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Business & Economic Review 2003年06月号

【OPINION】
育児休業制度を考える

2003年05月25日 調査部 経済・社会政策研究センター 池本美香



  1. はじめに

    わが国では1992年に施行された育児休業法(現在は改正され育児・介護休業法)により、子どもが1歳になる前日までの期間、男女労働者に育児のための休業が認められている。育児休業期間中には社会保険料の支払いが労使共に免除されるほか、雇用保険加入者には休業前賃金の40%の給付金がある。しかし、育児休業の取得率をみると、出産した女性労働者の57.9%、配偶者が出産した男性労働者の0.55%にとどまっており、制度があっても実際には十分に利用されていない。第一子を出産した母親のうち、出産1年前に仕事をしていた人の3人に2人が、出産を機に離職している状況にある。
    このように育児休業制度があっても十分に利用されず、出産女性の就業継続が困難である現状が放置される場合、次のような問題が生じる。第1に、出産退職して再就職しない場合には、それまでの教育や就業経験によって培われた人的資源が十分に活用されないという意味での社会的な損失が生じる。また、女性が出産後に仕事で能力を発揮しにくい状況が生じる場合、企業の女性社員に対する教育投資意欲を減退させる恐れがある。第2に、育児休業を取得せずに産休(産前6週・産後8週)と保育サービスの利用で就業継続する場合に、コストの高い0歳児の保育ニーズが増大し、公費負担が十分でない現状の下では、子どもに十分な質の保育が提供されない恐れがある。第3に、そうした事情から仕事のために出産をあきらめる女性が増加する場合には、少子化がさらに進行する恐れがある。このようにみると、今後高齢化に伴う財政負担の増大に対して支え手を増やすことが期待されるなかで、企業や本人自身が教育投資を行ってきた女性の能力が社会的に十分に活用されないという状況は放置出来ないし、少子化の進行にも歯止めをかけなければならないことは当然といえよう。
    厚生労働省が2002年9月に取りまとめた「少子化対策プラスワン」では、この育児休業制度について、「男性の育児休業取得率10%、女性の育児休業取得率80%」という具体的な数値目標が示された。そして、政府は取得率目標達成の方法として、事業主に育児休業制度の改善などの行動計画策定を義務付けることなどを盛り込んだ「次世代育成支援対策推進法案」を検討している。このような方法を打ち出したのは、育児休業を取得しなかった人の理由として「職場の雰囲気」を挙げる人が43.0%と最も多いためである。
    しかし、育児休業を取得しなかった理由としては、「収入減となり、経済的に苦しくなる」も40.2%とほぼ同じ割合であり、「仕事に早く復帰したかった」(25.7%)や「元の仕事又は希望する仕事に戻るのが難しそうだった」(23.8%)という回答もある。政府が育児休業制度の取得促進に向けて動き出したことは評価出来るが、育児休業が取得されない様々な理由について十分議論することなく、事業主の自主的な取り組みに期待するだけでは大きな効果は期待出来ないと思われる。そこで本稿では、育児休業制度が取得されない理由について、諸外国の育児休業制度との比較なども踏まえて考察したうえで、育児休業の取得を促進する制度の見直しの方向について提言する。

