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【STUDIES】
ドイツの公的銀行改革の動向-EUにおける競争政策運営とわが国への示唆

2003年08月25日 河村小百合


要約

  1. ドイツにおける足許の経済の低迷や金融仲介機能の低下が問題となるなか、同国においては2001年から2002年にかけ、金融システムにおいて大きなプレゼンスを占める公的銀行部門に対して、抜本的な改革を迫る決定が相次いだ。これは民間金融機関からの不満、さらには欧州委員会からの圧力を背景とするものであった。本稿においては、ドイツのEUとの今般の一連の交渉・合意などを詳細に検討し、合わせてEU における競争政策運営の考え方を分析し、わが国への示唆を探ることとしたい。

  2. ドイツの銀行制度は、a.民間商業銀行(Private Kreditbanken)、b.組合銀行グループ(Genossenschaftssektors)、c.公的銀行(公法上の金融機関、Offentliche-rechtliche Banken)の3本柱によって構成されている。今般のEU との合意は、このうちのc.の公的銀行を構成する、(1)貯蓄銀行グループ(貯蓄銀行<Sparkassen >および州立銀行<Landesbanken >などにより構成)、および(2)特殊課題銀行(Banken mit Sonderaufgaben)を対象とするものであった。このうち、貯蓄銀行と州立銀行は、各行の所有者である市町村、州といった自治体の域内を主な業務エリアとし、ユニバーサル・バンクとしての幅広い銀行業務に加え、各行の所有者である自治体のハウス・バンク業務を行うものである。また、特殊課題銀行は、連邦政府ないしは州政府による何らかの政策目的(その多くは対象地域における経済開発の促進)を達成するための金融仲介に特化しており、換言すれば「政策金融」を担う機関として位置付けられる。ちなみに(1)貯蓄銀行グループがドイツの銀行制度全体に占めるシェア(資産規模ベース)は約3分の1、これに(2)の特殊課題銀行を加えると、そのシェアは全体の5割近くに達する。

  3. これらの公的銀行問題に関する、ドイツとEUとの間での今般の交渉の経緯は次のとおりである。まず、1990年代初頭に、ドイツと欧州委員会との間で係争された個別ケースとして、西ドイツ州立銀行への州政府からの資本移転の妥当性が問われた案件が存在する。その後90年代半ば以降は、ドイツにおける公的銀行に対する、連邦・州政府、関係自治体などによる「維持責任」、「保証責任」という枠組みそのものについて、EUの競争政策運営上の是非が問われることになった。「維持責任」、「保証責任」とは、貯蓄銀行グループのみならず、特殊課題銀行をも含む公的銀行の所有者である公的当局が、各行の果たす機能や債務のすべてについて、無期限かつ金額的にも無制限に保証し、公的銀行側は、そうした保証の付与を受けることに対するコストを一切負担せずに、無償で恩恵を享受できる、というものである。99年12月に、EU銀行連盟が、当該制度は欧州銀行市場における競争を歪曲するものであるとの不服申立を欧州委員会に行ったのを契機に、ドイツと欧州委員会との間での交渉が開始された。その結果、州立銀行・貯蓄銀行に関しては2001年7月に両者が合意に達し、「維持責任」は市場経済原則によって統治される、通常の商業的な株主としての関係に置換し、「保証責任」は一定の移行期間を設け、段階的に廃止することとなった。また特別信用機関(特殊課題銀行)に関しては、2002年3月にドイツとEUが合意に達し、これらの政府保証の及ぶ範囲を厳格に限定したうえで業務を継続することを認めた。輸出金融、プロジェクト・ファイナンス分野に関しては、民間との競争を歪曲する状態が顕著であるため、この対象分野からは除外され、2007年末までに、政府保証の及ばない、商業ベースの子会社に移管することが決定された。

  4. EUの法体系のなかでいわば憲法に相当する役割を果たしているEC設立条約(EC Treaty)は、加盟国に対して、自由な競争が行われる、オープンな市場経済の原則に則った経済政策運営を行うべきことを定めている。EUの競争政策は、欧州委員会(European ommission)の下にある競争総局(Directorate-General for Competition)が担い、a.独占禁止(antitrust)、b.合併(mergers)、c.自由化(liberalization)、d.国家援助(state aid)の4分野に焦点を当てて運営されている。このうちd.国家援助については、EC設立条約上、共同体内での競争を歪曲する国家援助は原則として禁止されている。具体的にはa.国家補助金(state grants )、b.利子減免(interest relief )、c.税の減免(tax relief )、d.国家保証ないし国家保有(state guarantee or holding )、f.国家による優先的な条件での財やサービスの提供が「国家援助」に該当し、加盟各国は具体的な政策を実施するに当たっては、欧州委員会・競争総局に対して事前に逐一判断を仰がなければならない。今般のドイツの公的銀行に対する政府保証の問題も、この「国家援助」の文脈において、競争政策運営上とり上げられたものである。

  5. ドイツとEUとの合意成立後の展開をみると、州立銀行・貯蓄銀行問題に関しては、立法上の手当ても完了し、各行が具体的な組織再編等の対応を講じる段階に入っている。特殊課題銀行については、現在立法面での手当てが進められているものとみられる。また、EU 他国の情勢をみると、オーストリア、フランス、イタリアなどにおいて、類似する銀行への国家援助の問題が欧州委員会との間で係争され、ドイツの場合における合意を先例に、各国においても解決が図られている。

  6. ドイツとEUとの間での一連の交渉・合意などや、EUにおける競争政策運営の考え方は、わが国にとっても多くの側面での有益な示唆を含んでいると考えられる。公的金融改革の個別論においては、わが国の郵便貯金にほぼ相当するドイツの貯蓄銀行等に対する公的保証が全面的に廃止されたことは、わが国にとっても重い示唆を含む。また政策金融改革の面では、輸出金融・プロジェクト・ファイナンスの分野が、今後は公的保証の対象外とされたこと、また、公的銀行としての直接融資方式での業務運営全体が公的保証の対象外とされ、競争の歪曲を回避しやすい、民間銀行経由での間接的な融資方式は容認されたことも、わが国にとっては無視し得ない点である。さらに、東京都による新銀行設立の構想は、わが国では過去にあまり例のないものではある。しかしながら、自治体が銀行の経営に関与するという意味で長い歴史を有するドイツにおいて、実際にこうした競争の歪曲を招来し、EU との間で係争され、最終的には公的保証の廃止に至った経緯を十分に考慮し、具体的な業務展開や、民間との競争条件の設定の在り方などを慎重に検討すべきであると考えられる。

  7. このほか、金融仲介構造改革の面においては、日独両国が、公的銀行が民間金融機関との競争を歪曲するという、質の面では同じ問題を共有するなかで、一方のドイツが公的銀行の改革に着手している反面、わが国では先送りされている。それゆえ今後はドイツにおいてのみ金融仲介構造の改革が進む可能性が高く、その果実は数年後の自律的な経済成長力の格差という形ではね返ってくることになろう。また、競争政策運営の側面では、日独両国がともに「コンセンサス社会」であり、国民の間で構造改革への抵抗が根強いという状況下において、ドイツがEU という超国家機構の競争政策運営を外圧に、公的銀行に関する構造改革を断行し得ている点はわが国にとっても注目に値する。わが国においても、真の民間主導での経済活性化を実現しようとするのであれば、EU における考え方にならいつつ、競争政策運営の対象範囲を「国家援助」をも含むものにまで拡大し、独立した強力な競争政策当局を確立することも検討に値しよう。
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