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薬局薬剤師・保険薬局の価値向上に向けた提言 -インフレ環境下での持続可能な薬局経営と在宅医療強化に向けて
2025年08月29日 持続可能で質の高い医療提供体制構築に向けた研究チーム、川舟広徒
提言資料(本体)

提言資料(概要版)

1.背景と目的
「持続可能で質の高い医療提供体制構築に向けた研究チーム」(以下「本チーム」)では、国民の一生涯の健康を地域における多職種連携で診るプライマリ・ケアチーム体制整備を提言してきた。特にプライマリ・ケアチームを支える薬局薬剤師や保険薬局に着目し、3度にわたる提言*1 *2 *3を公表している。
本チームでは、2024年9月以降、下記2つの調査研究に取り組み、さらなる薬局薬剤師や保険薬局の価値向上の可能性について検討を行ってきた。
・テーマA:地域や地域住民の医療や健康増進により一層寄与し、かつインフレ下においても持続可能で国民や患者視点で合理的で納得感ある制度、調剤報酬体系の構築に向けた検証と提言を目的とした研究
・テーマB:在宅業務の内容や負担、作業時間(疾患別の状況)、薬局収支への影響について実態を調査研究し、持続可能な制度や調剤報酬体系の構築に向けた検証と提言を目的とした研究
本稿では、デスクトップ調査、アンケート調査、有識者研究会における議論を踏まえ、薬局薬剤師・保険薬局の価値向上に向けた5つの提言を公表する。
[提言①] 認定薬局の価値と認知向上
[提言②] 薬局の経営基盤強化
[提言③] メリハリをつけた調剤報酬体系と業務効率化推進
[提言④] 在宅医療体制の充実に向けた制度強化
[提言⑤] 在宅医療体制の充実に向けた薬剤師のメンタルヘルス支援強化
2. 提言策定の手法
(1)デスクトップ調査
国内外の文献・記事調査により、以下の仮説を得ることを目的にデスクトップ調査を実施した。
・テーマA:インフレ下におけるコスト増や賃上げ実態、調剤報酬体系モデルの分析を通じて、物価上昇が薬局経営に与える影響要因を検討する
・テーマB:我が国の在宅業務の業務負担・収益状況等の事例や既往研究の検証により、在宅医療における薬局の経営課題と効率化方策を検討する
(2)アンケート調査
デスクトップ調査を踏まえ、以下を把握することを目的とするアンケート調査を実施した。
・テーマA:認定薬局のインフレ下におけるコスト増や、賃上げ実態等の現状と対応策を把握する(倫理審査:一般社団法人日本薬局学会倫理審査委員会 受付番号 24017)
・テーマB:地域連携薬局に所属する薬剤師の在宅業務の業務内容や業務負荷等の実態と課題を把握する(倫理審査:一般社団法人日本薬局学会倫理審査委員会 受付番号 25008)
2つのアンケート調査結果については、以下にて公表しているので参照されたい。
・テーマA:株式会社日本総合研究所「インフレ下における認定薬局の実態に関する大規模調査結果」(2025年5月12日)*4
・テーマB:株式会社日本総合研究所「薬剤師の個人宅向け在宅業務実態に関する大規模調査結果」(2025年8月19日)*5
(3)有識者研究会における議論
有識者(アカデミア、薬局薬剤師、医師等)9名が委員を務める「薬局価値向上研究会」を組成し、ABの調査研究に関する議論・検討を2025年8月4日(月) 16:00~18:00に実施した。また、提言内容の妥当性、実現可能性への助言を受けた。
「薬局価値向上研究会」の委員は以下の通り。
〇委員長 | |
大阪医科薬科大学 薬学部 社会薬学・薬局管理学研究室 教授 | 恩田 光子 様 |
〇委員 | |
明治薬科大学 公衆衛生・疫学研究室 教授 | 赤沢 学 様 |
和歌山県立医科大学 薬学部 社会・薬局薬学 教授 | 岡田 浩 様 |
さくら薬局グループ クラフト株式会社 教育研修部 課長 | 緒方 直美 様 |