  2. 諸外国の育児休業制度

    OECD諸国の育児休業期間の平均は44週で、そのうち手当が支給される期間は平均で36週となっている。わが国の育児休業は産後休暇8週を除くと44週で、その全期間に給付が適用されるという点では、OECD諸国の平均以上の制度といえる。しかし、制度があっても実際に利用する人が少なければ十分とはいえない。諸外国における育児休業の取得状況についてはデータが限られているが、スウェーデン、ノルウェー、フィンランドでは、取得の権利を持つ人のほぼ全員が育児休業を取得している。
    諸外国の育児休業制度の考え方としては、大きく二つのタイプがある。一つは職業生活と家庭生活の両立支援をねらいとして、充実した育児休業を法律で保障する北欧諸国のタイプで、もう一つは家庭や企業の問題に政府は出来るだけ介入せず、基本的に自主的な交渉や契約に任せるアメリカやイギリスのタイプである。北欧型の例をみると、スウェーデンでは育児休業が480日あり、うち390日は賃金の80%の手当がある。ノルウェーでは賃金の80%の手当で最長52週か、100%の手当で42週かのいずれかを選択出来る。一方の米英型をみる、アメリカでは12週の無給の育児休業が認められているにすぎない。イギリスではEU育児休業指令を受けて、ようやく99年12月に13週間の無給の育児休業が認められた。オーストラリアでは52週の休業が認められているが、これも無給である。
    アメリカやイギリスの出生率は日本よりも高く、育児休業についても米英型に倣い、企業の自発的な取り組みに任せればよいという考え方もありうる。しかし、米英型には質の高い保育サービスがすべての国民に提供されないという問題があることに留意すべきである。すなわち、米英型の国では、有能で高賃金の人には企業から長期の休業や質の良い保育サービスが提供される一方、それ以外の人には休業が保障されず、子どもの保育サービスの質も悪くなりがちである。筆者は、男女共同参画社会の実現を目指す途上にあるわが国としては、家庭の所得格差や子どもが受ける初期教育の質の格差を拡大する恐れのある米英型よりも、普遍的な仕事と育児の両立支援を目指す北欧型を志向することが望ましいと考える。なお、米英型の国においても、例えばニュージーランドで2002年に52週の育児休業(無給)のうち12週が有給化されるなど、北欧型に近づく動きも出てきている。

  3. 育児休業の取得が進まない原因

    わが国で育児休業の取得が進まない原因としては、子育てについての文化や価値観などの影響も大きいが、それらも近年大きく変わりつつある。例えば「男は仕事、女は家庭」という考え方について、87年には「同感する方」が43.1%と、「同感しない方」の26.9%を大きく上回っていたが、2000年には逆に「同感しない方」が48.3%と、「同感する方」の25.0%を大きく上回っている(内閣府大臣官房広報室「男女共同参画社会に関する世論調査」)。また、1998年版厚生白書は「三歳児神話には、少なくとも合理的な根拠は認められない」と指摘し、育児休業明けの1歳から保育所を利用することへの抵抗も少なくなっている。それでも育児休業の取得が進まず、出産退職も多いのは、現在のわが国の育児休業制度自体に内在する次のような原因があるものと考えられる。

    (1)育児休業中の手当の問題

    第1の原因としては、育児休業中の手当の問題が挙げられる。前述のとおり、育児休業が取得出来ない理由として「収入減となり、経済的に苦しくなる」を挙げる割合が高いが、北欧で育児休業の取得率が高い理由の一つとして、休業中の手当が高水準であることが指摘されている。ノルウェーやスウェーデンのように、育児休業を取得しても収入があまり減らない仕組みであれば、経済的な理由で取得をあきらめる必要もない。
    フィンランドでは、育児休業中の所得補償の平均は賃金の約66%とされているが、手当の額は21,864EURまでの所得については70%、5,656EURまでの所得については40%、35,656EURを超える所得については25%という仕組みになっている。つまり、賃金の低い人に手当が厚くなるような配慮がされており、これによって低所得層ほど育児休業を取得しにくいという問題が緩和されている。わが国でも失業者給付については、同様の仕組みが採用されているが、同じく雇用保険から支給される育児休業給付金については、このような低所得層への配慮がなされていない。財団法人家計経済研究所の調査結果においても、a.育児休業を取るのは勤続年数の長い高学歴の女性が多いこと、b.育児休業を取る人は出産前の賃金がもともと高い女性であること、が示されている(「平成13年度消費生活パネル調査」)。

