【OPINION】
外貨準備の情報開示を積極的に推進せよ
1999年10月25日 調査部 河村小百合
近年相次いだ国際金融危機を教訓として、IMF等を中心に、各国の保有する外貨準備のディスクローズを強化する方向での検討が進められている。すなわち、メキシコ危機、アジア危機といった一連の金融危機を経て、各国通貨当局の外貨準備に関する情報開示が不十分であったために、市場参加者が個々の国々の状況について的確な判断をなし得ず、危機の規模が無用な拡大を余儀なくされた可能性があったのではないかとの反省が生まれ、アメリカ等の主要国を中心に、各国当局の情報開示レベルを上げるべきであるとの機運が高まった。その後、BISでの検討を経て、IMFにおけるSDDS(Special Data Dissemination Standard:特別データ公表規準)強化の一環として、各国の外貨準備に関する情報開示のレベルを、内容、適時性の両面で向上させることを目的に、現在準備が進められている。
IMFのSDDS強化案の内容
SDDSとは、外貨準備のみならず、GDPやマネー・サプライ等を含む経済・金融データの公表に関する規準で、主として国際金融市場へのアクセスを有する、ないしはアクセスすることを希望する国によって用いられることを企図している。これは、加盟国に対して強制力のあるものではないが、各加盟国は自発的にこの規準に同意することにより、自らがタイムリーかつ包括的なデータの提供にコミットすることを、国際金融市場に対して示すことができるという性質のものである。このうち外貨準備の側面に関しては、現在2000年3月末までの実施を目標に、情報開示の形態(ひな形)と、その種類別の開示時期についての案が示されている。その大枠によれば、まず、外貨準備の総額に関しては、月次ベースで、最長1週間以内に公表することとされている。また、(1)資産の内容に関して、証券(国内債、外債別)、銀行への預金(対国内銀行、対外国銀行別)、IMFリザーブ・ポジション、SDR、金といった保有形態別の内訳、(2)先物やスワップ等のポジションを組んでいることに起因する短期的なネット資産流出額の満期別詳細、の2点に関して、月次ベースで最長1カ月以内に公表すること、さらに、外貨準備の通貨別構成に関しては、これらの内容よりも頻度を落とす(例えば年に1回)形で公表することとされている。ただし、BISやIMFは、上記のような案を公表するに至るまでの段階において、情報開示のコストとベネフィットに関する捉え方に、加盟各国間でかなりの温度差があったことを認めており、最終的にどのような形の規準となるかは、未だ確定していない状況にある。
わが国の情報開示の現状とその問題点
わが国も、他のアジア諸国に対して範を示すべく、このSDDSに同意することをすでに表明している(現在他には50弱の加盟国が同意を表明)が、これは、国際金融システム全体の安定のためだけでなく、わが国自身の外貨準備について、外貨資産の調達(すなわち外国為替市場介入)面、運用面の双方における透明性を高めるうえで、大きな意義があるといえよう。
すなわち、わが国では、これまで外貨準備に関しては、総額を月次ベースで1日後に公表するなど早期のディスクローズがなされてきたものの、その内訳については、外貨建て資産とIMFリザーブ・ポジション、SDR、金という大枠が、IMFの統計として事後的に公表されるにとどまっていた。また、外国為替市場介入の実施額やタイミングについては、欧米主要国においては、当局によるオペレーションの透明性を確保すべく、介入実施の判断の根拠と合わせて事後的に(国によって異なるが数カ月ないし1年後等のタイムラグをおいて)ディスクローズするのが標準的となっている。これに対して、わが国の場合は、こうした計数等は当局サイドからはこれまで公表がなされていないのが実情である。
