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Economist Column No.2026-074

「2%物価目標」の先にあるもの ― 生産性改善なき到達の危うさ ―

2026年11月02日 西岡慎一


先の金融政策決定会合で、日銀は基調的な物価上昇率が2%目標と「概ね整合的な水準」に達したとの見解を示した。過去30年にわたり低インフレに悩まされてきた日本経済にとって大きな節目である。もっとも、この先にある課題はなお重い。

■目標達成も理想には遠く
日銀が本来描いていたのは、「賃金と物価の好循環」である。賃金の上昇が家計所得を押し上げ、需要が強まれば、企業は価格を引き上げやすくなる。収益の改善がさらなる賃上げにつながり、その過程で生産性が高まることで、物価上昇を上回る賃金の伸びが実現する。これが期待された姿であった。
ところが、現実の物価上昇を主導してきたのは、国内外で繰り返されてきた供給制約である。コロナ禍や軍事衝突を契機に、物資の供給不安が強まり、資源や食料などの価格が押し上げられた。国内の賃金上昇も、需要の拡大というより、深刻な人手不足への対応という面が強い。売り上げが十分に伸びなくても、人材を確保するために賃金を引き上げざるを得なくなっている。
賃上げの際に重要なことは、賃金の伸びが生産性の向上を伴っているかである。賃金が上がっても、労働者が生み出す付加価値が増えれば、企業のコスト負担は高まらない。逆に、賃金の伸びが生産性の伸びを上回れば、その差は企業の負担となる。
この差を映すのが「単位労働コスト」である。一単位の付加価値を生み出すために必要な人件費を表し、その上昇率は、おおむね賃金上昇率から労働生産性上昇率を差し引いたものに等しい。労働分配率が一定なら、2%の物価上昇と整合的な単位労働コストの上昇率は2%だ。ところがGDP統計から算出すると、今年に入ってから前年比3~4%で推移している。賃金が3~4%伸びる一方、生産性がほぼ伸びていないためだ。
この場合、企業が利益率を維持しようとすれば、それに見合う価格引き上げが必要になる。物価上昇率が2%にとどまれば、その差は企業収益を圧迫する。日銀自身、企業の積極的な賃金・価格設定行動を物価の上振れ要因に挙げている。金融環境もなお緩和的だ。現在のような生産性改善なき賃上げが続けば、基調的な物価上昇率は2%を上回りかねない。
その場合、日銀は利上げで需要を抑え、賃金上昇の勢いを弱めざるを得なくなる。ようやく根づき始めた賃上げの機運を、金融引き締めで冷やす皮肉な展開も排除できない。

■次の焦点は中小企業
基調的な物価上昇率が2%を超えるかどうかを占ううえで、中小企業の賃金・価格設定行動がカギを握る。大企業がけん引してきた賃上げが中小企業にも広がり、人件費の増加を価格に転嫁する動きが強まれば、賃金と物価の結びつきは一段と強まる。
中小企業はこれまで、人材流出を防ぐための「防衛的賃上げ」を迫られてきた。それでも、賃上げ幅は大企業に及ばない。大企業では、若年層だけでなく30代後半から40代の中堅層にも賃上げが広がっており、中小企業には幅広い年齢層で人材をつなぎとめる圧力が強まっている。この圧力は来年の春闘でさらに増す可能性がある。先日、連合は賃上げ要求の中心を今年より引き上げる方針を示し、中小企業への波及を重視する姿勢も打ち出した。
労働分配率が高い中小企業には、人件費の増加を利益で吸収する余地は小さく、選択肢は価格転嫁に絞られてくる。中小企業は一般に価格交渉力が弱く、人件費を価格に反映しにくいとされる。だが、政府による後押しもあり、価格設定行動には変化の兆しがある。中小企業庁の調査をみても、企業間取引における人件費の価格転嫁率は着実に高まっている。川下企業のコストが上がれば、最終的には消費者向けの価格にも波及しうる。
価格転嫁が進まない企業では、収益が悪化し、事業継続を断念する圧力が強まる。その一方で、価格転嫁の裾野が広がれば、中小企業の賃上げは物価上昇圧力として、これまで以上に表面化しやすくなる。

■2%物価の先にある課題
基調的な物価上昇率が2%に到達した今、政策の力点も変える必要がある。最低賃金の引き上げなどで賃上げを後押しし、物価高には補助金で価格を抑える。こうした政策は一定の役割を果たしてきたが、賃金や物価に直接働きかけるだけでは、実質的な豊かさを持続的に高めることはできない。
結局、生産性の向上という年来の課題に立ち戻る。省力化やデジタル化、中小企業の再編などを通じて、人材や資本がより生産性の高い企業へ移る環境を整える必要がある。2%物価への到達で、金融政策では解けない日本経済の課題がかえって浮き彫りになっている。


※本資料は、情報提供を目的に作成されたものであり、何らかの取引を誘引することを目的としたものではありません。本資料は、作成日時点で弊社が一般に信頼出来ると思われる資料に基づいて作成されたものですが、情報の正確性・完全性を保証するものではありません。また、情報の内容は、経済情勢等の変化により変更されることがあります。本資料の情報に起因してご閲覧者様及び第三者に損害が発生したとしても執筆者、執筆にあたっての取材先及び弊社は一切責任を負わないものとします。
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