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Business & Economic Review 2003年03月号

【OPINION】
地域情報化施策に求められるパブリックアクセスの導入

2003年02月25日 調査部 メディア研究センター 野村敦子


現在、ブロードバンドのインフラ整備が進んでいるが、その一方で、ブロードバンド向けコンテンツ・サービスの不足が指摘されている。そこで総務省は、地域社会・地域生活における実際のニーズに合致したブロードバンド・コンテンツの制作・流通を活発化させることにより、ブロードバンド利用の活性化と地域発コンテンツの充実を図ろうと、2002年12月に「地域メディアコンテンツ研究会」の設置を発表した。同研究会では「地域生活レベルでのブロードバンド・コンテンツ制作・流通に関する先端的な取り組みの実態や諸課題を調査・検討し、ブロードバンド・コンテンツに関する潜在的ニーズの把握を図ることで、ブロードバンドネットワークの整備に対応した地域での多様なコンテンツ制作・配信の促進に資する」ことを目的としている。

研究会における具体的な検討課題はこれから明らかになるであろうが、単に地方自治体からコンテンツ制作の発注を受けた企業に対し、コンテンツ制作・流通を支援するだけでは、地域住民のニーズを反映させたものとはなりえず、ブロードバンド利用の促進や地域情報化の進展にも結び付かない。情報通信技術の発展に伴い、ブロードバンド・インフラの整備やメディアの多様化など情報化社会への動きが急速に進展している。こうしたなか、わが国においても、地域住民の手による情報発信の手段として、メディアへのアクセスを制度的に保障する「パブリックアクセス」を導入すべきことを提言する。

パブリックアクセスとは、地域の住民が自分たちで企画・制作した番組をケーブルテレビなどのチャンネルを通じて自由に放送出来る制度のことである。

住民自身が番組の企画・制作を手がけることで、住民の手による地域情報化の推進や地域社会の活性化に繋がるものと考えられる。パブリックアクセスが制度として設けられていれば、これまで自分たちで地域情報を発信することにあまり関心を持たなかった住民にも、身近なところにこうした機会があることを認識させ、参加のきっかけを生み出すことになるであろう。居住する地域や生活周辺、行政などに関する話題や問題を取り上げていくことにより、住民同士が共通の問題意識をもち、広く議論する場が創出されることにもなる。これまでは行政任せであった事柄についても自分自身の問題として捉えていくことになり、住民の自立や地域活動・行政への積極的な参加、産官学民のコラボレーション(協働)なども進むであろう。

パブリックアクセスの導入により、メディアリテラシーの向上も期待される。

学校に通う生徒などでも番組制作に参加出来るような環境が整えられれば、子供のうちから、メディアを理解し活用する能力や、情報を創り出し発信する能力を養うことが出来る。子供たちが自ら企画に携わることにより、地域の様々な問題について考える機会を提供することにもなるし、高齢者や主婦など、地域に埋もれる人材や能力の発掘にも繋がる。映像メディアを駆使して、地域の有形・無形の文化資産を保存することも可能である。

アメリカでは、1984年のケーブルテレビ法により、国民にパブリックアクセスの権利が保障されている。ケーブルテレビ事業者は当該地域で独占的に事業を行うことが出来る見返りとして、地方政府に対し、「パブリック(住民)」、「教育」、「地方政府」向けに3種類のチャンネルの提供と、その運営のための資金として売り上げの5%の拠出が義務付けられている。地域住民は、自分たちが企画・制作した番組をそのチャンネルを通じて放送する権利を持っている。パブリックアクセスチャンネルの編集権を住民が持っているので、ケーブルテレビ事業者は基本的には放送される番組の内容に関与することは出来ない。全米では700以上のパブリックアクセスチャンネルが存在し、その一部はNPO(特定非営利法人)が運営する衛星放送のチャンネルを通じて全米に中継されている。

パブリックアクセスチャンネルで放送される番組の内容は、政治、環境、教育、健康、女性、マイノリティーに関する問題など、テーマも多岐にわたる。また、住民による番組制作を支援するために、番組制作・編集用機材の貸し出しや制作・編集方法などの講習を請け負うNPO のパブリックアクセスセンターも、全米各地に設立されている。