昭和薬科大学 社会薬学研究室 研究員 | 串田 一樹 様 |
総合メディカル株式会社 執行役員 ヘルスケアイノベーション本部長 ヘルスケア人財開発部長 | 下川 友香理 様 |
株式会社日本総合研究所 調査部 主任研究員 | 成瀬 道紀 |
一般社団法人 日本プライマリ・ケア連合学会 副理事長/社会医療 法人清風会 奈義・湯郷・津山ファミリークリニック 所長 医師 | 松下 明 様 |
株式会社ファーマシィ 薬局本部 薬局2部 部長 | 山下 貴弘 様 |
3.本提言の概要
[提言①] 認定薬局の価値と認知向上
認定薬局を核とした地域内薬局連携の促進と在宅医療対応計画の最適化による薬局価値の最大化
薬剤師は、不慣れで高い専門性を要求される業務や予測がつかない業務に対して精神的負荷を感じていると考えられる。今後ますます増加する在宅訪問件数に対応するため、地域の薬局等が連携した上で、在宅のニーズや地域医療のリソースを細かく把握することが重要である。その上で在宅対応計画を策定し、実行することで、負荷の分散や効率的なリソース配置を実現できると考える。
さらに、認定薬局制度を活用し、自治体や地域薬剤師会等が、認定薬局に在宅業務を斡旋する仕組みを導入することも、効率的な在宅業務の推進に有効である。これにより、認定薬局が地域内で価値ある存在となり、多様な在宅ニーズに対応できるようになると考える。
精神的負荷への対応策として、地域内に相談窓口を設置し、やむを得ない場合には、専門性が高い業務に対する助言を受けられることも有効である。相談窓口は、地域で中核となる認定薬局が担うのが有用である。
薬局・認定薬局の認知拡大に向けた啓発活動推進
薬局・認定薬局が地域医療において果たす重要な役割を広く理解してもらうため、啓発活動を強化することが重要である。これには、医療機関との連携や患者サポートの重要性を分かりやすく伝えるための短時間動画や教材の制作が含まれる。これらのコンテンツは、薬局や役所、イベントなどで配信・発信し、活動内容を広く周知することが有用である。さらに、SNSやインフルエンサーマーケティングなど、多様なメディアでの配信も検討すべきである。
これらの活動は、業界団体等が主導的に行うことが効果的である。また、必要に応じて行政の予算を活用することで、より持続的かつ効果的な啓発活動が期待される。
[提言②] 薬局の経営基盤強化
収益構造の多様化による経営基盤強化
調剤報酬による収益に限ることなく、健康サポート機能の強化、健康相談事業、介護・福祉事業との連携、オンライン薬局サービスの展開など、新たな保険外の収益源を開拓することが重要である。これにより、薬局は持続可能な経営基盤を構築し、経済的な安定性を確保できる。この取り組みには、企業単独の努力だけでなく、業界団体が厚生労働省や経済産業省と連携し、具体的なサービスの開発・拡充やその有効性・安全性に対するエビデンス構築を行うことが期待される。
さらに、企業の法定外福利厚生費や健康保険組合の保健事業費、保健事業助成制度、各種税制優遇措置等を活用することで、従業員やその家族にサービスを届ける新しいBtoBtoCの事業モデルを構築し、企業全体の健康管理を戦略的に支援するといった、更なる成長機会の確立に挑戦することも重要である。
薬局と自治体との連携強化
これらの新たな取り組みの中で、予防医療・健康増進や在宅医療連携といった分野では、自治体と連携が有用である。自治体は地域の健康課題や医療ニーズを最もよく理解しており、地域住民への健康管理や医療サービスの調整役としての役割を果たしている。また、地域保健活動や健康教育などの啓発活動や、予防接種や特定保健指導などの公衆衛生的介入を既に提供しており、薬局がこれらの活動と連携することで、地域住民への効果的で統合的な健康増進策を展開することが可能となる。
