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Business & Economic Review 2003年05月号

【OPINION】
持続可能性の高い社会の構築に向けて-デ・カップリング:経済発展と環境保全の両立

2003年04月25日 調査部 経済・社会政策研究センター 藤波匠


経済発展と環境保全

待望されるわが国経済の再生は、同時に地球温暖化に直結するエネルギー消費を押し上げる圧力となる。一方で、地球温暖化問題に対するわが国の国際公約は、当面のエネルギー消費を抑制し、1999年レベルで推移させるものとなっている。すなわち、地球温暖化対策を織り込んだ経済政策は、エネルギー消費の増大を抑制しつつ、経済を成長させるという、これまでの経済的枠組みでは二律背反となる課題を克服するものでなければならない。それは、「増エネなき、経済再生」を目指す、新たな経済的枠組みの構築を必要とする。わが国が、このような新たな枠組みを構築することが出来れば、経済発展と環境保全の両立という困難な課題に、一つの解を与えるものとなる。

政策のキーワードは「持続可能性」

温暖化対策を織り込んだ経済政策の難しさは、これまでのわが国の経済発展が、エネルギー消費の拡大に、大きく依存してきたことにある。実質GDP一兆円を生み出すために、石油に換算しておよそ100万トンに相当するエネルギーを必要とするわが国のエネルギー需要構造は、オイルショック以降の約20年間、ほとんど変わっていない。これは、「増エネなき、経済再生」の困難さを物語っている。
地球温暖化問題のような環境制約をクリアしつつ、経済成長や産業振興、福祉などを継続的に高めていく社会を、「持続可能な社会」という。「持続可能」という言葉は、国連の「環境と開発に関する世界委員会」から提出された報告書「Our Common Future (1987);邦訳名『地球の未来を守るために』」の、持続可能な発展(Sustainable Development)にみることが出来る。この報告書では、「持続可能」を「将来の世代の欲求を満たしつつ、現世代の欲求を満たすこと」としている。このような考え方は、大量生産、大量消費、大量廃棄に立脚した現代の社会システムが、資源や国土の有限性に照らし、長期的な持続性がないことの反省から導き出されたものである。
とくにわが国の乏しい資源、狭隘な国土という条件から考えて、非効率な資源の利用や大量廃棄は望ましくない。そのため、わが国の環境行政には、比較的早い段階からこの考え方が取り入れられてきた。98年に制定された「環境基本法」第4条には、持続可能な社会について、「持続的発展が可能な社会」として、基本的考え方が示されている。多少長くはなるが、以下に全文を記載する。

環境基本法第4条(環境への負荷の少ない持続的発展が可能な社会の構築等)
環境の保全は、社会経済活動その他の活動による環境への負荷をできる限り低減することその他の環境の保全に関する行動がすべての者の公平な役割分担の下に自主的かつ積極的に行われるようになることによって、健全で恵み豊かな環境を維持しつつ、環境への負荷の少ない健全な経済の発展を図りながら持続的に発展することができる社会が構築されることを旨とし、及び科学的知見の充実の下に環境の保全上の支障が未然に防がれることを旨として、行われなければならない.。
ここで、持続的発展に着目し、環境基本法第4 条を要約すれば、a.すべての者の公平な役割分担、b.恵み豊かな環境の維持、c.環境負荷の少ない経済の発展、とすることが出来る。すなわち、持続的発展とは、環境劣化を招かない経済発展であり、そのためにはあらゆる主体の取り組みを必要としているのである。

