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Business & Economic Review 2001年06月号

【POLICY PROPOSALS】
デフレーションの評価と望ましい政策対応のあり方

2001年05月25日 山田久、石川誠


要約

物価下落は企業・家計の支出性向に対し抑制的に働くため、直接的には景気に対しマイナスに作用。もっとも、中長期的にみれば、物価下落は企業の収益体質を強化し、経済の高コスト体質の是正を促す力となる。一方、生活者からみても、低コストで生活できる環境が作り出されるとのメリットも存在。

政策的インプリケーションを引き出す意図から、物価下落の要因を「循環的要因」と「趨勢的要因」に大別すると、まずは財・サービスに対する需給関係の観点からは、「循環的要因」としての“景気悪化による物価下落”と、「趨勢的要因」としての“供給サイドにおける産業構造調整に伴う個別産業分野での価格低下(相対価格変化)”を指摘可能。後者については、具体的には、

IT分野に典型的にみられるような技術革新を原動力とするもの

カジュアル衣料品分野を代表例とする内外価格差の縮小プロセスを伴う低価格輸入品の流入

規制緩和を背景とす る公共サービス分野の価格下落

といった事情を指摘できる。 さらに、現下の物価下落の要因として重要なのは、供給サイドの趨勢的要因を背景として形成された、デフレ期待の醸成・低価格志向の強まりといった“需要サイドからの一般物価押し下げ圧力”が「趨勢的要因」として存在すること。このため、「一般物価変動はモノとマネーの交換比率の問題であり、インフレ・デフレは貨幣的現象」という経済学の標準的な考え方が当てはまらない状況が生じており、マネーサプライを増やしてもデフレは払拭されないのがわが国の現局面といってよい。今後を展望しても、品質向上の著しい安価なアジア製品の流入による物価下落圧力が極めて大きいなか、供給サイド・需要サイド両面からの「趨勢的要因」による物価下落圧力は根強く作用する公算大。

一方、今年に入って「循環的要因」である“景気悪化による物価下落”も無視できないファクターに。この意味で、景気悪化への対応として日銀が、一種の量的緩和策である新しい金融調整方式の導入に踏み切ったという姿勢は評価されよう。しかし、金融の量的緩和のみによるデフレ阻止の効果には疑問。「インフレ・デフレは貨幣的現象」とする経済学の標準的な考え方に基づき、デフレ阻止に向けて一段の金融の量的緩和を実施すべきとの議論もあるが、内外価格差の是正圧力を底流に“供給サイドにおける産業構造調整に伴う個別産業分野での価格低下”が続くとみられ、その結果として、デフレ期待が醸成され低価格志向が強まることを通じ、“需要サイドからの一般物価押し下げ圧力”が強く働いていることを勘案すると、為替相場を一定とすれば、現実にはデフレ基調の解消は不可能に近い。マーシャルのk(マネーの名目GDPに対する比率)の上昇から判断しても、実はすでに実体経済に対してマネーは十分余っており、景気刺激にも物価上昇にもつながらずに行き場を失った過剰なマネーは、資産デフレが続くなか国債市場に流入し、史上最大級の財政赤字からすれば異常ともいうべき低水準の長期金利という形で滞留。

このような構図からすれば、景気動向にかかわらず、今後数年にわたってデフレ基調が続くことが予想されるが、この間、日銀が一段の量的緩和を迫られ、長期国債の買いオペ拡大を通じて日銀が大量の国債を保有することを余儀なくされる可能性を否定できない。この場合、財政破綻を背景に長期金利の上昇が本格化していけば、景気悪化が深刻化するにとどまらず、中央銀行のバランスシートの大幅な毀損は不可避であり、それに伴い超円安が進行する恐れが生ずる。このときデフレは解消されようが、超円安を伴うハイパー・インフレ進行が懸念され、その帰結は国民生活水準の大幅低下とアジア経済ひいては世界経済の混乱という破滅的なものとなろう。

デフレが支出性向を低下させ、景気悪化を加速させやすい性格を有することを勘案すれば、現下の物価下落に対し、中央銀行が出来得る限りのことを行うのは当然。しかし、金融政策に出来ることには限界があることも事実。現下のデフレの底流には、アジア諸国の産業高度化と日本産業の活力低下という構図のもとでのグローバルな産業調整の動きがあり、それに伴う物価下落圧力を阻止することは金融政策では不可能。
こうした認識に基づけば、あるべきデフレーションへの政策対応とは、金融緩和の維持等を通じた緩やかな円安基調により、物価下落の加速に歯止めをかけつつも基本的にはデフレを甘受し、「成熟産業の効率化・合理化」とその過程で生じる余剰経営資源の「受け皿としての成長産業の創出」を同時に図ることで、産業高度化と低コスト体質の構築を通じて国内物価体系をグローバル水準に適応させ、来たるべき長期金利の本格的上昇に耐え得る強靭な経済体質を構築していくプロセスを、出来得る限り円滑に進める環境整備を行うことである。それは、中長期的には、国内高コスト体質を是正することで産業空洞化と構造失業を回避し、低コストで生活できる環境を整備することにつながる途であろう。
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