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Business & Economic Review 1999年08月号

【MANAGEMENT REVIEW】
日本の緩和ケアから見た医療のあり方

1999年07月25日 岡元真希子


要約

1991年5月、東海大学付属病院で医師が末期がん患者を安楽死させた。この「東海大付属病院事件」は、末期の多発性骨髄腫で苦しんでいた患者を「早く楽にしてやりたい」という家族の希望を受けて主治医が静脈に塩化カリウムを注射して死なせたものであるが、死にゆく人へのケアのあり方や延命治療の是非について大きな疑問を投げかけた。

人は生まれたからにはいつか必ず死の時を迎える。人はだれしも一生涯の最後の締めくくりの時を苦悶しながら過ごすのではなく、願わくば満足感をもって迎えたいと思うものである。しかし実際には、長期間の入院を経て、いわゆる延命治療にあたる過剰とも思われる手術・注射を受けた後、そのまま医療機関などで亡くなるケースが多い。末期患者に対する根治を目的とした医療処置は患者に精神的・身体的な負担を強いることが多く、末期の苦しみをさらに増幅させてしまうこともある。

患者本人の希望にそぐわない治療が進められてしまうという事態は、亡くなる直前に限ったことではない。インフォームドコンセントの未普及やカルテの非公開、病名告知に対する抵抗など、患者自身の選択権のなさが亡くなる直前の終末期にも色濃く表れていると見ることもできよう。このような現状に対して、亡くなる直前の終末期だからこそ、その人の希望に即して過ごせるように支援する療法が欧米では普及しつつある。「緩和ケア」と呼ばれるこの療法の視点は、延命よりも生命・生活の質(QOL;Quality of Life)を高めることを主眼とし、精神的安定に配慮してケアを行うことにある。具体的には、患者の希望に沿って末期の患者に対する苦痛を伴う根治的治療を減らし、身体的・精神的な痛みの緩和に重点とおくことによって、本人の希望に沿った生活を支援する。根治的治療を優先するか痛みの緩和を優先するかを医学知識に乏しい患者が判断するのは不可能である。だからこそ、医師が患者や家族の要望をくみとりQOLを高めようとする意識が必要である。これは、今まで日本の医療に欠けがちだった患者の意思を尊重し、QOLの向上を重視するという点で、これからの医療のあり方を考える際の参考事例となると思われる。

本稿の目的は、患者の主体性を尊重する医療の先駆的な試みである緩和ケア(palliative care)の現状と課題に着目して、新たな医療のあり方への手がかりを探ることにある。そのために、まず日本では馴染みの薄い緩和ケアの意味と特徴を再確認し、日本での普及状況とその背景を観察する。次いで、緩和ケアの将来的な普及状況を展望するとともに、普及のために効果的な推進策を提案する。最後に、緩和ケアの試みを日本の医療に適用することの可能性について検討する。
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