    (2)取得方法の柔軟性

    育児休業の取得が進まない第2の原因としては、取得方法が柔軟性に乏しいことが挙げられる。わが国の育児休業制度は、全日・長期の休業を子ども一人につき原則1回保障するものである。このため、長く職場を離れると職業技能が陳腐化することから、職場復帰時に即戦力とはなりえず、企業側あるいは同僚に負担をかけるのではないか、との心配も強い。加えて、長期の休業がキャリア形成に大きなマイナスになるのではないかとの不安もある。育児・介護休業法では、育児休業の申し出や取得を理由にした解雇その他の不利益な取扱いを禁止しているが、経済社会の変化や技術進歩のスピードが速まっているため、長期間職場を離れることに対する不安は一層強まっている。また、育児・介護休業法では事業主に、育児休業を取得しない労働者に対する勤務時間の短縮などの措置を義務付けてはいるが、短時間勤務制度がある事業所は29.9%にとどまっている。
    このように取得方法に柔軟性が乏しいことは、専門職やキャリア志向の女性のみならず、男性にとっても、育児休業の取得を困難にする一因となっている。前述のとおり、育児休業を取得しない理由として「仕事に早く復帰したかった」「元の仕事又は希望する仕事に戻るのが難しそうだった」が挙がっているが、これも全日・長期の育児休業を前提とした回答の可能性がある。
    柔軟な取得方法の例としては、ノルウェーには時間振替(time account)という制度がある。これは育児休業として認められている総時間数や給付金総額を減らすことなく、労働時間を50%、60%、75%、80%、90%のいずれかに減らすことにより、取得期間を延長出来る仕組みである。勤務先が認めれば、育児休業期間を父親と母親で均等に分け、夫婦が午前と午後に半日ずつ働いたり、1週間交替で働いたりすることも出来る。スウェーデンでも、育児休業は全日休業のほか、4分の1日、半日、4分の3日ずつ取得することが出来、かつ子どもが8歳になるまでの間に分割して取ることが可能である。例えば、育児休業を4分の1日ずつ取得する場合、1日6時間労働を5年3カ月にわたって継続出来る。
    パートタイム労働政策で注目されるオランダでは、育児休業もパートタイムで取得する仕組みで、父母それぞれに保障される週労働時間の13倍の育児休業時間を、子どもが8歳になるまでの6カ月の連続した期間内に、時間単位で取得する。オランダでは父親の13%が、子どもの小さい時期に週4日勤務に切り替えたという調査結果もある。

