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Business & Economic Review 2001年12月号

【OPINION】
21世紀の国づくりの基盤となるIT教育の早期拡充を

2001年11月25日 調査部 メディア研究センター 野村敦子


わが国は、世界最先端のIT国家を目指し、2001年1月に「e-Japan戦略」を策定、実現に向け取り組んでいる。e-Japan 戦略は「3,000万世帯が高速インターネット・アクセス網に、1,000万世帯が超高速インターネット・アクセス網に常時接続できるような環境を目指す」というインフラ整備の側面ばかりが強調されている。しかしながら、実際にインターネットを使うのはあくまで人間であり、これを使いこなせる人材がそろってこそ、真の意味でのIT国家の実現が展望できる。e-Japan戦略が実現する高度情報化社会において、ITを扱うことのできる人とそうでない人の間の経済格差(デジタルデバイド)の発生を最小限に抑えるとともに、情報が氾濫する中で自分に必要な情報や正しい情報を識別できるようにするためには、ITを扱う能力を身につけることが不可欠である。したがって、インフラ整備と併せて、人材育成のためのIT教育の拡充にもっと力を注がねばならない。

各国のIT教育への取り組み状況をみても、アメリカやイギリス、ドイツ、オーストラリア、韓国、シンガポールなどでは公立学校(小・中・高校)のインターネット接続率がほぼ100%に達しているのに対し、世界第2 位の経済大国であるはずのわが国は81.1%(2001年3月末現在)にとどまっており、IT教育の遅れが目立つ。わが国は早急にこの遅れを取り戻さなければ、世界最先端のIT国家の実現は望めない。この現状を打開するためには、次の3点が必要である。

まず第1に、政府は、民間がIT教育の振興に積極的にかかわることができるような環境整備を行うべきである。政府の力だけでは、資金や労力、設備などの面で、全ての学校に対し十分な手当てをすることは困難であり、学校のIT教育用設備の整備が遅々として進まないことが懸念される。また、地域の特性に応じたきめ細かな対応も不可能である。むしろ、民間の活力を積極的に取り入れることにより、早期かつ効率的にIT教育用設備の拡充が可能になる。政府が行うべき環境整備とは、具体的には、企業が学校に教育用IT関連機器などを寄付する際の税制優遇措置の適用、地域の住民や企業などが学校のIT導入を支援する運動の推進などである。

アメリカでは、企業が学校などへ教育用コンピューターを寄付することについて税制優遇措置が設けられており、連邦政府で不要となったコンピューターを学校などに寄付するプログラムもある。また、カリフォルニア州を発端とするネットデイ運動(地域の住民、教員、企業などのボランティアが学校のインターネット接続<配線工事やネット機器の設置>を支援する運動)は、連邦政府や州政府、地元自治体、教育委員会などのバックアップのもと、全米に拡大することとなり、学校のインターネット接続率の向上に多大な貢献をしている。政府が直接、学校へのIT導入を推進するだけでなく、個人や企業、団体などがこれを積極的にサポートできるシステムを構築することで、より効果的・効率的に学校のIT設備の整備がなされている。

わが国でも、学校へのインターネット導入を支援する運動が各地で徐々に起きつつあるものの、小規模な取り組みにとどまっている。企業の学校に対する教育用コンピューターの寄付行為について税制優遇措置を講じたり、行政機関などで不要となったIT機器を学校や図書館などが円滑に譲り受けることができるようにするなど、産官学民が連携して、多面的に学校のIT導入を支援できるような施策を講じる必要がある。また、わが国では、地域間の通信料金格差是正のためのユニバーサル・サービス基金の創設に向けた議論が進められているが、この基金を活用して地域のインターネット・アクセス拠点となる学校や図書館などへのインターネット導入を支援することも検討すべきである。アメリカでは、学校や図書館のインターネット接続にかかる費用のうち20~90%をユニバーサル・サービス基金により助成するという「Education rate(E-rate)プログラム」がある。E-rate プログラムは、経済的・地理的に条件が不利な地域ほど補助を受ける割合が高くなっている。そのため、教育現場へのインターネット導入というだけでなく、地方の情報化の促進、デジタルデバイドの縮小という側面でも役立つものと評価されている。