パブリックアクセスにより、視聴者はメディアから一方的に情報を受け取るだけでなく、メディアを通じて自分の意見を自由に発言したり、表現・発信する機会が保証されている。このことが国民の表現の自由や言論の多様性の確保、健全な民主主義の発展に繋がるものと考えられている。パブリックアクセスが存在することにより、マスメディアと市民メディアのバランスが取れているといってもよい。例えば、ニューヨークのパブリックアクセス番組の制作団体であるペーパータイガーTV は、大手マスコミが一様に湾岸戦争を支持したのに対し、その報道姿勢を批判した反戦番組を流し続け、全米中に反響を及ぼしたことで有名である。あるいは、コソボ難民が苦境を訴える番組を制作して放映したことに対し、その反対勢力の在米セルビア人グループが反論番組を制作して流すというように、公平に議論する場が与えられているのも特徴である。

ヨーロッパにおいても、オープンチャンネルやパブリックアクセスの制度があり、住民による番組制作と情報発信が盛んに行われている。

国営放送が中心で民間の放送へのアクセスが厳しく制限されてきたフランスでは、70年代より「自由ラジオ(ラジオ・リーブル)」、「自由テレビ(テレ・リーブル)」と呼ばれる海賊放送が多数存在してきた。しかし、ケーブルテレビや衛星放送などの普及を背景に、商業放送だけでなく市民団体からも自由テレビの合法化を要求する声が強まり、2000年の放送法改正で非営利市民団体にもテレビ放送の権利が認められることとなった。パリでは「テレ・ボーカル」、「国境のない電波」、「ザレアテレビ」など市民テレビ6局が、UHFの地上波36チャンネルを時間帯で分け合って放送している。フランス国内には、こうした自由テレビ局が100 以上もあるという。

ドイツでは、商業放送許可の見返りとして、市民が制作した番組をケーブルテレビで放送出来る「オープンチャンネル」や「非商業ローカルラジオ」が各州ごとに導入されている。ドイツには、こうしたオープンチャンネルが77 カ所存在するということである。

こうした動きは欧米諸国だけではない。アジアにおいても、着実に、市民の情報発信のツールとしてメディアを開放する動きが出てきている。

韓国では、2000年3月に施行された新放送法により、パブリックアクセスが導入されることとなった。韓国の放送法によれば、公共放送のKBSは「視聴者が直接制作した番組を編成しなければならない」(69 条)、ケーブルテレビと衛星放送は「視聴者が自ら制作した番組の放送を要請した場合には放送しなければならない」(70 条)とされている。ただし、韓国で視聴者のパブリックアクセスが制度化されたのは、地域社会における住民の情報発信ツールとして放送メディアを活用するためというよりも、放送の民主化の一手段としての意味が大きいとみられる。また、放送局は放送の内容に関与しないこととされているが、実際のところは、KBS が番組の事前審査を行い、番組内容の一般基準や視聴者参加番組編成基準等に則って放送の適否を判断している。国民全体としての関心が高い題材ではあるものの、内容がデリケートであるということから放送されない番組もあるという。しかしながら、国民の情報発信手段として、放送メディアに一定の役割が義務付けられていることの意義は大きい。

一方、わが国でも、パブリックアクセスへの取り組みが各地でみられるようになっている。武蔵野市・三鷹市が出資している(株)武蔵野三鷹ケーブルテレビは、市民ボランティアによる、むさしのみたか市民テレビ局との間で2000年に「パートナーシップ協定」を締結し、チャンネルの一部を市民が制作した番組の放送用に提供している。武蔵野三鷹ケーブルテレビは、チャンネルの開放だけでなく、市民ボランティアに対し、番組制作機材の提供や、アナウンス講習、編集方法の講習会なども行っている。

鳥取県米子市のケーブルテレビ事業者(株)中海テレビ放送は、92年にわが国で最初にパブリックアクセスチャンネルの放送を開始したことで知られている。同社は、地元の文化団体や青年団体など36団体で構成するP・A・C(パブリック・アクセス・チャンネル)番組運営協議会を設置し、地域の要望や意見を取り入れながら、地域の経済・スポーツ団体、学校、個人による様々な活動を放送している。愛知県名古屋市のNPO・ボランタリーネイバーズは、2001年より事業の一環として、映像番組を自主制作しようとする市民に対し、パブリックアクセスセンターとしての機能を提供するべく、活動を行っている。その内容は、番組制作機材の貸し出しやビデオの制作・編集などの講習、市民制作番組のケーブルテレビ事業者やローカルテレビ局へのアプローチの支援などである。

熊本県では、地上波ローカル局の熊本朝日放送が、2000年4月より、「新発見伝くまもと」というローカル番組を週に1回放送している。この番組は企画から取材、出演、収録のすべてを住民が中心となって制作(プロスタッフが協力)しており、全国初の試みである。この番組は、県内各地の情報を、住民が見て聞いて感じたことを伝えていくという「住民の視線」が切り口になっているということである。