さらに、外貨準備の運用面については、外貨準備の通貨別内訳等にまで踏み込んだ情報開示を行っている国は現在のところアメリカ位で、わが国のみが開示のレベルが遅れているというわけではない。わが国の場合、長年にわたり国内民間銀行に対して「外貨預託」が行われてきたが、とりわけ近年は、金融システムの動揺を映じた「ジャパン・プレミアム」の発生により外貨建ての資金繰りに窮する邦銀への支援を目的として、この制度がかなりの規模で用いられていた模様である(宮沢蔵相も98年11月にこの事実を初めて公認)。外貨準備の運用の目的は、例えば自国通貨価値の過度の下落時において為替相場を安定させる目的で市場介入を行う原資として活用したり、また、国家安全保障上の観点から緊急事態時における輸入確保に備える等様々なものがあり、今回の措置も、金融システムの動揺を回避するための緊急避難的な施策と捉えるならば、相応の意義を有するものといえる。しかしながら、外貨準備とはそもそも外国為替資金証券という形態で国として円建て負債を発行するというコストと見合いに獲得した国民の財産という側面を持っており、そうした視点からは、少なくとも事後的には、いかなる目的で、どの程度の規模の外貨預託が行われたかについて、国民に対し情報をディスクローズする義務があるのではないか。
この点に関しては、円資金の場合の日銀貸出のこれまでの経緯が参考となる。すなわち、日銀による民間銀行への貸出は、1990年代の前半まで金融調節の有力な手段として用いられていた。しかしながら、有担方式とはいえ公定歩合が適用される中央銀行の相対方式での貸出は、事実上民間銀行に対する補助金的な性質を有するものに該当し、その実施についての判断に当局の裁量の余地がある点に問題がある、との批判が欧米諸国から強まったこと等を受け、日銀は95年7月以降、原則として貸出を金融調節の手段としては用いないこととした。その後、わが国の金融システムの動揺を映じ、金融システムの安定確保の目的で貸出が例外的に用いられているが、業態別の貸出総額を月次ベースで明らかにするなど、政策の透明性を確保する配慮がなされている。こうした考え方は、外貨預託のケースでも当てはまるのではないか。
わが国にとってのSDDS強化の意義
このようなわが国の現状も、SDDSの強化が、今後現時点の案をベースとして実施に移されることになれば、大きく改善する契機となることが期待される。すなわち、わが国にとっては、外貨準備の内訳が国内外の証券、国内外の銀行への預金別に月次ベースでタイムリーに開示されるようになれば、邦銀への外貨預託についても、少なくともその全体像が月次で明らかになる。これは、わが国の政策運営の透明性を確保するうえで大きな前進であろう。また、これと相まって、外国為替市場介入の実施と関係の深い外貨建て資産の通貨別構成が、相応のタイムラグを伴って公表されるようになれば、それと歩調を合わせてわが国も、アメリカのように、外国為替市場介入の目的、その金額やタイミング等についても、事後的な形でレポートを公表することが望まれる。 なお、外貨準備の調達(介入)面、運用(預託)面の双方において、ディスクローズを行うに当たっては、その本来の目的はあくまで、当局の政策運営上の事後的な透明性を確保することによって過度に裁量的な運営が行われる可能性を排除することにある。もちろん、市場に無用の混乱を与えないよう公表の時期は数カ月ないし1年といった一定のタイムラグをおき、またその内容についても、必ずしも全てを詳細にわたり明らかにする必要はない。ただし、事後的なディスクローズを行うに当たっては、介入・預託の双方について、単に計数等を明らかにするのみならず、当局が実施の判断に至るまでの経緯(例えば市場情勢、金融情勢をどのように把握していたのか)等も合わせて明らかにすることが、政策運営のアカウンタビリティーや透明性を高めるうえで望ましいといえよう。
わが国は積極的な情報開示の強化を
SDDSの強化案は、まだ最終決定されたものではなく、最終的な調整の余nが残されている状況にある。IMFやBISも明らかにしているように、その検討段階においては、少なからぬ加盟国から、情報開示強化によるコストとして、(1)外国為替市場における価格圧力に抗するための秘密介入を行う余地が低下することや、(2)従来以上に詳細なデータを頻繁かつ適時に開示することに伴う当局の実務面での負担の増嵩、といった点が指摘され、議論が行われた模様である。しかしながら、わが国にとっては、外貨準備の調達・運用の両面において情報開示のレベル向上を図り、政策運営上事後的な透明性を確保することの意義の方がこうしたデメリットやコストよりもはるかに大きいと考えられる。諸外国の状況をみても、例えばイギリスにおいては、大蔵省と中央銀行が歩調を合わせる形で、本年9月末分の計数から、前述のひな形の案に沿った情報開示を、インターネット等の媒体を用いて積極的に実施し始めている。わが国当局としても、IMFにおける協議の動向にかかわらず、自ら積極的に、できるだけ早期の情報開示の強化を実施することが望まれる。