    (3)育児休業の適用対象者の範囲

    育児休業の取得が進まない第3の原因としては、育児休業の取得が認められていない労働者が存在し、かつその数が増えていることである。わが国の育児休業は、法律上「期間を定めて雇用される者」には適用されない。また「所定労働日数が週2日以下の者」についても、労使協定によって育児休業の対象から除外出来るとされ、実際86.2%の事業所では取得が認められていない。
    91年から2001年の10年間に、女性雇用者に占める正規の職員・従業員の割合は62.8%から52.1%に低下している。同期間に、雇用者に占める臨時雇・日雇の割合は、20~24歳の女性では9.1%から21.4%に、男性でも12.1%から20.2%に高まっており、5人に1人が期間の定めのある雇用となっている。
    厚生労働省の調査によれば、1週間の所定労働時間が正社員より短い非正社員として働く理由は「家計の足しになるから」(59.6%)や「自分の都合のよい時間に働けるから」(50.9%)が多いものの、95年度から2001年度の変化を見ると「生活を維持するため」と答えた人が30.2%から42.6%に増えている。また、「正社員として働ける会社がないから」と答える人も14.3%から20.8%に増えている。同調査によれば企業側が非正社員を雇用する理由として、「人件費割安だから」と答える割合が、95年度の38.3%から2001年度には65.3%に急増している。経営環境が厳しさを増すなかで、企業は人件費が割安な非正社員の職を増やす傾向にあり、臨時雇やパートタイム労働などの非正社員のなかには、別途安定した収入があって補助的な収入を得るために働いている人だけでなく、生計を維持するために働いている人も増えている。
    オーストラリアでは、雇用者全体に占める臨時労働者の割合が増大したこと、臨時労働者の多くが定期的に労働し、短期的な労働とは必ずしもいえなくなっていること、使用者と継続的な関係を持つ臨時労働者も目立っていることなどから、臨時労働者に育児休業を認めないのは公平とはいえないとの見方が強まり、2001年に労使関係委員会が一人の使用者の下で数回にわたって、あるいは12カ月間継続的に、定期的かつ計画的に雇用されている臨時労働者に育児休業を認める決定を下している。
    ところで、少子化対策プラスワンが目標としている育児休業の取得率とは、出産時に雇用者である女性を分母としており、自営業者や出産時に無職の女性は育児休業制度の議論の外に置かれている。育児休業給付を受けた人数は出生数の8%にすぎず(2001年度)、少子化対策プラスワンが掲げる取得率目標が達成され、育児休業給付金受給者数が4割強増えたとしても、出生数に対する割合は8%から11%強に増えるにすぎない。
    0歳児の子どもを持つ家庭の内訳をみると、8%の育児休業取得者に対して一人年額平均65万円の給付金が支払われているほか、6%の認可保育所利用者に対して一人同平均80万円の公費が保育所への助成金という形で支払われている一方、認可保育所が利用出来ない待機児童や認可外保育施設利用者3%、家庭で子育てをしている人83%には基本的に助成金はない。このような公的助成の在り方は、育児休業取得者や認可保育所利用者が低所得層に多いとすれば公平といえるが、前述のとおりわが国の育児休業取得者には高賃金の人が多く、また認可保育所利用者に公務員などの安定した職業の人が多いとの指摘もあることを考えれば、助成の在り方としての正当性も問われる。
    少子化対策プラスワンでは、保育に関する施策を中心としたこれまでの取り組みに対して、今後はより全体として均衡のとれた取り組みを進める必要があるとしているが、非正社員の一部、自営業者、いったん仕事から離れている状態にある無業者など、出産女性の9割には恩恵のない育児休業制度を取り上げて、その取得率を高めようという少子化対策の方向は、均衡のとれた取り組みとは言いがたい。育児休業制度の基本的理念としては、「職業生活の全期間を通じてその能力を有効に発揮して充実した職業生活を営むとともに、育児(又は介護)について家族の一員としての役割を円滑に果たすことが出来るようにすること」とあり、少子化対策としては多様な働き方に対して育児休業制度を生かしていく方向こそ検討されるべきである。
    北欧の育児休業手当の財源を見ると、スウェーデンでは育児休業と看護休暇の給付専用に、スウェーデンに居住するすべての親を対象とする親保険制度を創設している。このため、無業者や学生にも最低保証額が給付され、一定の要件を満たせば、失業する前や学生になる前の就労実績に基づく手当を受給出来る。ノルウェーでも、育児休業給付の財源が自営業者や無業者を含む国民保険であるため、雇用者以外にも給付金がある。

