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Business & Economic Review 1999年10月号

【OPINION】
正社員偏重システムから脱却せよ

1999年09月25日 調査部 山田久


99年に入って景気には明るさがみえるが、雇用情勢は依然厳しい状況が続いている。7月の完全失業率は4.9%と過去最悪水準で推移し、日銀短観などでも企業の雇用過剰感は依然高水準である。こうしたなか、日本的雇用慣行に対する見直しの是非が、これまで以上の広がりと強さをもって議論の俎上に上っている。

  1. 終身雇用制度の是非

    言うまでもなく日本的雇用慣行とは、終身雇用(長期雇用)と年功賃金を特徴とする日本特有の雇用システムであると捉えられている。このうち年功賃金については、大半の有識者がその限界を指摘し、労・使ともに実力主義賃金への転換必要性について、ほぼ共通の認識に達している状況といってよい。しかし一方で、終身雇用の是非については、経営者や有識者の間でも議論が分かれるところである。

    まず、終身雇用の維持が主張される主な根拠とは、終身雇用のもとでは長期的な視点に立って雇用者の能力が育成され、また労使協調を支えることで日本企業の競争力の源泉になってきたというものである。確かに、最も雇用の流動化が進んでいるとされるアメリカでも、国際競争力のある航空機製造分野の雇用者の平均勤続期間は約10年と、日本の全産業平均(11.6年)にほぼ近く、長期雇用が技能養成に貢献しているとみられる。

    一方、既存産業の成長力が低下傾向にあるなか、新たな成長を期待されるソフト・サービス関連の産業分野には、個性的な才能こそが必要であり、長期雇用・年功賃金が足かせになっていることが指摘されている。実際、経済全体の不振を尻目に堅調な成長を続けているゲーム産業などは、わが国でも極めて雇用の流動性が高い世界である。また、ホワイトカラーでも、経理・人事・総務といった本来業種横断的な専門技能が必要とされるような職種については、雇用の流動化を進めることが、企業の人件費抑制の観点のみならず、個人のキャリア形成の面でも望ましいといる。

    このようにみると、企業の人事戦略上の観点からいえば、終身雇用について平均的・抽象的にその是非を論じても意味はなく、産業や職種といった個別の立場での適合性を検討する姿勢が必要である。一方で、終身雇用制度の見直しを進めるべき産業や職種のシェアが上昇しているという意味において、法制や税制といった経済全体を規定する仕組みについては、雇用流動化を前提としたものに見直すことが不可欠になっているといえよう。

  2. 非正社員型就業形態がカギ

    しかし、日本の雇用システムのあり方を議論する際に、一層重要な問題は別のところにある。というのは、日本的雇用慣行が成立しているのは正社員、とりわけ厳密な形としては大企業の男子正社員に限られているからである。すなわち、パートや派遣労働、契約社員といった非正社員ではそもそも流動性が高く、年功賃金も基本的には存在しない。彼等の企業社会における位置づけは、通常「周縁労働力」として単純労働が割り当てられてきた。社会的にみても「良質な労働」である正社員に対する「質の良くない労働」として捉えられ、制度上十分な配慮がされていないといってよい。例えば、つい最近まで人材派遣は原則禁止され、例外的に認められるという形で規制されていた。また、雇用期間や労働時間が一定の条件に満たない場合、厚生年金(報酬比例部分)に加入する義務はないという仕組みになっている。

    こうしたわが国の状況に対し、近年良好な雇用パフォーマンスで注目されるオランダでは、就業形態の多様化進展が雇用情勢の改善をもたらしている。すなわち、同国では80年代以降、パートタイマーとフルタイマーの労働法制・社会保障上の待遇を原則平等化したほか、人材派遣業の規制撤廃を行うなど、就業形態の多様化を推し進める政策を積極的に展開してきた。こうしたもとで、働き手側のライフスタイル多様化の動きも相まって、パートや派遣労働という非正社員型・低賃金型の就業形態が増加し、結果としてのワークシェアリングの実現を通じて、雇用情勢の目覚ましい改善に成功している。

