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薬剤師の個人宅向け在宅業務実態に関する大規模調査結果

2025年08月18日 持続可能で質の高い医療提供体制構築に向けた研究チーム、川舟広徒


薬剤師の個人宅向け在宅業務実態に関する大規模調査結果

1.背景と目的
 「持続可能で質の高い医療提供体制構築に向けた研究チーム」では、国民の一生涯の健康を地域における多職種連携で診るプライマリ・ケアチーム体制整備を提言してきた。特にプライマリ・ケアチームを支える薬局薬剤師や保険薬局に着目し、3度にわたる提言*1 *2 *3 や、インフレーションが薬局運営の持続可能性に与える影響に関する調査・分析結果を公表している*4

 本報告では、個人宅向け在宅業務の負荷や、在宅業務における効率を高めるための工夫・課題などについて実施した調査・分析結果を報告する。
 令和6年度調剤報酬改定では、在宅医療に対する評価が大幅に見直され、薬局の在宅業務推進が政策的に強化されている。従来の在宅患者調剤加算(15点)が廃止され、新たに在宅薬学総合体制加算1(15点)および在宅薬学総合体制加算2(50点)や、在宅移行初期管理料(230点)が新設された*5。これらの調剤報酬改定は、地域包括ケアシステムにおける薬剤師の役割拡大を背景としており、特に在宅医療の促進に向けた薬剤師の果たすべき役割の拡大に対する期待の高まりを表していると言える。一方で、厚生労働省保険局医療課の安川孝志薬剤管理官(当時)は「調剤報酬の中で在宅にどこまで費用投入するかが今後の課題」と指摘*6し、外来と在宅の技術料バランスが重要な検討事項となっている。
 在宅業務の負担に関する既往研究を参照すると、多職種とのコミュニケーションや終末期ケア、特定疾患(腎不全、認知症、パーキンソン病)のケアに関する業務負荷が大きい傾向にあると報告されている*7-14。また、薬局薬剤師の在宅業務において、施設在宅と比較すると、個人宅は滞在時間が長く、環境配慮や認知症対応等で業務が複雑化し、報酬に見合わない負担増が問題視されている*8。ただし、これらは令和4年の報告が最新であり、令和6年度調剤報酬改定を踏まえた実態は明らかとなっていない。

 このような背景から、本調査研究では、在宅医療等の専門的な対応が期待される「地域連携薬局」を対象としたアンケート調査により、個人宅向け在宅業務の負荷や、在宅業務における効率を高めるための工夫・課題などについて調査・分析した。今後、本調査・分析を踏まえ、薬局薬剤師および保険薬局がさらなる価値提供を行えるようにするための提言等 を令和7年度上期 に公表する予定である。
 本報告では、本調査研究で実施した地域連携薬局向けアンケート調査結果を報告する。

2. 調査検討の手法
(1)地域連携薬局に対する大規模調査
 薬局薬剤師が個人宅向け在宅業務に要する業務負荷(時間的負荷と精神的負荷)を把握することを目的に、地域連携薬局に対してアンケート調査を実施した。手法の詳細は別添資料2ページを参照いただきたい。
(倫理審査:一般社団法人日本薬局学会倫理審査委員会 受付番号 25008)

(2)有識者研究会における議論
 有識者(アカデミア、薬局薬剤師、医師等)9名が委員を務める「薬局価値向上研究会」を組成し、「地域連携薬局に対する大規模調査」の実施方針や調査項目等に関する議論・検討を2024年11月15日(金) 12:00~14:00、および2025年1月15日(水) 13:00~15:00の2回にわたり実施した。
 「薬局価値向上研究会」の委員は以下の通り(委員は氏名の五十音順で掲載)。

 〇委員長
 大阪医科薬科大学 薬学部 社会薬学・薬局管理学研究室 教授 恩田 光子 様
 〇委員
 明治薬科大学 公衆衛生・疫学研究室 教授 赤沢 学 様
 和歌山県立医科大学 薬学部 社会・薬局薬学 教授 岡田 浩 様
 さくら薬局グループ クラフト株式会社 教育研修部 課長 緒方 直美 様
 昭和薬科大学 社会薬学研究室 研究員 串田 一樹 様
 総合メディカル株式会社 執行役員 ヘルスケアイノベーション本部長
 ヘルスケア人財開発部長
 下川 友香理 様
 株式会社日本総合研究所 調査部 主任研究員 成瀬 道紀
 一般社団法人 日本プライマリ・ケア連合学会 副理事長/社会医療
 法人清風会 奈義・湯郷・津山ファミリークリニック 所長 医師
 松下 明 様
 株式会社ファーマシィ 薬局本部 薬局2部 部長 山下 貴弘 様


3.地域連携薬局に対する大規模調査の結果と分析
 大規模調査の結果、多くの薬剤師が指導料を算定できない個人宅訪問を経験していること、1件の訪問に対し平均98分の作業時間を要することが明らかとなり、経済的に赤字が生じていることが判明した。また、終末期ケアへの対応や緊急時対応のための待機などに大きな精神的負荷を感じていることが明らかになった。
 大規模調査の詳細な結果については、別添資料を参照いただきたい。

指導料を算定できていない訪問
 2025年5月に、指導料を算定できていない個人宅訪問を経験した薬剤師は30.0%存在し、指導料を算定できていない訪問は全体の5.0%を占める。その主要因として、「月4回の上限のために指導料を算定できなかったケース」、「祝日等の関係で、中6日以上空けられず算定できなかったケース」があげられた。

時間的負荷とその要因
 個人宅訪問1件当たり、平均98分の作業時間を要している。また、特に終末期患者(117分)や、がん(106分)・腎不全(106分)・小児疾患(106分)の患者、重度の要介護者(106分)の訪問に対し、特に長い作業時間を要している。