  4. わが国における具体的対応策

    以上、諸外国の育児休業制度を参考にしながら、わが国の育児休業の取得が進まない原因について考察してきた。これらを踏まえて、わが国における育児休業制度の見直しの方向について考えてみたい。
    第1に、育児休業の取得方法について、全日で長期の1回限りの休業に限定せず、取得方法の選択肢を拡大するべきである。例えば、子どもが8歳になるまでの期間に、育児休業を時間単位で分割して取得出来るようにすれば、1日6時間労働や週4日勤務という形で育児休業を取得出来ることとなり、職業技能やキャリア形成への影響も少なく、育児休業の取得が相対的に容易になるものと予想される。
    こうした取得方法の柔軟化は、専門職やキャリア志向の女性の取得促進にとどまらず、父親の育児休業の取得を増やす効果や、女性の継続就労の可能性を高めることで出産退職を減らす効果など、男女共同参画の促進につながるという意味でも重要である。さらに、労働時間の短縮という形で休業が取得されれば、育児休業取得者の仕事を同僚でカバーしあったり、臨時雇などで代替要員を確保したりすることも可能となることから、企業の側にとっても、育児休業の代替要員を確保する負担が軽減されるという副次的な効果も期待出来よう。
    代替要員の確保については、企業にとっては採用と教育のコストが負担となることから、代替要員を確保した事業主への助成金の充実も期待される。現在は1事業所当たり3年間、20人まで、最初の労働者に年額50万円(大企業は同40 万円)、2人目以降に同15万円(大企業は同10万円)となっている。現在は代替要員の確保はあまり進んでいないが、失業者に失業手当を支払う代わりに、代替要員確保の助成金を支払うことで、企業はコスト負担なく代替要員を確保出来、失業者にとっても新しく就業のチャンスや経験を得ることが出来る。また、育児休業取得者も安心して休むことが出来、0歳児保育のニーズが減少し、保育所の待機児童問題の緩和にもつながる可能性がある。育児休業代替要員確保助成金については、支払期間や人数制限をなくすなど、一層の充実が期待される。
    第2 に、育児休業の取得の権利を拡大すべきである。2001年11月に改正された育児・介護休業法の指針において、「労働契約の形式上期間を定めて雇用されている者であっても、当該契約が期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態となっている場合には、育児休業の対象となる」との考え方が示されたことは一歩前進であるが、育児休業申請後に契約更新が拒否されるなどのトラブルも生じている。期間雇用者については、オーストラリアのように具体的な育児休業の適用基準を定めるとともに、期間の定めのない雇用者についても、労使協定により適用を除外出来る条件(例えば「週所定労働日が2日以下の者」など)を見直していくべきである。
    第3に、育児休業中の所得補償については、スウェーデンやノルウェーのように休業中の所得補償率を100 %に近づけることも一案だが、失業率の上昇に伴う雇用保険財政の制約を考えると現実的とはいえない。現行どおり育児休業給付金を雇用保険から支給する場合は、現在一律40%の所得補償率を賃金の低い人ほど所得補償率を高くする一方、所得水準の高い層については引き下げ、失業手当同様、低賃金の人の所得補償を充実する方向も検討に値しよう。これにより、経済的な理由から取得が困難である低賃金の人の休業取得が促進される。
    しかし、このような雇用保険の枠組みのなかで対応する方法は、財政面の制約から所得補償率の引き上げが困難であるという問題のみならず、雇用保険加入者にのみ給付があって、雇用保険に加入していない雇用者、自営業者、出産を機に退職した人、子育て中で仕事をしていない人の出産に対しては恩恵がないという意味でも問題を残す。官公を除く非農林業雇用者に占める雇用保険加入者の割合は70%、とくに女性では63%にとどまっている。
    非正社員の雇用保険の加入促進を図るため、2001年度からパートタイム労働者や登録型派遣労働者について、年収が90万円以上見込まれる場合にのみ雇用保険を適用するという要件が撤廃された。このように雇用保険の加入割合を高めていくことにより、育児休業給付金の対象者を拡大していく方向もあるが、その場合にも雇用保険に加入していない人との公平性の問題から、育児休業中の所得補償率を引き上げることが難しいという問題もある。スウェーデンやノルウェーでは、雇用者のみを対象とする保険からではなく、すべての親を対象とする保険を財源にしたことで、高い所得補償率が実現出来たともいえる。