    また、アメリカにおいても、非正社員型・低賃金型の就業形態の増加が、80年代半ば以降の失業率低下傾向の原動力となってきた。さらに近年では、エクゼクティブ・テンプ(専門的派遣社員)、インディペンデント・コントラクター(独立契約社員)といった、非正社員でありながら、仕事の重要度でいえば正社員と同等かそれ以上の仕事を請け負う人々が増えている。彼らは労働力そのものよりも、専門技能や才能を企業に売り込んでいるわけであり、報酬も高く、わが国における派遣労働や契約社員といった言葉の一般的なイメージから想像される就業形態とはかなり異なっている。その動きは、総務・人事・経理といった専門的ホワイトカラーのほか管理職に広がっており、企業の正社員に対する採用抑制傾向が続くなか、多様な就業形態の台頭が新しい雇用創造機能を果たしているといえる。加えて、彼等の存在により、ベンチャー企業等が新規産業立ち上げに必要な人材を、スピーディーかつ低コストで集めることが可能になっている。つまり、就業形態の多様化は、アメリカ経済のダイナミックな発展を支える不可欠な基盤ともなっているのである。

    以上のオランダ、アメリカの経験から示唆されるのは、既存企業における正社員というこれまでの中心的な雇用の受け皿の存在の役割が低下するなか、それにとって代わる新しい雇用の受け皿として非正社員型の就業形態を積極的に促進することが、失業問題解決と同時に経済活性化の有効な方策であるということである。この意味で、日本の雇用システムのあり得べき姿を考える際に、正社員を前提にした日本的雇用慣行の見直しだけを論じても、その有効性は限定的であるといわざるを得ない。まずもって就業形態の多様化という観点が不可欠であり、その枠組みの中で正社員と非正社員の待遇平等化を前提として、正社員の雇用慣行をどう変えていくかということを考えるべきであろう。そしてこのことは、ひいてはこれまでの画一的な価値観やライフスタイルを多様化させ、真に豊かな労働・生活環境を作り出すことにもつながる。

  3. 雇用システムの柔軟性向上に向けて

    では、日本的雇用慣行を相対化し、流動性が高く多様化したフレキシビリティーの高い就業構造を作り出すには何が必要か。

    第1は、労働法制の改革である。今年7月には労働者派遣法が大幅に改正され、派遣の対象業務について従来のポジティブ・リストから、原則自由のもとでのネガティブ・リスト方式に転換が行われた。しかし、派遣期間については新たに1年の上限が設けられ、これを上回る場合には派遣先企業が正社員として雇用する努力義務が規定された。こうした規定は派遣先企業による派遣労働者活用のインセンティブを阻害するほか、派遣労働者自身の働き方の自由度を制限するものであり、派遣期間の規制は廃止する必要があろう。また、昨年9月には、約半世紀振りといわれる労働基準法の抜本的改正がなされた。その内容は、労働形態・労働時間の柔軟性向上を認めるものとして基本的には評価できるが、一段の改正が必要であると考えられる。たとえば、労働契約期間の上限について、従来は1年であったものが、高度な専門知識を持った者や60歳以上の者を雇い入れる場合には3年間まで延長されたが、そもそも3年で区切る根拠は薄く、一定の労働要件を満たす場合には契約期間は自由とするのが妥当であろう。

    第2に、社会保障・税制面での改革である。現在の社会保障制度では、先に指摘したように、雇用期間や労働時間が短い場合、非正社員が不利益を被るケースがある。こうした問題の背景としては、厚生年金制度など現行の社会保障制度があくまで正社員を前提としているという点がある。今後は就業形態に中立的な制度の構築を目指すべきであり、例えば年金制度については、基礎年金部分の原資はすべて税方式で調達し、厚生年金を民営化したうえで上乗せ部分(確定給付型企業年金、確定拠出型年金、国民年金基金)は正社員、非正社員、自営業者の間で税制優遇面で平等化するという方式が望ましい。そのほか税制面については、例えば退職所得控除額は勤続年数が20年を超えるケースで優遇されているが、雇用流動化を前提にすれば、勤続年数で税制優遇額が変わる仕組みは是正する必要があろう。

    第3に、教育システムの改革である。就業形態の多様化・雇用流動化を推進するために、忘れてはならないのは能力開発の視点である。正社員を前提とした従来の雇用システムでは、能力開発は長期雇用を前提に企業がその役割を担ってきた。しかし、雇用の流動化が進めば、転職の可能性のある人材に企業が多くの教育投資を行う合理性は失われ、企業外に新たな職業教育システムを創設することが必要になってくる。具体的には、アメリカのMBAのあり方や「コミュニティーカレッジ」などの仕組みを参考に、大学・大学院と企業の連携強化により、教育機関が生涯を通じてのキャリア・アップや職業転換を支える仕組みを整えていく必要があろう。
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