特に、認定薬局(地域連携薬局や、健康増進支援薬局*6)であれば、自治体連携事業等への取り組みを促進するインセンティブ(認定薬局との積極的な連携、自治体による一部費用負担等)を設計することが、効果的で統合的な健康増進策の実施を加速させると考える。
[提言③] メリハリをつけた調剤報酬体系と業務効率化推進
物価変動に対応した診療報酬改定の実現
国は、薬局の経営実態を踏まえ、適正な診療報酬水準を設定する必要がある。具体的には、物価上昇率に連動した診療報酬改定率の設定や、インフレ率を考慮した調剤基本料の引き上げを検討すべきである。
さらに財源の限界を考慮した上で、中長期的には、薬局が提供する機能や価値に応じたメリハリをつけた報酬体系(例えば、価値が高い業務の報酬を高くし、低い業務の報酬を低くする)が必要である。
薬局の持続可能な運営に向けた業務効率化の推進
限られた財源の中でメリハリをつけた報酬体系を目指すと同時に、業務効率化の推進も不可欠である。薬局の持続可能な運営に向けて、より一層、外来業務の効率化を推進することが重要であり、薬局自身がプロセス最適化(例:調剤動線の再設計)やリソース最適化(例:一包化などの調剤関連業務外部委託、来局実績の可視化・分析によるシフト適正化)、自動化推進(例:調剤ロボット導入、在庫管理システムによる発注予測・自動発注)の取り組みを進めるべきである。これに加え、業界団体による標準化・普及活動や、行政による制度・財政支援が一体となって進められることが期待される。
また、薬局独自の工夫に加え、箱出し調剤*7や電子処方箋*8・リフィル処方箋*9の医療機関を含めた普及推進等を通じて、すべての薬局における業務効率化を制度面から支援できると考える。
[提言④] 在宅医療体制の充実に向けた制度強化
在宅業務における調剤報酬のさらなる評価拡大
在宅業務の赤字状況を改善するため、短期的には負担に応じて在宅患者訪問薬剤管理指導料や在宅薬学総合体制加算の評価を見直すことが有用である。特に、業務負荷が高い、がん、腎不全、小児疾患などの患者や重度の要介護者に対する評価額を拡充することが求められる。さらに、認定薬局等が急遽他薬局の在宅業務を担う場合には、支援する認定薬局等が適切に評価される制度設計が望ましい。
また、在宅業務がその報酬単体で必要な費用をカバーできるよう、機能や価値に応じた報酬体系を構築することが望ましい。
これらの高負荷業務に見合う報酬評価により、薬剤師の負荷軽減による離職・離脱防止と在宅業務への参入継続意欲の向上が期待される。
在宅療養支援を専門とする薬局機能強化の議論
今後ますます増加する在宅訪問件数に対応し、在宅医療の質向上と地域医療体制基盤強化を図るため、中長期的視点を踏まえ、在宅療養支援を専門とする薬局を認めることも選択肢に据えた議論を開始すべきである。
具体的には、現行では推奨・加算対象にとどまる24時間・365日のオンコール体制整備や重症患者対応などの高負荷業務への役割を明文化し、外来業務と在宅業務の兼務を前提とする制度要件を緩和した上で、在宅療養支援業務に専念できる報酬体系の導入を含めた検討を進める必要がある。
[提言⑤] 在宅医療体制の充実に向けた薬剤師のメンタルヘルス支援強化
薬剤師認定研修における予防的メンタルヘルス強化プログラムの導入
在宅療養支援認定薬剤師やがん専門薬剤師/がん薬物療法認定薬剤師等の取得・更新研修において、薬剤師の自己マネジメント力とストレス耐性を事前強化するため、新たにメンタルヘルスケア講義、ストレスマネジメント演習、効果検証からなるプログラムを導入することが有効である。これにより、薬剤師が在宅業務から離脱・離職することを防ぎ、在宅医療への参画意欲を高める効果が期待される。また、業界団体などが同様のプログラムを提供することで、より多くの薬剤師が参加し、業界全体のメンタルヘルスが向上することが期待される。この際、講師やファシリテーターとして、精神科医や公認心理師などのメンタルヘルス専門家、認定薬局に所属する経験豊富な先輩薬剤師を招くことが望ましい。