個人宅向け在宅業務における収益状況
 個人宅向け在宅業務で得る調剤報酬は1訪問当たり5,815円(調剤に関する収益除く)、薬剤師1人・1時間の業務に対する収益に換算すると4,715円である。これは、医療経済実態調査*15で報告される薬局の年間給与費(薬剤師1人・1時間換算)を下回り、また、給与費以外に様々な費用が発生していることを踏まえると、在宅業務では大きな赤字が生じていることが明らかになった。

精神的負荷とその要因
 緊急時対応等に備えるための待機や時間外・臨時対応、終末期ケアにおけるPCAポンプ*16の利用やPCAポンプ利用に伴う説明・多職種連携や療養環境管理に、薬剤師は精神的負荷が大きいと感じていることがあげられた。

認知症・認知症相当患者への対応における業務負荷
 平均的な認知症患者に対する時間的負荷は86分であったが、「精神的負荷を感じる認知症患者」に着目すると1訪問当たり128分の時間を要している。これは、時間的負荷が大きいと分析した終末期の患者(117分)や、がん患者(106分)などと比較しても、さらに時間的負荷が大きい。そのため、認知症患者の在宅対応において、時間的負荷・精神的負荷が極めて大きな患者が存在している可能性が示唆された。

非効率な業務、工夫や今後の課題
 患者の個人宅往訪のための移動時間や訪問時の待ち時間、報告書作成・送付に非効率を感じる薬剤師が多い。また、効率化を図るために、訪問ルートの工夫、訪問先への事前連絡、予製等の訪問前準備などを行う一方で、緊急時や時間外対応における人員確保や、他職種との連携・情報共有に課題を感じる薬剤師が多い。


*1:株式会社日本総合研究所「薬局薬剤師・保険薬局の価値向上に向けた提言」(2023年3月30日)(2025年8月6日参照)
*2:株式会社日本総合研究所「薬局薬剤師・保険薬局の価値向上に向けた提言 -保険薬局の役割に関する大規模調査・認定薬局調査を踏まえて-」(2023年10月5日)(2025年8月6日参照)
*3: 株式会社日本総合研究所「薬局薬剤師・保険薬局の価値向上に向けた提言 -在宅医療・緩和ケア、医療的ケア児への対応促進、保険外業務含めた薬局機能強化について-」(2024年3月29日)(2025年8月6日参照)
*4: 株式会社日本総合研究所「インフレ下における認定薬局の実態に関する大規模調査結果」(2025年5月12日)(2025年8月6日参照)
*5:厚生労働省「令和6年度診療報酬改定の概要【調剤】(2024年3月5日)(2025年8月6日参照)
*6:薬事日報「【厚労省・安川薬剤管理官】調剤報酬の在宅評価課題‐「漫然算定では適正化に進む」」(2024年3月18日)
*7:木島愛海, et al. "在宅医療における薬剤師のストレッサーの探求 (第2報)." 薬局薬学 14.2 (2022): 127-136.
*8:市橋菜月, et al. "在宅医療における薬剤師の業務負担に寄与する因子―決定木分析による検討―." 医療薬学 47.12 (2021): 688-700.
*9:角明香里, et al. "在宅医療での薬剤師の業務を評価する在宅薬学管理評価基準票の開発および現状調査." 薬局薬学 13.2 (2021): 126-137.
*10:淺野七海, et al. "在宅医療における薬剤師のストレッサーの探求." 薬局薬学 14.1 (2022): 61-69.
*11:鈴木彩夏, 半谷眞七子, and 亀井浩行. "薬剤師の在宅医療でのかかわり方および多職種連携の現状と課題に関する質的研究." 医療薬学 45.12 (2019): 688-697.
*12:恩田光子, et al. "薬剤師による在宅患者訪問に係る業務量と薬物治療アウトカムの関連." YAKUGAKU ZASSHI 135.3 (2015): 519-527.
*13:伊勢雄也, and 片山志郎. "がん治療と緩和ケア (1): 在宅緩和医療の推進に障壁となっていることは?~ 薬剤師の視点から~." 日本医科大学医学会雑誌 7.4 (2011): 156-161.
*14:小武家優子, et al. "在宅訪問薬剤管理指導業務の費用に関する研究." 第一薬科大学研究年報 29 (2013): 1-7.
*15:厚生労働省「第24回医療経済実態調査(2023年11月)(2025年8月6日参照)より、令和4年(度)のデータを参照
*16:患者が痛みを感じた際に、自身でボタンを押して適切な量の鎮痛薬を追加投与できる医療機器。PCAは、Patient-Controlled Analgesia(患者自己調節鎮痛法)の略

<本報告の帰属>
 本報告は、株式会社日本総合研究所「持続可能で質の高い医療提供体制構築に向けた研究チーム」が公正・公平な視点を心がけ、国民や医療従事者の視点から中長期的な社会貢献を目指して作成したものである。一般社団法人日本保険薬局協会の資金提供による調査研究の成果として提示するが、その内容は研究チームが独立した立場で自主性をもってまとめたものである。

<持続可能で質の高い医療提供体制構築に向けた研究チーム>
本報告取りまとめ リサーチ・コンサルティング部門 マネジャー 川舟 広徒
社内アドバイザー 調査部 主任研究員 成瀬 道紀
社内アドバイザー リサーチ・コンサルティング部門 シニアマネジャー 川崎 真規
社内メンバー リサーチ・コンサルティング部門 ⼩倉 周⼈ 志崎 拓八

<本件に関するお問い合わせ>
マネジャー 川舟 広徒
E-mail: kawafune.hiroto@jri.co.jp

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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