コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経済・政策レポート

アジア・マンスリー 2025年11月号

「チャイナショック2.0」と戦略的対応の必要性

2025年10月28日 野木森稔


中国製造業の強みは、今や「安価なモノづくり」ではなく、「先端技術による競争力」という新たなステージに入った。経済安保上のリスクも踏まえ、各国は産業政策などで戦略的な対応が必要になっている。

■「チャイナショック2.0」とは
2025年7月14日付『ニューヨーク・タイムズ』にデヴィッド・オーター教授ら米国経済学者たちによって書かれた記事「We Warned About the First China Shock. The Next One Will Be Worse」では、「チャイナショック2.0」という言葉が使われた。まず、彼らが2016年に示した「チャイナショック1.0」についての内容は、1990~2000年代に安価な中国製品が米国市場に大量に流入し、米国製造業を衰退させ、雇用の大幅な減少をもたらした、というものだった。トランプ大統領が主導するムーブメント“MAGA”(Make America Great Again)は、西部のラストベルト(東部から中西部にまたがる「さびた工業地帯」)と呼ばれる地域の製造業が貿易によって衰退したことを問題視するが、それを裏付ける内容と言える。

ただし、これは中国の低賃金での労働力供給が限界に達すれば、米中間の大きな問題ではなくなるはずであった。実際に、労働集約的な産業はベトナムなど他の新興国に移りつつある。しかし、近年、航空、AI、通信、マイクロプロセッサ、ロボティクス、原子力・核融合、量子計算、バイオ・医薬、太陽光、バッテリーといった、米国が長年リードしてきた分野で中国が主導権を持ち始めている。オーストラリア戦略政策研究所(ASPI)の調査(ASPI’s two-decade Critical Technology Tracker: The rewards of long-term research investment、28 August 2024)によれば、64の先端技術分野の研究ランキングでトップの国は、米国が2019〜23年に7分野(2003〜07年:60分野)に減少した一方、中国は57分野(同:3分野)となった。高付加価値で高賃金の雇用といった経済面だけでなく、地政学や軍事の面に影響するような産業が中国で急成長しているのである。つまり、中国経済の拡大により米国が被る影響が、安価な輸入品による製造業の衰退とそれに伴う雇用の減少である「チャイナショック1.0」から、経済面とともに安全保障や地政学リスクを含む「チャイナショック2.0」に移り変わっている、ということである。

■四つの提案
1990〜2000年代の中国製造業は、多国籍企業の力を借りながら成長したが、今の中国の新たな成長モデルは、政府が産業投資を主導し、イノベーションを支える独自のエコシステムを作り上げていることが特徴である。オーター教授らは、これまで多くの経済学者と同じように、政府介入による産業政策などを否定的にみていた。しかし、今は「そう思わない」とし、中国と同じような産業政策で対抗すべきとしている。そして、トランプ政権のもと、米国では産業保護のため積極的な関税引き上げが行われているが、それだけでは先端技術分野を中心に、製造業にとって米国を魅力的な場所にはできないとし、代替策として、以下の四つを提案している。

まず第1に、対外連携の強化であり、その中身は二つに分かれている。一つは、同様の問題に直面するEUや日本などに対して関税を課すのではなく、貿易協定などを結ぶことで協調すべきというものである。もう一つは、中国企業の投資を積極的に米国へ誘致すべきというものである。対立する競争相手を招き入れることには批判もあるが、全て排除すれば国内産業の競争力が低下することを強調している。国家安全保障上の問題をもたらす分野を除き、中国企業を受け入れ、そこから技術面のキャッチアップを図っていく必要があるとした。

第2に、国家主導での投資を積極化することである。とくに重要技術には政府がリスクをとって投資し、中国と同じように新産業創出を促すよう動くべきとしている。コロナ禍でワクチン開発の際に米国政府が強力に推進した「ワープスピード作戦」を一つの例に挙げている。さらに独立した戦略的投資機関(FRBのような位置付けだが、金利ではなくイノベーションを所管)の設立も提唱している。

第3に、政策の継続性の重視である。トランプ政権によって、バイデン前政権が手掛けた多国間協力や環境重視の政策が大きく変更された。重要な政策が継続的に実行されないことは問題であり、半導体やレアアースへの長期的投資が阻害されないようすべきとしている。

最後に、雇用喪失による影響拡大の防止を挙げている。AIの普及など中国要因以外にも産業構造の変化、およびそれに伴う労働市場の変化は、常に生じるリスクがある。雇用の喪失は、経済だけでなく政治の混乱にもつながることから、労働市場のセーフティネット整備は重要であるとしている。政府主導で新産業を育てることも、その整備に貢献するとして推奨している。

■米国IRAは戦略的対応の先行事例に
米国では、上記の提案に沿う政策がすでに一部で実施されていた。2022年8月にバイデン政権下で発動したインフレ抑制法(IRA)は、環境関連製造品を中心に、国内製造を政府主導で強力に推進する戦略的な政策となっていた。とくに、太陽光モジュールについては、2023年以降、出荷量が大きく増える一方で輸入比率は下がっているなど、IRAによる支援のもとで国内生産の拡大に成功した一例である。なお、この成功に貢献した企業の多くは、中国企業の出資を受けた太陽光パネルメーカーであった。オーター教授らが示すように、技術で先行する中国企業の投資も受け入れることで政策目標を達成したことは注目に値する。オーター教授らの第1および第2の提案が実行された結果、IRAは国内製造業の拡大に寄与したと評価できる。もっとも、周知のとおり、トランプ政権により第3の提案は実質的に反故にされたことで、その効果は大きく損なわれていると見込まれる。

わが国でも、半導体を中心に国家主導の投資や重要鉱物などでの多国間協力の動きがあり、オーター教授らが提案するような戦略的対応が進んでいる。しかし、半導体などへの長期的な政策支援策に対し、政権交代や政策転換の影響を受けないようにするためには、政策継続性を担保する法整備なども進めていく必要があろう。また、中国企業からの投資に関して、国家安全保障上のリスクを適切に管理したうえで誘致を促進する、といった受入環境の整備も重要と考えられる。


(全文は上部の「PDFダウンロード」ボタンからご覧いただけます)
経済・政策レポート
経済・政策レポート一覧

テーマ別

経済分析・政策提言

景気・相場展望

論文

スペシャルコラム

YouTube

調査部X(旧Twitter)

経済・政策情報
メールマガジン

レポートに関する
お問い合わせ