    そこで、わが国でも育児休業給付の財源を雇用保険と切り離し、育児休業給付を含む育児保険の創設も視野に抜本的な見直しが期待される。育児保険とは、所得制限のある児童手当や「保育に欠ける」児童を対象とした保育所など、低所得者に重点を置いた社会福祉としての育児支援に対して、社会保険による普遍的な育児支援を提案するものである。具体的な提案としては、年金保険料に追加で育児保険料を徴収し、その財源を児童手当や保育所の財源とあわせて所得制限なく育児支援クーポン(保育サービスなどに利用可)を配布するという育児保険構想や、介護保険制度をベースに保育サービスなども組み込み、在宅介護手当や在宅育児手当も支給する方向での総合福祉保険制度の提案などがある。しかし、いずれも育児休業給付との関係が十分に整理されていないので、育児休業給付も組み込む方向での育児保険の議論を期待したい。
    具体的には、年金保険料に追加で育児保険料を徴収し、その財源をもとに育児休業給付金と0歳児保育への補助に当たる給付を行う。給付は、0歳児に対して所得制限なく一人月額8万円(年間96万円)程度とし、自治体が加算を行ってもよい。社会保険料の労使負担も免除する。
    拠出については、公的年金の被保険者が年金保険料と併せて育児保険料を支払う。0歳児が利用する認可保育所への公的補助や雇用保険による育児休業給付は廃止の方向で縮小する。0歳児約117万人に年間96 万円を支給するのに必要な費用は1兆1,200億円で、これを公的年金加入者約7,000万人で公平に負担すると、一人当たり年間に1万6,000円程度の育児保険料となる。将来的には、スウェーデンの親保険のように、所得に比例して保険料を徴収し、給付にも格差をつけていく方向が考えられるが、その際には無職の人の給付に失業前の就労実績を反映させる工夫や、低賃金の人への配慮なども必要である。
    このような形での育児保険の効果としては、次の4点がある。第1に、雇用保険に加入出来ない非正社員、自営業者、出産でいったん仕事を離れた人など、雇用保険の枠組みでは給付が受けられない人の0歳児の育児を支援出来る。正社員として働く一部の女性が出産した場合のみ支援するのではなく、多様な働き方に対して育児との両立を支援するという普遍的な育児支援が可能となる。第2に、親に保育サービスを購入する費用を直接給付することで、0歳児保育が量的にも質的にも改善される。コストの高い0歳児の認可保育所の整備は遅れがちであり、その受け皿として認可外保育施設が増えつつあるが、補助金がないために認可保育所との質の格差が問題になっている。0歳児への育児保険給付は、早く復帰したい人や、パートで働きたい人にとっても、適当な保育サービスが確保しやすくなる。第3 に、家庭での子育てにも給付金が支給されることで、自ら子育てにかかわりたいという親の選択肢も保障され、出生率を高める効果も期待出来る。また、本来望まれていない保育需要を減らし、待機児童問題を緩和する可能性もある。第4に、育児支援の給付が一本化されることで、行政事務が効率化され、また利用者にとっても給付内容が分かりやすく、また不公平感も解消される。将来的には、先に提案した育児休業の代替要員を確保する企業への助成金、医療保険から拠出されている出産一時金なども統合し、出産・育児にかかわる給付を一本化し、公平性に配慮しつつ、財源を拡充していくことを目指す。さらに児童手当や扶養控除の財源も統合し、幅広い年齢に対応していく方向も考えられる。
    わが国の2002年の完全失業率は5.4%と過去最悪であり、合計特殊出生率も調査開始以来最低の水準にある。育児休業の充実は、代替要員の雇用を通じて失業者を減らす効果や、子育ての選択肢を増やすことで親の負担感を軽減する効果、さらには親子の絆を強めるといった教育的な効果としても期待が高まっている。こうした環境変化をふまえ、育児休業制度は、一部の正社員の雇用継続を促進するためだけに充実させるのではなく、少子化対策、労働政策、教育政策など多方面からの期待に応える制度へと、発展させていくべきである。政府においては、育児休業の取得率向上に向けて産業界へ要請するだけでなく、本稿で提案した育児休業給付を含む育児保険創設の検討も含め、育児休業制度に関する抜本的な見直しを期待したい。
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