JRIレビュー Vol.9, No.127
わが国におけるイノベーション志向の公共調達の活用促進に向けて
2025年12月02日 野村敦子
公共調達とは、国や地方自治体などの公共機関が、日々の職務遂行に必要なモノやサービスの購入、工事の発注などを行うことをいう。公共調達の仕組みを活用して、国・地方自治体などが革新的な技術やモノ・サービスの「最初の買い手」となることで、イノベーション促進やスタートアップ育成などを図る「イノベーション志向の公共調達(以下、イノベーション調達)」に取り組む動きが世界的に広がりを見せている。イノベーション調達には、公共機関のニーズに応じた革新的な技術の採用と実用化の促進、新たな市場の創出、公共サービスの質の向上や社会的・経済的課題の解決、スタートアップ・中小企業など新たなイノベーションの担い手の育成とオープンイノベーションの促進、などの意義がある。
わが国における公共調達の総額は、国等が約11兆円、地方自治体が約17兆円に上り、その一部をイノベーションを担うスタートアップなどに振り向けることで、経済成長や競争力強化に繋がることが期待される。そこで、国・地方自治体によるスタートアップなどからの公共調達の拡大に向け、様々な施策が講じられている。しかしながら、個々の府省庁・地方自治体の自主的な取り組みに委ねられており、組織間、地域間で差が生じているのが現状である。わが国の場合、調達当局のリスク回避志向や前例踏襲主義が根強いこと、イノベーション促進の観点よりも中小企業支援策の一環として補助金的な性格が強いことなどが課題として指摘できる。
わが国の参考事例として、「2023年調達法」を制定して公共調達の抜本的な改革を進めるイギリス、連邦政府(BMWE)傘下のイノベーション調達専門組織(KOINNO)が総合的な支援を行うドイツ、「革新的製品指定制度」の導入など中小企業支援策からイノベーション志向への転換を進める韓国、という3カ国の動向について整理した。これらの国々の共通点として、①イノベーション調達の包括的な枠組みを明示し、制度化に取り組んでいる点、②イノベーション調達を支援する専門組織を設置している点、③公共調達に従事する人材の能力開発を重視している点、④一元的に情報を収集・提供するプラットフォームを構築している点、が指摘できる。
わが国のイノベーション調達の障壁として、従前より「制度」、「能力」、「意識」の三つの壁が指摘されている。これらに加えて「情報の壁」が存在しており、諸外国の取り組みはこれらの障壁の解消を目的とする。わが国も、諸外国の取り組みを参考に壁の解消に段階的に取り組むとともに、公共部門全体におけるイノベーション調達の統一的な枠組みを整備することが求められる。短期的には「情報の壁」の解消に向けて、一元的な情報プラットフォームを構築し、分断・分散している情報・データの収集と情報アクセスの円滑化、需要側と供給側のマッチングの充実、収集したデータの分析と政策への活用を図ることである。中期的には「能力の壁」の解消に向けて、調達を担当する人材の専門性の強化ならびに能力に見合った評価体系や報酬制度、キャリアパスの用意などに取り組むことである。あわせて、イノベーション調達に従事する需要側・供給側双方への支援体制の強化が求められる。長期的には「制度の壁」の解消に向けて、法的枠組みやプロセスの見直し、審査・評価体制の構築、これらの施策の統括・実施を担う中央機関の設置など、公共調達改革を進め、「意識の壁」の解消を図ることである。公共調達のイノベーション志向への改革は、国際的潮流かつ時代の要請ともいえ、わが国が早急に取り組むべき課題である。
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