「持続可能性」に必要なデ・カップリング

すでに述べたように、わが国経済の発展は、エネルギー消費に大きく依存しているため、経済政策にエネルギーに関する環境制約を織り込むことは不可欠である。オイルショック当時から、経済政策として、エネルギーの安定供給は重要な要素であった。そこに、近年は原子力発電に関する問題や地球温暖化問題が浮上してきている。原子力の場合には、発電所そのものの安全性、さらには発電所の立地やバックエンド(放射性廃棄物管理、再処理、処分、原子力炉の廃炉など)対策も制約条件となる。
京都議定書の批准により、2010年までに二酸化炭素を中心とする温室効果ガスの排出量を90年比6%削減することが、わが国の国際公約となった。国では、公約を実現するために、2010 年のエネルギー消費量を、99年レベルに抑制することを目標としている。これは、現状のエネルギー需要構造に手が加えられなければ、今後10年間の経済成長をゼロに押さえる必要があることを意味する。もちろん、ゼロ成長により、公約を達成する道もある。しかし、ゼロ成長を政策ターゲットとすることは、政策立案者のみならず国民にとっても、受け入れ難いものであろう。
国では、公約実現のためのシナリオともいうべき「地球温暖化対策推進大綱」で、2%程度の経済成長を確保しつつ、省エネなどに取り組み、公約を達成する道筋を打ち出している。このようなわが国の温暖化対策は、長引く景気低迷の下で、わが国の最優先課題として取り扱われることは少ないが、対策がわが国の経済社会に与える影響は、決して小さくない。それは、すでに述べたように、過去 20年間、一定のGDPを生み出すために消費されるエネルギー量が、不変であったことからも明らかである。
経済成長を確保しつつ、環境問題(温暖化問題ではエネルギー消費や地球温暖化ガス排出)を抑制するこのような政策を、環境劣化と経済成長の「デ・カップリング(切り離し)」という。デ・カップリングは、これまで先進国の経済発展が、付随的に多くの環境問題を引き起こしてきた反省から、近年、経済開発協力機構(OECD )などが推奨している考え方である。持続可能な社会実現に向けた一つの方策が、デ・カップリングなのである。

実現可能なデ・カップリング

デ・カップリングは、経済発展と環境保全の両立を目指すものである。資源の有限性や地球温暖化などの環境問題、さらに発展途上国における今後の人口の増大や経済成長を考えれば、わが国を含む先進国がこれまで通りの資源の消費を続けることは困難である。先進国は、率先してデ・カップリングに取り組むことが求められる。また、わが国が、地球温暖化問題に対する国際公約を達成しつつ、一定レベルの経済成長を実現するためにも、デ・カップリングは不可欠である。
わが国にとって不可欠であるデ・カップリングも、既存の経済的枠組みの下で達成することは決して容易ではない。しかしわが国は、過去に限定的ではあったが、デ・カップリングを達成した経験がある。
一つは、高度成長期の大気汚染改善の事例である。高度成長期、わが国は石油や石炭の燃焼により発生する二酸化硫黄などによって、慢性的な大気汚染状態にあった。二酸化硫黄による大気汚染は、ぜんそくや酸性雨を引き起こすため、当時その他の公害などとともに大きな社会問題となった。しかし、67年からオイルショック直前の72年の5年間で、年率にして約9%の経済成長や、二酸化硫黄発生の原因となる石炭や石油の国内消費量が年率10 %以上の増加にもかかわらず、わが国は大気中の二酸化硫黄濃度を半減することに成功した。
もう一つは、オイルショック期のエネルギー消費の抑制である。当時、およそ10年間という短期間ではあったものの、わが国はエネルギー消費の増大をほぼゼロに抑制しつつ、年平均3%以上の経済成長を成し遂げた。
これらは、デ・カップリングが可能であることを示す好例といえる。このような過去の成功例や、環境基本法の精神を踏まえ、持続可能な発展をデ・カップリングにより達成するために検討されるべき政策課題を、本稿では、a.環境技術の振興、b.法規制のグリーン、c.公共事業の見直し、d.環境教育の充実、の四つに集約し、以下でそれぞれについて考えてみたい。

