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Business & Economic Review 2002年06月号

【POLICY PROPOSALS】
土壌汚染対策法制定にみる新たな課題

2002年05月25日 調査部 環境・高齢社会研究センター 藤波匠


要約

  1. 新たに制定される「土壌汚染対策法」は、人への健康被害を抑制することのみに注目したものであり、土壌汚染対策の最低限のスキームを与えるものである。新法には、土壌汚染により発生が予想される、不動産の不良資産化や汚染された土地の所有者と近隣住民との利害の対立について、解決能力を持たないなどの問題があり、新法が提供する土壌汚染対策の骨格に、適正な政策により肉付けすることが必要である。

  2. 先行するアメリカ「スーパーファンド法」やドイツ「連邦土壌保護法」をみると、a.汚染者負担の原則は堅持しつつも、ある程度公的な資金を注入した方が、責任当事者に費用負担を円滑に求めることができる、b.汚染対策計画の策定作業への住民参加が、適正な浄化を促す、c.土壌は公共財であり、新たな汚染は予防されるべきであるし、すでに起こってしまった汚染に対しては、対策後の土地利用計画に基づいたレベルにまで対策がなされるべきである、などといった考え方に特徴があり、これらの点はわが国も学ぶべきである。

  3. 新法は汚染土壌の管理に重点をおいたものとなっており、土壌の持つ多様な機能への影響については、言及していない。しかし、二酸化炭素の排出量を増大させるヒートアイランドや近年頻発する都市型水害をみれば、ドイツの「連邦土壌保護法」にみられるように、土壌の多様な機能を維持することは重要であり、不要な舗装などは剥がされるべきとする考え方は、わが国でも導入すべきものであると思われる。土壌の多様な機能の保全を法的に規定する一つの方法として、例えば「土地基本法」の改正を行い、その役割を負わせることが考えられる。すなわち、汚染土壌については、「土壌汚染対策法」で管理し、わが国の土地の利用や管理の在り方については、「土地基本法」で規制するという二段構えが、土壌汚染対策に望まれる土地行政法のあり方といえる。

  4. 汚染された土地は、リスク低減措置だけでは、不動産取引の対象とはなりえない。しかし、土壌から汚染物質を完全に浄化するための費用が高いため、売り手側にとって浄化後の売却益から浄化費用を引いた差益は小さくなることから、いったん汚染された土地は不良資産となる事例が多くなると考えられる。汚染者負担の原則を堅持しつつも、それが困難な場合には公的な資金による解決を試みることも必要であろう。また、公的な資金として新法により設立が予定されている基金は、その規模が必要額に遠く及ばず、財源の一部を産業界からの寄付に頼る不確実なものである。新たな税による財源確保を視野に入れつつも、当面は国の一般財源からの支出を中心とした規模の拡大を行うべきである。

  5. 法律が求めるのは、最低限の土壌汚染対策である。企業により高いレベルの防止措置を自主的に実施するようなインセンティブを与えることが、土壌汚染問題の根本的な解決につながる。例えば、完全浄化を対策計画の目標に掲げる企業に対しては、政府系金融機関から対策費用の貸し付けに際し、金利の優遇措置を行うことや、簡易なリスク低減措置に必要な費用に相当する金額を助成するシステムを構築することなどが、有効であろう。

  6. 新法は、健康への影響を低減することを目的とするが故に、汚染対策計画の策定作業への近隣住民の参加を求めてはいない。この制度では、近隣住民が抱く健康への不安感や、汚染土壌に起因する近隣不動産の価格低下などの問題を解決できず、訴訟の多発が危惧される。国、地方自治体は、リスクコミュニケーションの一環として、責任当事者である企業と対策計画を策定する際に、住民の参加を義務化すべきである。

  7. 土壌汚染問題解決に、保険市場を利用すべきである。一つには、浄化対策済みの土地や汚染の可能性のある土地については、調査漏れや不十分な対策によるリスクがあり、それが不動産の購入意欲を減退させる要因となるため、汚染がないことを証明する手段として保険を利用するという考え方がある。不動産取引に際し、売り手側に保険加入を促すことが求められる。もう一つは、予防という観点から、認可・許可事業で土壌汚染のリスクが高いと予想される業種に対し、環境汚染賠償責任保険への加入を求める方法がある。リスクの高さが保険料に反映されるため、企業の自主的取り組みによるリスクの低減が期待される。

  8. 本稿は、新法が内包する問題を、基本的に国や地方自治体による法の運用において対処することを提言するものとなっている。これは、体系的な土壌汚染の調査がいまだ実施されておらず、わが国の汚染実態が明らかとなっていないためである。しかし、体系的な調査の結果、汚染実態が法の想定したレベルをはるかに上回り、リスク低減措置だけでは人の健康やわが国の経済への影響を抑制しえない恐れがあると判断される場合には、リスク低減措置を許容する新法を、高いレベルの浄化を求めるものへと改めることが必要となる。
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