このように、わが国でもパブリックアクセスチャンネルへの取り組みは進みつつある。しかし、先進的な事例を除き、多くの場合、住民の参加はケーブルテレビ局が制作する番組などへの部分的な関与にとどまっており、放送事業者主導のコミュニティーチャンネルの域を脱していない。
これは、わが国でパブリックアクセスチャンネルのように、住民の手によるコンテンツ制作と情報発信という考え方が根付いていないことがある。これも、制度として住民がメディアにアクセスし、自分の考えを自由に発信したり、広く社会に問題提起する権利が保障されていないことが大きい。
それでは、わが国でパブリックアクセスを導入し、根付かせるには、どのような施策が求められるであろうか。

第1に、パブリックアクセス権を制度として創設することが求められる。すなわち、地域に存立基盤を有するケーブルテレビなどのメディアに対して、有線テレビジョン放送法などにより、当該地域において番組を制作する住民や団体に対し、一定の放送枠の開放と番組制作・放映のためのソフト面・ハード面での支援(放送機材等の設備の提供、人的・資金的支援等)を行うことを義務付けることである。この対象となるチャンネルは、地域のケーブルテレビ局でもよいし、地上波ローカル局でもよい。場合によっては、ブロードバンドやコミュニティー放送局なども含めた複数のメディアでメディアミックス的に情報発信出来るようにすることも考えられる。そもそも住民がこうした番組を制作したり、見たりするのだろうか、という疑問もあろう。しかし、営利目的の放送局とは異なり、「住民が自らの考えをもとにコンテンツを制作し、情報発信する」という機会を設けることこそがパブリックアクセスの本来の目的である。ところが、現在のわが国では、たとえ住民が自ら問題提起したいと考え番組を制作したとしても、それを放送する機会が制度として保障されていない。まずは、こうした状況を打破することが重要である。

第2には、地域住民のコンテンツ制作・情報発信を支援する組織づくりが必要である。アメリカでは、パブリックアクセスを支援するNPO の存在が不可欠となっている。NPOが機材を貸し出したり、番組制作ノウハウに関する講義を行うなどしており、住民の情報発信の大きな手助けとなっている。わが国でも、こうしたパブリックアクセスセンターの設置を支援していくとともに、これを運営するNPO に関する制度を整備していく必要がある。具体的には、NPO支援税制を受けるための認定NPO 法人制度の要件緩和と、収益事業等に対するみなし寄付金制度や地方税の減免など税制優遇措置の拡充、認定期間の延長などである。

これまで地域情報化への取り組みといえば、多くの場合、政府で決定した方針や計画に基づき、地方自治体あるいは地方自治体から委託された企業の主導で推し進められてきた。そして、地域に住む住民自身が主体的に情報化や情報通信メディアの活用に取り組むという視点は希薄であった。地域情報化計画の内容も、地域の公共機関等のネットワーク化や行政文書・行政手続きなどの電子化、あるいは当該地域の実際のニーズとは結び付いていない最先端技術のモデル実験が主眼である。住民が情報通信メディアをどのように活用し、情報化にどのようにかかわり合いを持つかという視点から、地域情報化計画を策定しているのは、一部の先進的な自治体に限られていた。

今回、総務省では地域発コンテンツ制作・流通の活性化を推進することで、地域におけるブロードバンド利用や地域情報化の推進を図る狙いである。しかしながら、地域情報化とは、単に、最先端の情報技術や情報機器を公共機関に導入して、それ相応のコンテンツをそろえるなど、体裁を整えればそれで済むというものではない。地域住民が制作したコンテンツを情報通信メディアを活用して発信出来る環境も併せて整備するなど、ソフト的な面から地域社会や住民の情報化への対応を支えていくことが重要である。そして、情報通信メディアを活用した地域活動やまちづくりへの住民の参加が根付き、地域経済・社会の活性化があってこそ、地域情報化の目的が達成されているとみるべきである。地方分権や地方の自立が叫ばれている現在だからこそ、地域発情報発信の活性化に繋がるパブリックアクセスを制度として本格的に導入することが望まれる。

また、これからのメディアの公共性や地域社会で期待される役割を考えた場合にも、住民に対し「パブリックアクセス」を保障することが求められる。視聴率や収益、時の権力に左右されずに地域住民自身の手で情報を発信出来るメディアの存在は、情報化社会において重要な役割を担うと考えられるからである。これからのメディアには、単に公共の情報を提供するだけにとどまらず、住民に対しメディア表現・情報発信の手段や場を提供する役割も期待される。そして、国が国民に対し公共の情報発信手段を活用する権利を保障することも、地域情報化の施策を検討するに当たって忘れてはならない重要な視点である。
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