Economist Column No.2025-078
イラン情勢、衝撃の吸収力を失う世界経済
2026年03月09日 西岡慎一
■弱まる衝撃への耐性
米国とイランの軍事衝突は、世界経済が抱える構造的な脆さを改めて浮き彫りにしている。資源価格の上昇が長引けば、非産油国から産油国へ巨額の所得移転が生じ、多くの国がスタグフレーションに見舞われかねない。
ここで注意すべきは、こうした軍事衝撃そのものの影響以上に、世界経済がショックを吸収する力を弱めている点である。国際秩序が新たな均衡を模索する過程で、世界経済の構造は変化し、衝撃による耐性はかつてよりも低下している。
グローバル化の最大の利点は、衝撃への耐性の強さにあった。生産や調達のネットワークは世界に広がり、ある地域で供給が途絶えても別の地域で補うことが可能であった。資本や財の自由な移動は、経済や物価の安定に寄与した。さらに、冷戦終結で防衛費が抑えられたことで「平和の配当」が生まれ、財政面からのショック吸収力も高まった。
しかし、その構図は大きく揺らいでいる。米国が自国優先志向を強め、中国が周辺地域への影響力を拡大するなかで、モノ・ヒト・カネの国際移動の経路は変質し、世界経済は分散化の色彩を強めている。安全保障の面でも、米国が地政学戦略の軸足を変えるなかで国家間の緊張は高まり、各国は防衛力の強化と経済的自立の確保を迫られている。
こうした環境変化は、供給制約を通じて物価上昇圧力を強めるとともに、膨張する財政負担を意識した金利上昇を招きやすい。今回の軍事衝突にしても、中東に資源を依存する国が多いなかで、代替的な調達経路はかつてほど柔軟ではない。原油市場では、西側先進国と東側諸国との間で供給網の分断が進み(栂野[2025])、中東原油の供給が途絶した場合の調整コストは従来以上に大きくなる可能性がある。
さらに、景気が悪化した際の財政政策の有効性にも疑問が残る。政府が関与する経済領域が広がるなかで歳出は膨らんでおり、そこに資源高対策などの追加支出が加われば、国債発行の負担は一段と重くなる。市場が財政規律への疑念を強めれば、金利上昇や通貨下落を通じて、スタグフレーション圧力がかえって強まる可能性も否定できない。
■求められる日本経済の耐性強化
こうした世界経済の体質変化は日本にも当てはまる。人口が減少する日本では、すでに供給制約が強まり、輸入への依存も強めている。これに資源高が加われば、円安ともあいまって、物価上昇圧力は一気に強まる恐れがある。さらに、巨額の政府債務を抱える日本では、財政政策の余力も限られる。平時に財政再建への取り組みを怠れば、その代償は有事に重くのしかかる。
国際秩序が変化する時代において、経済の耐性を高めるカギは、余剰生産力の構築と財政規律の確保にある。日本政府は、政策の軸足を需要刺激から供給力強化へと移す必要がある。エネルギー分野では、再生可能エネルギーや原子力を含めた電源構成の多様化を進め、資源調達のリスクを分散することが不可欠である。
また、財政の面では、中長期的な財政再建の道筋を示し、市場の信認を確保しなければならない。その象徴的な具体策として、政府と与党が連携しつつ、独立財政機関を設置することが考えられる。歳出と歳入の中長期的な見通しを客観的に示し、有事の際の歳出増加にも耐えられる歳出スケジュールを提示することを、中立的な立場から提言する体制を整えるべきであろう。
世界経済が衝撃を吸収しにくい時代に入っている。いま日本に求められるのは、危機に耐えうる経済構造への転換を急ぐことである。
参考文献
栂野裕貴[2025]、「原油市場で進む『東西ブロック化』:需給調整が阻害されれば、原油価格が乱高下するリスク」、日本総合研究所、リサーチ・アイ、No.2025-079.
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