オピニオン
カレンダーから考えるインクルーシブなデジタル活用
2025年10月15日 大原慶久
10月10日は台湾の祝日である双十節で、辛亥革命を記念して広く祝われている。台湾の文化には春節や端午節、中秋節の三大節句が存在し、これらは日本の五節句と同様に伝統的な行事として親しまれている。一方、我々が日常的に利用するスマートフォンやPCのカレンダーは基本的にグレゴリオ暦を基礎としており、週の始まりは、多くの場合日曜日となっている。このような設定は主にキリスト教文化圏を背景にしているためである。一方で、国際標準規格であるISO 8601では週の始まりを月曜日と定めているなど、カレンダーの週始まりに関しては国や地域によって異なる取り扱いが見られる。さらに、六曜のような日本独自の暦注がカレンダーに記載される例もあり、これらの差異は地域性や慣習が強く影響していることを示している。つまり、カレンダーの表示や週の始まりの曜日の設定は、標準化の試みがある一方で、文化的背景や日常生活の慣習により大きく揺らぎがあるのが現状である。
こうした多様な暦のあり方は、利用者がそれぞれの文化や慣習に即した使い方をできるように柔軟性を持たせることの必要性を示している。私自身は週の始まりを月曜日にし、祝日が表示されることを好むが、デフォルト設定を好む人や六曜を表示させたい人もいるだろう。こうした多様な好みに対応するため、ユーザーが自由に設定変更できる機能を設計段階で備えることや定期的な機能見直しが重要である。すべてのユーザーニーズを初期設定で完全に満たすことは現実的ではない。それゆえ、設計に必ず一定のカスタマイズ余地を残しておくことが、多様な利用者の期待に応える1つの方法と言える。こうした柔軟性と機能の変更可能性を盛り込んだカレンダー構造は、実用性や利便性を高めるだけでなく、「誰一人取り残さない」インクルーシブなデジタル社会のあり方を示している。
とはいえ、多様なニーズにやみくもに応えすぎてしまうと、機能や運用が複雑化し、結果として不具合やトラブルが多発したり、保守・運営コストが増大したりといった新たな課題にも直面することになる。また、現場や多様なユーザー属性の意見を十分に吸い上げないまま「柔軟な設定」だけを増やすと、結局は「設定できるのに難しすぎて使いこなせない」「利用者ごとの実務負担だけが増える」といった逆効果にもなりかねない。したがって、本当に意味のある柔軟性を実現するには、ユーザーの困りごとの原因を1点1点明らかにしつつ、現実的に対応可能な中で必要性に応じて優先順位をつけて対応することが必要だ。具体的には設計段階から現場や多様なユーザー層の声を積極的に組み込み、サービス開始後もデータ分析や要望の確認を継続的に実施する体制が重要となる。サービスのアクセシビリティやオプションの提供にあたっては、「一部の上級者だけが使える便利機能」になるのを防ぐために、案内ガイドやサポート窓口を充実させるとともに、ユーザーの分布に応じた標準設定の見直しも必要だ。さらに、システムやサービスのライフサイクルに沿った「定期レビュー」の仕組みも必須となる。技術進展や法制度、あるいはユーザー属性が変化してもサービスが形骸化せず、「柔軟性」と「使いやすさ」が両立できるような持続的な運用体制が求められる。
機能提供側は常に大半のユーザーニーズを満たしていても、完璧ではないと認識した上で、ユーザーの意見を聞く姿勢を維持する必要がある。一方、ユーザー側も高度な技術知識までは必要なくとも、自身の慣習や業務に即した設定がどう可能か、またシステムのどこに難しさがあるかを誠実に表現して供給側にフィードバックする姿勢が重要だ。デジタル化が進む時代にあって、「画一的なデジタルの押し付け」が現場の自由や多様性を奪う不幸を生まないためにも、供給側と利用側の継続的な努力と対話こそが不可欠だと強く感じる。
本コラムは「創発 Mail Magazine」で配信したものです。メルマガの登録はこちらから 創発 Mail Magazine
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。