デ・カップリングに不可欠な技術革新-持続可能性を裏付ける産業構造への転換

デ・カップリングを実現させるためには、まずそれをサポートする技術の発展とその普及が必要となる。例えば、上記の二酸化硫黄による大気汚染の低減については、重油脱硫技術の普及や排煙脱硫装置の開発・普及に向けた産業界の取り組みの成果であることはもちろん、国などによるこれら技術への産業支援が効を奏した結果でもある。
今後の地球温暖化対策で考えれば、温室効果ガス排出量の少ない新エネルギーの開発や普及に対しても、官民双方の取り組みが必要となる。新エネルギーには、風力や太陽光発電、バイオマス利用、水素エネルギーなどがあるが、これらの技術開発やインフラ整備に対する国の支援は、温暖化対策となることはもちろん、それら技術の蓄積を進めるため、わが国が環境技術によって立つ環境技術立国へと移行することを促す。
国による環境技術振興の重要性を示す事例を、自然エネルギーにみることが出来る。これまで国は、自然エネルギーである太陽光発電と風力発電で、対照的な政策をとってきた。太陽光発電装置の世界市場は、年率35%の拡大を続けている。99年以降、わが国の製品はその市場のシェアでトップに立ち、2001年現在、約44%のシェアを押さえている。わが国の製品が世界市場でトップに立つことが出来たのは、国が住宅用太陽光発電装置の設置に対して補助政策を展開したことや、メーカーの技術開発を支援したことなど、国による需給両面からの産業振興策が効を奏したことが指摘出来る。
一方、風力発電も、世界市場が発電容量にして毎年約40%の成長を示している。もちろんわが国における設置実績も、98年から2000年にかけ、年率100%以上の拡大を示し、世界第9位の市場規模をもっている。しかし、風力発電設備販売の90%以上を占める世界10大メーカーのなかに、わが国の企業はない。過去にあった国家エネルギー政策における風力そのものへの懐疑的な見方や、わが国特有の電力配電網などにかかわる技術的困難性が、国による技術開発や導入振興策を遅らせたものとみることが出来る。
これらの事例は、国による支援の違いが、世界市場におけるブランド構築に大きな差異を生じさせたことを示す例といえよう。新たな環境技術の世界的シェア獲得のため、いま官民が注力しているのは、燃料電池である。燃料電池は、自動車分野や家庭用分散電源など、用途が広く、市場規模が大きいだけに、風力発電のような出遅れは回避しなければならない。
産業の空洞化が叫ばれるいま、わが国産業界は、今後世界的な需要が高まると考えられる環境技術の分野に、立ち直りの糸口を見いだすべきである。それを成功させるためには、事業者の自主的な取り組みだけでなく、研究開発や普及に対する助成などの国による産業支援も重要となる。

規制緩和と規制強化のバランス

新たな技術や産業の成長が、既存の規制により妨げられることがある。例えば、リサイクル施設ではあっても、その多くは廃棄物処理業の許可が必要となるため、許可やそれに付随する事務手続きの増大などが、新規参入の障壁となっていることが指摘出来る。
構造改革特区が具体的に動き出したが、環境分野でも、多くの自治体が申請を行った。構造改革特区推進室の取りまとめによると、地方自治体などから提出された環境や新エネルギーに関する特区構想は、第1次、第2次提案合わせて86提案に上る。そのなかには、電源の分散化やエコタウン構想など、地方の自立とともに、持続可能な社会の構築に資すると思われる規制緩和を求めるものも多い。
例えば、電源の分散化は、地域性を生かした資源の有効利用を目的としたものであり、農山村ではバイオマスの利用、風力資源に恵まれた地域では風力発電、また工業地帯においては、施設から排出される有機性のガスを利用した発電や廃熱の利用などが期待される。国は、積極的な規制緩和の実施に取り組むべきである。
ただし、環境に関連する規制の場合、多くは過去の自然破壊や公害などの反省から取り入れられたものも多いだけに、規制を緩和するだけでは、わが国がこれまで進めてきた環境の改善が、水泡に帰す危険性も否定しえない。そこで重要となるのは、規制の緩和と強化のバランスである。
規制強化の例を挙げれば、有害物質管理や廃棄物処理に関しては、近年規制が強化されつつあり、今後も新たな規制を必要とする。有害物質管理については、「ダイオキシン対策特別措置法」や「土壌汚染対策法」などが近年相次いで法制化された。また、廃棄物処理に関しては、建設廃棄物や自動車廃棄物について、個別法によりリサイクルが義務化された。
これらの規制強化は、現状をみる限り、決して産業の成長を抑制するものではなく、逆に新たなビジネスを生み出している。有害物質管理の強化は、コンサルタント業のほか、汚染浄化の技術開発を促進し、新ビジネスを生み出した。また、リサイクル関連法の制定も、ほとんどが埋め立て処分されていた廃棄物をリサイクルする新たな技術とビジネスを生み出している。したがって、環境に関する適正な規制は、既存の産業構造を、持続可能なそれへと導くものである。
以上のことから、持続可能な社会構築のために求められるのは、規制のグリーン化、すなわち「持続可能性」の観点からの、現行法規制の見直しである。

