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Business & Economic Review 2002年06月号

【OPINION】
ワークシェアリングを超えた政労使協力体制の構築を

2002年05月25日 調査部 経済研究センター 山田久


  1. ワークシェアリングの限界

    完全失業率が5%を突破し、国民の多くが雇用不安を強めるなか、雇用確保のための"切り札"として「ワークシェアリング」への関心が高まっている。そうした状況下、この問題に関して議論を進めてきた政府、日経連および連合は、3月末、推進にあたっての基本原則で合意した。そこでは、ワークシェアリングを「雇用の維持・創出を図ることを目的として労働時間の短縮を行うもの」と定義したうえで、「多様就業型」と「緊急対応型」という二つのタイプに分け、それぞれの基本的な在り方を示している。

    すなわち、短時間正社員や隔日勤務など「多様就業型」の推進にあたっては、職務の明確化や時間当たり賃金の考え方、さらには多様な働き方を前提とした公正処遇の在り方を検討するとした。一方、「緊急対応型」については、個々の企業の労使間で十分に協議し合意を得る必要があるとしたうえで、基本的には時間当たり賃金は減少させないこと、政府の財政支援の具体的な支援方法について引き続き検討を行うこと、などが示された。深刻さを増す雇用問題の解決に向けて、政労使が共通の土俵で議論を行い、具体的な措置について協力体制を築こうという動き自体、大変意義あるものとして評価できよう。しかしながら、問題は合意の具体的内容について十分な検討がなされたとは言い難い点にある。

    第1に「緊急対応型」の有効性についてである。 このタイプのモデルとされたのは、1993年にフォルクスワーゲン社が行ったケースと推測されるが、そもそも現地でもこのタイプのやり方にはネガティブな反応が多かった模様である。経営者団体からは抜本的な対策にはならないとの批判が寄せられたほか、労働組合からも生活水準の低下を招くことへの懸念が表明されている。とりわけアジア諸国の急激なキャッチアップに遭遇するわが国にとって、新しい環境に適応するために不可欠な産業構造転換を遅らせてしまう「緊急対応型」は、産業空洞化問題を深刻化させ、中長期的にはむしろより多くの雇用を失い、生活水準の一段の悪化をもたらすことにもつながりかねない。 そうした「緊急対応型」に対して政府の財政支援が検討されているが、それは実質的には「雇用調整助成金」と同じ性格のものといえよう。雇用調整助成金が一時的な休業・出向を対象とした公的支援であるのに対し、「緊急対応型」への支援は所定内労働時間の短縮を対象にしているという違いはあれ、いずれも景気悪化を原因とする雇用調整圧力を緩和することを意図しているからである。ちなみに、そもそも雇用調整助成金は、西ドイツにおけるワークシェアリング推進の一つの方策であった「操業短縮手当て制度」を模して導入されたものである。 もちろん、急激な雇用情勢の悪化に対する緊急避難的措置として、ワークシェアリングを導入することを全面的に否定するものではない。文字通り緊急避難的措置として一回限りで導入し、危機感を共有することで労使が一丸となって事業再構築と抜本的人事制度改革に取り組むならば、それは十分に有効性を発揮し得る。しかし、「緊急避難措置」の名目で問題先送りを行い、さらに、雇用調整助成金同様、政府の助成が衰退事業における行き過ぎた雇用維持策の性格を強めるならば、結局は賃下げされた労働者のモラール低下を生むだけで、中期的にはむしろ傷口を大きくしてしまうことを肝に銘じたうえでの対応が必要といえよう。

    第2に「時間当たり賃金」という考え方の限界についてである。 時間当たり賃金という考え方自体、ブルーカラーや単純事務労働者をイメージしたものであり、現在雇用過剰が問題になっているホワイトカラーには、そもそも馴染まない議論である。ブルーカラーや単純事務労働の場合、労働時間と成果がおよそ関連していると言えるが、ホワイトカラーの場合、成果の源泉であるアイデアは、単に労働時間に比例して涌き出てくるというものではない。さらに言えば、収益機会をもたらす種子(シーズ)の発掘や仕組み作りを行うことにより、むしろ自ら雇用機会を創造していくことが、本来のホワイトカラーの使命であると言える。 また、ブルーカラーや単純事務労働者についても、「まず時間当たり賃金の維持ありき」というのでは、グローバル競争の現実を無視した議論と言わざるを得ない。アジア経済の技術水準が飛躍的に向上するなか、現地に最新鋭の設備が導入され、技術水準はむしろアジアの方が高いケースも生まれている状況下、世界最高レベルのわが国賃金は産業立地に大きなマイナス要因として作用している。世界規模で同質労働は同一賃金に収斂していくという原理を考慮に入れた賃金決定を行わなければ、生産拠点の海外流出はますます加速し、国内で雇用機会を確保することは一段と難しくなる。

