Economist Column No.2026-008
地政学リスクに怯える世界経済 ~防衛力強化だけでなく、緊張緩和への努力を~
2026年04月17日 石川智久
■戦争の影が差す世界経済
IMFはこのほど World Economic Outlook(WEO) を公表した。今回の副題は「Global Economy in the Shadow of War」であり、IMF日本語版では「戦争の影が差す世界経済」と訳されている。先般公表された日本政府の外交青書が「かつての『ポスト冷戦期』と言われた比較的安定した時代は既に終焉を迎えた」と言及したように、国際社会は地政学リスクの高まりを背景に、不確実性の高い局面へと移行しつつある。今回のWEOも、そうした世界経済を取り巻く不安定さを端的に示す内容となっている。
注目すべきは、同報告書が防衛・紛争を正面からマクロ経済分析の対象としている点である。具体的には、第2章で防衛支出のマクロ経済的影響、第3章で紛争と復興のマクロ経済学を分析している。IMFがこれらのテーマを大きく取り上げるのは異例であり、それ自体が現在の不透明感高まる国際情勢を象徴しているといえよう。そこでの分析等についてまとめると、以下のとおりである。
まず、防衛費の拡大は、短期的には経済活動を活性化させ得る一方、一時的にインフレを加速させ、中期的には重大な課題をもたらすと指摘している。また、防衛支出の乗数効果は平均的には1程度にとどまり、とりわけ装備品を輸入に依存する場合には、その効果が低下するという旨の分析が示されている。
また、戦争による経済的被害は、金融危機や大規模自然災害を上回る水準に達すること、さらに戦後復興が一定の需要を生み出すとしても、総体としては戦時中に被った損失を相殺できないといった趣旨の見解が示されている。すなわち、「復興需要が経済成長をもたらす」という見方は、マクロ経済的には支持されないといえよう。
■経済的には決してペイしない戦争
こうした分析から導かれるインプリケーションは明確である。人道的観点からは言うまでもなく、経済的観点からみても戦争は決して合理的な選択ではない。しかし現実には、世界各地での紛争件数が戦後最大規模に達するなど、国際社会は徐々に「戦時経済体制」へと傾斜しつつある。米国が「世界の警察官」としての役割を降り、国際機関の調整力も低下するなかで、先行きさらに地政学リスクが顕在化する可能性は否定できない。
世界経済の安定と持続的成長のためには、国際対立を抑制する制度的枠組みの再構築が不可欠である。日本としては、同盟国である米国との関係に十分配慮しつつも、国際協調の再生に向けて主体的な役割を果たしていくことが求められよう。
■防衛力強化を「戦火なき経済発展」につなげる視点
もっとも、国際的な緊張が高まるなかで、防衛力強化が避けられない課題であることもまた事実である。WEOを含む近年の研究では、防衛支出が単なる武器調達にとどまらず、研究開発や技術革新を通じて国内の供給能力向上につながる場合には、経済効果が相対的に高まることが示されている。
防衛費増額を専ら抑止力の強化と位置づける日本政府の基本姿勢は維持されるべきであり、あわせて、防衛分野で生まれた技術を民生分野へ適切に転用することで、平和利用や経済成長に結び付けていく視点が不可欠である。
国際情勢の緊迫化が続くなか、各国で防衛費の拡大が常態化し、地域紛争が増加するリスクも高まっている。このままでは、過去80年にわたり築かれてきた平和を希求する国際社会と、「平和の配当」としての世界経済の成長が失われかねない。いくら防衛力強化を各国の成長につなげようとも、平和に勝る世界経済のアクセラレーターは無い。各国は、防衛力強化だけでなく、外交努力を通じて緊張緩和と信頼醸成に努めることが求められる。
<参考資料>
IMF “World Economic Outlook - Global Economy in the Shadow of War- April 2026,
https://www.imf.org/en/publications/weo/issues/2026/04/14/world-economic-outlook-april-2026?cid=ca-com-compd-pubs_belt-sm26-WEOEA2026001
日本語訳はhttps://www.imf.org/ja/publications/weo/issues/2026/04/14/world-economic-outlook-april-2026
外務省「令和8年版外交青書」https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/101009736.pdf
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