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アジア・マンスリー 2026年5月号

インドが推進する「新興国型」AI政策

2026年04月28日 岩崎薫里


インド政府のAI政策は、山積する重層的かつ多様な社会課題をAIによって解決し、誰も取り残さない包摂的な経済成長を図ろうとしている点に特徴があり、新興国型の取り組みといえる。

■社会課題解決に向けたAIの活用
2010年代後半以降、世界各国でAI政策の策定が本格化している。AIを活用し、そのメリットをいかに最大限引き出すか、一方でAIがもたらしかねない弊害をいかに抑制するかが、各国共通の政策テーマとなっている。どの国も最終的には、AIの活用を通じて経済成長の押し上げと国民の福利厚生の向上を目指している。

こうした目標の達成に向けて、先進国政府の多くは企業の生産性向上と国際競争力の強化に力点を置いている。なかでも米中両国政府は、覇権争いの一環としてAIの開発競争を繰り広げている。これに対してインド政府は「AI大国(AI Powerhouse)」となることを掲げつつ 、米中とは異なる意味でのAI大国を目指している点に特徴がある。AIによって社会課題を解決し包摂的成長(inclusive growth)、つまり「誰も取り残さない包摂的な経済成長」の実現を目指す、という意味でのAI大国である。

インドでは、農業を中心に生産性の低さが課題となっているが、それ以上に深刻であるのが、山積する重層的かつ多様な社会課題である。インドは急速に経済成長を遂げているとはいえ、2024年の1人当たり名目GDPは2,695ドルと、日本(32,487ドル)の10分の1以下であり、世界銀行の分類による「低位中所得国」にとどまる。インド政府は、社会課題こそが成長の重しであり、それをAIで解決することが包摂的成長につながると考えている。生産性向上よりも社会課題解決が重視される事情は、インドに限らずほかの新興国・途上国でも程度の差はあれ同じであり、インド政府が目指すAI活用は先進国とは異なる「新興国型」の取り組みといえる。

■目標は「すべての人のためのAI」
インド政府の政策シンクタンク、NITI Aayog(インド政策委員会)は2018年に、AIにかかわる初の国家戦略「National Strategy for Artificial Intelligence #AIFORALL」(以下「AI国家戦略」)を公表した。「#AIFORALL」(すべての人のためのAI)のキャッチフレーズが示す通り、AIを経済成長と生活の質の向上のために活用し、その恩恵が広く国民に及ぶことを目指す内容となっている。注力分野として①医療、②農業、③教育、④都市化、⑤運輸、の五つが掲げられ、AIを活用した様々なユースケースが考えられている。

このうちいくつかはすでに実施されている。農業分野では、AIを活用した「害虫監視システム(National Pest Surveillance System)」が2024年に導入されたことが代表例として挙げられる。利用者は、害虫もしくは病気が発生した農作物の画像を携帯電話で撮影し専用アプリにアップロードすると、AIが害虫・病気を識別し、科学的に裏付けられた対応策を即座に提案する仕組みとなっている。それにより、農作物の生育改善効果や、殺虫剤・農薬へのやみくもな依存の低減が見込まれている。

インド政府はまた、AIを活用した多言語対応にも注力し、ローカル言語の収集と翻訳を進めている。インドには、憲法で定める22の指定言語があるほか、1万人以上が使うローカル言語が121も存在する。多言語はインド社会の多様性の象徴である一方で、地域間のコミュニケーションを難しくしている。とくにインド政府がリーチしたい低所得者などの社会的・経済的弱者の多くは地方に在住し、その土地のローカル言語しか習得していない。多言語国家であることを尊重しつつ、その弊害を解決するツールとして注目されているのがAIである。言葉の壁が取り除かれると、一人一人の事情に合わせた、よりきめ細かな行政サービスの提供が可能性となることが期待されている。

■高い研究開発力は不要
インドでは、ITおよびAI人材の数は多いものの、最先端のAIモデルを生み出すほど高度な知識や技術を備えた研究者は限られており、その意味でAI分野の研究開発力は高いとはいい難い。しかし、AIを活用して社会課題の解決に取り組む際には、高い研究開発力は必ずしも必要としない。それよりも重要なのは、インドの実情を理解し、それに即した対応を講じることである。インドで導入され、世界の関心を集めている個人識別番号制度のAadhaarや、キャッシュレス決済プラットフォームのUPI(統合決済インターフェース)は、最先端技術を用いて開発されたわけではなく、インド特有の困りごと、すなわち本人確認が難しい、現金に頼らざるを得ない、といった問題に的確に応える仕組みとして設計された結果、国民に広く受け入れられた。

インドのイノベーションを象徴する概念として、「ジュガール」が挙げられる。これは、利用できる資源が限られるなかで工夫を凝らし、柔軟に問題解決を図る姿勢を意味する。ジュガールでは最先端AIの自力開発は容易ではないが、社会課題の解決を目指すAIのユースケースを生み出すには十分である。そうした取り組みのなかから、ほかの新興国・途上国にとっても魅力あるイノベーティブなソリューションが登場する可能性がある。

インドで生み出された社会課題解決のためのAIソリューションが、新興国・途上国の間でモデルケースとして採用されていけば、グローバルサウスにおけるインドのプレゼンス向上にも資することになる。それによって、インドが世界において米中とは異なる立ち位置を築き、AI分野での影響力を高めていく姿が展望できる。


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