    第3に「多様就業型」成功の条件についてである。 このタイプはオランダにおけるパート雇用の増加を通じたワークシェアリングをモデルとしているが、同国のモデルをわが国に適用する際には、以下の三つの点に留意する必要がある。一つは、異なる就業形態間での待遇均衡化と労働分配率の適正化が同時に追求される必要性である。オランダでパートタイマーが増えた背景として、フルタイマーとの間で労働条件の均等化を図ってきたことが重要であるが、その前段階として、フルタイマーにおける実質賃金の引き下げや、行き過ぎた社会保障制度の削減を行っていることも、見落としてはならないポイントである。

    二つには、パート雇用促進の背後で、生活スタイルより端的にいえば家族モデルの転換という問題が存在するということである。オランダにおけるパートタイマーの増加は、既婚女性による労働市場への本格参入が原動力になっていた。それは夫婦共働きという家族モデルの普及を意味するわけであり、男性は仕事・女性は家事という伝統的生活スタイルの転換を要請するものであった。かつてオランダでも男女分業家族が一般的であったが、夫も妻もパートタイム労働で家計所得は1.5倍を追求する一方、夫も積極的に家庭内の役割を分担するという「コンビネーション・シナリオ」が政府により推奨されるなか、夫婦共働きが一般化していった。

    三つには、賃金コスト抑制による国際競争力の回復の前提条件についてである。オランダを取り巻く欧州諸国、とりわけドイツやフランスは賃金水準はじめ各種雇用コストの高い国々であり、オランダは賃金コスト抑制が国際競争力回復に寄与しやすい環境にあったことが見逃せない。この点、わが国がおかれている地理的環境は全く異なる。わが国雇用情勢悪化の背景には、中国をはじめとする低賃金・低コスト新興国の急激なキャッチ・アップがあり、これに対抗するには賃金コスト削減は極めて限定的な効果しかない。わが国労働者が職を確保し、現在の生活水準を出来るだけ維持していくには、新規事業の創造や製品・サービスの高付加価値化が不可欠なのである。

  2. わが国雇用が直面する問題の所在

    以上述べてきたことから明らかなように、「雇用維持のための労働時間の短縮」というワークシェアリングのみの発想で、現在わが国が遭遇している問題を根本的に解決することは不可能である。そもそもわが国雇用情勢がかつてない厳しさにある背景には、アジア諸国のキャッチ・アップのみならず、IT産業革命の進展、少子高齢化の進展といった歴史的な潮流変化が進展するもと、日本型雇用慣行が機能不全に陥ってしまっている、との認識から出発しなければならない。
    すなわち、終身雇用・年功制を特徴とする日本型雇用慣行は、長期的・閉鎖的な「産業組織モデル」、および、“会社人間の夫・専業主婦の妻”という男女分業型「家族モデル」を前提に成立していた。しかし、低コストかつ良質の労働力を多く抱えるアジア諸国の飛躍的な経済発展は、生産性とは無関係に家族の養育費も含めるわが国雇用者報酬の割高感を際立ったものとしつつある。加えて、ITの飛躍的発展がオープン・ネットワーク型の産業組織モデルへの転換を要請するなか、終身雇用を前提とした企業特殊技能に偏った能力形成の在り方の弊害が、目立ってきている。 したがって、一段と競争が激化するグローバル経済のなかでわが国産業・雇用が真に再生するためには、a.生産性に見合った雇用者報酬の決定を徹底し、b.雇用流動化を前提に能力開発を効率的に行うシステムを築くことが必要条件になってきているのである。

    もっとも、雇用者報酬における家族の養育費部分が削減され、雇用流動化が一段と進むことになれば、収入の減少や雇用安定性の低下から男女共働きの必要性が高まり、男女分業型家族モデルの崩壊が進むことになる。しかし、実はそれが新しい生活価値創造の可能性を有しているということが重要である。確かに、男女共働きの普及は伝統的な家族モデルの崩壊を進め、離婚率の上昇や子供の教育面でマイナスの影響が生じるリスクもある。しかし、a.これまで埋もれてきた女性が能力を十二分に生かして働くことができるようになること、b.共働きにより解雇リスク・収入変動リスクを分散できることで、チャレンジングな人生設計が可能になること、c.共働きを通じて労働時間を短縮し、男性が育児・家事・地域社会の活動への参画が可能になること、等々を通じ、自己責任を厳しく問われる半面、個々人の価値観に合ったライフスタイルの選択が可能になる面があることを見落とすべきではない。