企業・団体による薬剤師メンタル不調早期検知・支援体制の構築
薬剤師にメンタルケアが必要になった場合に備え、薬局や地域薬剤師会は、薬剤師のメンタル不調の早期兆候を把握する体制と支援サービスを整備・拡充する必要がある。具体的には、定期的なストレスチェックやセルフケア研修を通じて心理的負荷の指標をモニタリングし、異変が認められた場合は速やかに社内EAP*10や産業保健スタッフによる面談を実施することや、相談窓口(社内外問わず)および専門医療機関への紹介ルートをあらかじめ整備・周知し、必要時には速やかに専門家受診を促進することが有効である。
*1:株式会社日本総合研究所「薬局薬剤師・保険薬局の価値向上に向けた提言」(2023年3月30日)(2025年8月25日参照)
*2:株式会社日本総合研究所「薬局薬剤師・保険薬局の価値向上に向けた提言 -保険薬局の役割に関する大規模調査・認定薬局調査を踏まえて-」(2023年10月5日)(2025年8月25日参照)
*3: 株式会社日本総合研究所「薬局薬剤師・保険薬局の価値向上に向けた提言 -在宅医療・緩和ケア、医療的ケア児への対応促進、保険外業務含めた薬局機能強化について-」(2024年3月29日)(2025年8月25日参照)
*4: 株式会社日本総合研究所「インフレ下における認定薬局の実態に関する大規模調査結果」(2025年5月12日)(2025年8月25日参照)
*5: 株式会社日本総合研究所「薬剤師の個人宅向け在宅業務実態に関する大規模調査結果」(2025年8月19日)(2025年8月25日参照)
*6:2025年の薬機法改正で、届出制の「健康サポート薬局」を都道府県知事認定制に移行した認定薬局で、地域住民の主体的な健康維持・増進を支援する
*7:薬をメーカー包装のまま患者に提供する調剤方法。欧州等では一般的だが、日本では計数調剤(錠剤・カプセル剤を個数単位で調剤する方式)が主流
*8:紙ではなく電子データで発行・管理される処方箋。2025年3月までに概ね全医療機関・薬局に普及させるとしていた政府目標に対し、厚生労働省の報告では2025年5月時点の普及状況は薬局が約8割に対し、医療機関は約1割に留まる
*9:症状が安定している患者が最大3回まで繰り返し利用できる処方箋。2022年4月に制度化されたが、中央社会保険医療協議会の報告では2024年7月時点でのリフィル処方箋発行割合は0.07%とされる
*10: Employee Assistance Program(従業員支援プログラム)の略。企業が従業員や家族向けに提供するメンタルヘルスなどの支援サービス
<本報告の帰属>
本報告は、株式会社日本総合研究所「持続可能で質の高い医療提供体制構築に向けた研究チーム」が公正・公平な視点を心がけ、国民や医療従事者の視点から中長期的な社会貢献を目指して作成したものである。一般社団法人日本保険薬局協会の資金提供による調査研究の成果として提示するが、その内容は研究チームが独立した立場で自主性をもってまとめたものである。
<持続可能で質の高い医療提供体制構築に向けた研究チーム>
本報告取りまとめ リサーチ・コンサルティング部門 マネジャー 川舟 広徒
社内アドバイザー 調査部 主任研究員 成瀬 道紀
社内アドバイザー リサーチ・コンサルティング部門 シニアマネジャー 川崎 真規
社内メンバー リサーチ・コンサルティング部門 マネジャー ⼩倉 周⼈ シニアコンサルタント 志崎 拓八
<本件に関するお問い合わせ>
マネジャー 川舟 広徒
E-mail: kawafune.hiroto@jri.co.jp
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。