2点めとして、授業の中でITを活用できる教員を養成することが喫緊の課題である。IT教育の本来の目的は、単にコンピューターやインターネットの操作技能を習得することではない。物事に対する興味や理解を深めたり、課題を解決したり、自分の考えや主張を表現するために、ITを活用する能力を身につけることが重要である。普段の授業のなかでコンピューターやインターネットを活用してこそ、ITや情報を扱う能力は一層向上する。このため、授業の中でITを活用し、子供たちの興味や好奇心を引き出すことのできる教員を養成することが不可欠である。しかし、わが国ではコンピューターを使って教科を指導できる教員の数が全体の4割、授業にインターネットを活用できる教員はわずか2割に過ぎない。

この点、アメリカやイギリスでは、7割以上の教員が授業でコンピューターやインターネットを活用することができるばかりか、教材の作成だけでなく、授業計画作成のための情報収集、報告や記録の作成、事例研究、プレゼンテーションなどにも、コンピューターやインターネットを利用している。教員のIT活用能力を高めるためには、まず第1 に、教員向けにIT 研修を実施するとともに、IT技能習得に対するインセンティブ策を講じることが必要である。アメリカでは、コミュニティーカレッジなどで、教員のIT活用能力のスキルアップを促すための研修が盛んに行われており、教員がIT技能の資格を習得すると給与に反映するようなシステムもある。わが国でも、国や自治体、教育委員会などが用意したIT研修プログラムをただ受ければいいというのではなく、教員自身が能力向上のための努力をすれば、昇給や昇進につながるような、IT技能習得のインセンティブを高める施策を用意する必要がある。

また、教員を養成する段階からITを活用する能力を開発していくことも必要である。わが国では、大学の必修科目に「情報機器の操作」を組み込むにとどまっている。一方、アメリカでは、“Preparing Tomorrow’s Teachers to UseTechnology(PT3)”として、大学の教育学部などを対象に、先端の技術を教育に活用できる教員を養成するための進歩的なプログラムに対する助成システムがあり、ITを活用できる教員を即戦力として輩出するための体制整備が図られている。

第3点めとして、各学校や自治体で独自にIT教育計画を作成することを奨励し、その計画の質に応じた予算配分を検討すべきである。国から与えられた画一的な計画と予算に基づき、コンピューター教室を設置したり、インターネットを導入するだけでは、真に効果的なIT教育は実現されない。むしろ、国は方針の大枠を示し、後は、学校ごとに特色のあるIT教育を導入できるよう後押しすべきである。IT導入により達成すべき教育効果と、そのために必要な設備や教員の研修内容、達成状況の評価方法などについては、各学校や自治体が独自にIT教育計画を作成する。そして、計画の内容や達成状況に応じて国や都道府県は資金を供与し、学校や教員のIT教育への取り組みや意欲が、正当に評価されるようなシステムとする。このように競争的な要素を加味することにより、質の高いIT教育、独創的なIT教育を目指す動きが生まれ、有益なITの活用方法なども開発されることになる。また、現場に近いところでプランニングすることにより、それぞれの地域や学校の実情に即した効果的な教育プログラムを策定することが可能となる。

この点、アメリカのE-rate プログラムでは、補助金の申請者に対し、先端のIT設備を導入する目的と、それにより達成すべき教育効果、教員の研修方法、達成状況の評価方法などを記した「テクノロジー計画書」の提出を義務づけている。PT3や21st CCLCなど、教育省の他の助成プログラムも同様に、より質の高い進歩的な計画が補助対象として選ばれるという、競争的な要素のあるシステムとなっている。わが国が学ぶべき点は多い。

IT教育は、21世紀の国づくりの基盤となるものである。政府はわが国のIT教育の遅れを認識し、強い危機感を持ってこれに取り組まねばならない。IT先進国では、国のトップ自らがIT教育推進の重要性を訴え、これに重点的に投資している。クリントン前アメリカ大統領は、教育を政府の最優先課題として位置付けるとともに、全てのアメリカ国民が12歳でインターネットを利用できるようにすると宣言した。また、イギリスのブレア首相は、「教育は最良の経済政策である」と述べている。わが国も、首相自らがIT教育に対する明確かつ具体的なビジョンを示し、強力な指導力を発揮すべき時である。
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