持続可能な社会に向けた公共事業の質の見直し

公共事業は、即効性のある景気浮揚策の切り札として、今後も重視されるであろう。その中心は、様々な批判はあるものの、5兆円を超える道路特定財源をよりどころとする道路整備である。道路整備は、自動車の快適な利用を実現するために実施される。しかし、その自動車利用に関し、地球温暖化や道路沿線の大気汚染などの観点から、一定の歯止めをかけるべきであるとの意見がみられ始めた。
全旅客交通機関に対する自家用乗用車の分担率は、90年度から2000年度の10年間で56%から60%に上昇した。また、自家用乗用車のエネルギー消費原単位(kcal/人・km)も、乗用車の乗車人数の減少や燃費の低下のため、90年度から2000年度にかけて約20%悪化している。これらにより、自家用乗用車のエネルギー消費量は、同期間で40%増加している。
国土交通省では、乗用車の保有台数や走行距離の増加に比べ遅れている道路建設をよりどころに、更なる道路建設の必要性を示している。しかし、ロードプライシングや都市部への流入規制などにより、自動車利用の抑制が達成されれば、更なる道路整備の必要性は低減する。限られた資金で行う公共事業であれば、持続可能な社会の構築に向けた事業とすることが望ましい。したがって、公共事業の軸足を、道路整備から鉄道や路面電車、バスなどの代替交通機関の整備にシフトすべきである。そのためには、道路特定財源の使途について、大幅な見直しが求められる。

環境教育の充実

ここまで述べた政策も、国民一人ひとりが持続可能な社会実現の重要性と政策の意図を十分認識しないまま実行に移されるならば、その効果は限られるであろう。例えば、近年家電や自動車の省エネ技術は高まっているにもかかわらず、各機器の大型化や台数増加により、個人のエネルギー消費量は増加している。また、全国の自治体の78%がごみ処理手数料を徴収しているにもかかわらず、一般家庭から自治体が回収するごみの量は減っていない。そこで、産業界や公共の持続可能な社会構築に向けた取り組みを、より効果的なものとするために重要となるのが、環境教育である。上記した環境基本法第4条で、持続可能な発展のためには、「すべての者の公平な役割分担」が必要とされているが、環境教育はまさに役割分担の理解を促すものとなるだろう。
わが国における環境教育は、90 年頃に始まり、その後拡大している。その背景には、先に示した87年の「Our Common Future」や92年地球サミット(国連環境・開発会議)があった。とくに地球サミットで採択された行動計画「アジェンダ21」には、第36章「教育、意識啓発および訓練の推進」が示されている。そこには、持続可能な開発に向けた教育の再編成や意識啓発の推進の必要性が謳われている。
しかし、これまでのところ、わが国の環境教育の進展は、必ずしも十分なものとはいえない。OECDが国別に行っている環境保全成果レビューの日本版(「OECD Environmental Performance Reviews ;JAPAN 」)では、わが国の環境教育の現状について言及している。そこでは、わが国における学校教育のカリキュラムの一つである「総合的な学習」のなかで、教師が選ぶメニューの一つとして環境教育があり、環境教育の位置付けが必ずしも高くないことが指摘されている。また、生涯学習の一環として、今後成人向け環境教育プログラムの創設の必要性も指摘されている。指摘にあるように、また環境基本法が示す「すべての者の公平な役割分担」を実現させるためにも、あらゆる階層に対して、十分な環境教育が行われることが望ましい。
アメリカでは、環境対策にかかわる人員の確保を雇用対策のなかに取り入れている。具体的には、土壌汚染対策の未経験者に対し、汚染現場でOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)を実施し、雇用につなげる政策を採用している。わが国でも、このような雇用の確保と環境保全の両立を目指した教育制度を、持続可能な社会構築のために、積極的に実施していくべきであろう。

持続可能な社会の構築に向けて

景気の低迷がいわれて久しい。この間、様々な政策が実施されているが、状況を好転させるまでには至っていない。わが国経済に必要なことは、産業の再生であり、そのためには売れる商品、社会が必要とする商品を、開発し、供給する力を強めることであろう。いま、社会が求めている商品の一つが、環境技術であり、環境配慮型商品である。すなわち、わが国が高水準の環境技術に裏付けられた環境技術立国へと変容することが、産業の再生への切り札となるであろう。
環境技術立国への移行には、国による産業支援や規制のグリーン化が不可欠である。
また、景気対策として、これまでのような漫然とした道路整備や箱物の設置を続けることは許されない。公共事業が社会の土台(インフラ)造りである以上、それはわが国が目指すべき社会に適合した土台でなければならない。公共事業を持続可能な社会構築のための土台造りと位置付け、長期的ビジョンに立ち、環境負荷の低減に資するインフラの整備に努めるべきである。そして、それは国民のライフスタイルや街づくりの見直しまでも求めることにつながる。
「経済の発展」と「環境劣化の低減」という、一見二律背反とも思える命題を両立させ、持続可能な社会への転換が図られるならば、その下で新たに創出される産業は持続的なものとなり、より強固な産業構造の構築につながるであろう。
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