  3. 包括的な政労使協力体制の構築を

    以上のようにみると、いま政労使の協議に求められているのは「雇用維持のためのワークシェアリング」といったレベルにとどまらないことがわかる。労働力を含む経営資源をより付加価値が高く成長力のある分野にシフトさせ、「生産性向上・能力開発・生活価値創造」の同時達成を実現していくという、より包括的なパースペクティブのもとで、3者が協力体制を築いていくことが必要とされているのである。そうしたフレームワークのもとで、企業・政府・労働組合が具体的に果たすべき役割を記せば、以下の通りである。

    まず、企業は生産性の向上を追求し、産業高度化・産業構造転換を進めることに注力することが最大の責務である。なぜならば、そのことが中長期的・持続的に、多くの雇用機会を生み出す唯一の方策であるからである。また、生産性に応じた賃金決定を徹底するに際し、正社員と非正規社員で処遇格差を是正すべきであり、その前提として、個々の労働者の職務範囲を明確化することが必要になる。その結果、勤務形態・労働契約形態の一段の多様化が可能となり、個々人がそれぞれのライフスタイルに合った勤務時間を、自由に選択できるような仕組みが整備されることにもなる。さらに、企業福利の在り方に関しては、年齢給・家族手当・住宅手当を縮減・廃止する一方、子供のある女性の社会進出を支えるべく、企業内保育施設の設置や介護支援を積極的に行っていく必要があろう。

    次に、政府については、まず第1に、企業が撤退していくことになる福利厚生に関し、必要に応じて補完措置を講じていくことが今後の重要な使命となる。具体的には、中古住宅市場の整備や奨学金の拡充を通じ、養育費・住居費等基礎的生活コストの引き下げに向けた施策を講じる必要がある。また、女性の社会進出を促進するために、育児・介護サービス活性化に向けた制度改革・施設整備を進めると同時に、企業内育児施設や介護休暇取得への助成等を行うべきであろう。
    第2には、就業形態・家族モデルに中立的な社会保障制度の構築である。 現行制度は、就業形態により優遇度合いが大幅に異なり、とりわけパート等非正規労働供給に抑制的になっており、これを抜本的に是正していく必要がある。改革の完了までには相当の時間を要することになろうが、基本的な方向性を記せば、年金制度に関して、基礎年金部分は全額税方式として国民すべてが平等に給付を受ける形にしたうえで、上乗せ部分は就業形態にかかわらず同一の税制優遇枠を設け、その枠内で個人・企業が確定拠出型・確定給付型を問わず、あるいは企業年金・個人年金・国民年金基金を問わず、年金原資を積み立てていくことができるものとすることが求められよう。健康保険に関しても、基礎部分(国庫負担と自己負担で賄う)と上乗せ部分(基本的には自己負担で必要に応じて税制優遇等を行う)に分けるという、年金と同様の枠組みで設計することが検討されるべきではないか。
    第3は、産業構造転換に応じた労働力の再配置を促進するための「外部労働市場の機能強化」および「能力開発のための社会的なインフラ整備」である。具体的には、a.積極的な民間委託を通じたワンストップ型の公共職業紹介システムの構築、b.イギリスのNVQsに模した社会横断的な職業能力認定制度の整備、c.社会横断的な職業教育機関のハブとしての「日本版コミュニティーカレッジ」の創設―等に取り組むことが必要であろう。

    最後に、労働組合は、a.企業の報酬制度の公平運用を厳しい目でチェックするほか、b.エンプロイアビリティー向上についての企業責任の監視、c.非正規社員を含めた従業員のキャリア・カウンセリングや心のケアを含めた健康管理支援等に積極的な役割を果たしていくべきである。そして、産業再生と生活維持の両立に向けての企業・政府の役割分担の見直しはあくまでセットで行う必要があることを踏まえ、使用者側と協力しつつ、政府に行うべき施策の早期実現を働きかけていくことが、労働組合の今後の重要な使命の一つといえよう。
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