。

もっとも「日本版P&A」が破綻処理コストを圧縮するための有効な手法であるとしても、問題はこれが受け皿金融機関なしには活用できないという点にある。そこで、(1)P&A完了後に生じる2次ロスについて、その一定割合を預金保険機構が負担するという「ロス・シェアリング」の仕組みを構築することによって、受け皿の候補となる金融機関が手を挙げやすくなる環境を整備するとともに、(2)それでも受け皿が現れない場合に備えて、現行のブリッジバンクや特別公的管理制度(一時国有化)を、一定の見直しをしたうえで2001年4月以降も存続させるべきである。

さらに、アメリカにおいて規定されているシステミックリスク・エクセプションについても導入を検討すべきである。これは、破綻した銀行の処理を通常の最小コスト原則に基づいて行うと国民経済的に多大な混乱が生じると認められる場合に、FDICおよびFRB(連邦準備制度理事会)の提案に基づいて財務長官が大統領と協議のうえ、全預金を保護する等の例外的措置をとり得る、というものである。個々の破綻処理においては最小コストでなくとも、国民経済的コストという観点からは意味がある、という考え方は重要であり、今回の省庁再編によって設立される金融危機対応会議に対して、国民経済的に多大な混乱が生じると認められる場合には特例的な措置をとり得る権限を明示的に付与することが必要である。

第3の視点は、正確な事実認識に基づいた議論を行うべきであるという点である。

ペイオフ凍結解除延期論の根拠として、アメリカにおいてもペイオフはごく例外的な措置であると指摘する向きもある。たしかに、前述の通り最近6年間の実績をみると、ペイオフは破綻処理全体の16%にすぎない(しかも、94年以降はゼロ)。しかしながら、留意すべきはペイオフには「狭義のペイオフ」と「広義のペイオフ」があり、両者は同一のものではない、ということである。狭義のペイオフとは預金保険金の払い戻しという破綻処理の一手法を意味する言葉(アメリカのペイオフはこれに該当)であるのに対して、広義のペイオフとは預金の切り捨てが発生し得る破綻処理全般のことを指す。「ペイオフ凍結解除」が意味するところは、広義のペイオフ、すなわち、預金等を無条件に全額保護する措置を止めることによって、大口預金者の中には預入額の全額が戻ってこない人が出てくる可能性がある、ということである。狭義のペイオフは、このような事態が起きる一つの形態にすぎず、例えばアメリカで活用されている付保預金と健全資産のみを承継する「付保預金P&A」という手法でも預金の切り捨ては発生し得る。最近6年間のアメリカの実績をみても、付保預金P&Aが47%を占めており、広義のペイオフはアメリカにおいても広く用いられている手法である。

また、先述した決済性預金の保護についても、「決済機能の保護」と「決済性預金の保護」を区別して考えるべきであろう。金融機関の破綻が生じた場合、本質的に重要なことは「決済機能」の維持である。決済機能はシステミックリスクを回避するために是が非でも維持しなければならないが、そのために何よりも必要なことは、破綻処理の迅速性である。これを確保するスキームを整備することが決済機能を維持することに他ならない。仮に「決済性預金の残高」を全額保護するかどうかを議論するとしても、それは「決済機能の保護」の次に来る議論であるべきである。

2001年3月までに残された時間は、決して長くない。それまでに金融機関自身はもとより監督当局が金融システムの安定化に向けて前倒しの努力を行うとともに、21世紀に相応しい新たなセーフティネットのあり方について本筋の議論が整斉と行われ、国民の理解が深まることを期待したい。
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