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アジア・マンスリー 2025年7月号

トランプ関税でアジア景気は減速へ

2025年06月26日 細井友洋


トランプ関税の影響本格化により、アジア経済は外需依存度の高い国・地域を中心に減速する見通しである。さらに、相互関税の上乗せ分が発動することで景気が大幅悪化するリスクにも警戒が必要である。

1.2025年の景気は年後半から減速
(1)年前半は輸出が景気をけん引
アジア景気は持ち直している。2025年1~3月期の実質GDP成長率は、各国・地域の加重平均値で前年同期比+5.5%と、コロナ禍以降(2022~24年)の同+5.1%を上回った。総じて、トランプ関税発動前の駆け込み需要により、米国向けの輸出が大幅に増加した。中国については、耐久消費財の買い替えや設備の更新を支援する政府補助金の強化が奏功し、内需も持ち直し基調で推移した。

4月以降も、アジア景気は外需主導で持ち直しが続いている。米国の相互関税上乗せ分の発動が90日間停止されたことにより、台湾やASEANから米国への駆け込み輸出が継続していること、それに伴って中国からそれら地域への原材料・部品の輸出が増加していることが主な要因である。

(2)先行きはトランプ関税の影響で減速
先行きについては、トランプ関税の影響本格化による外需の悪化で、アジア全体の景気は減速する見通しである。相互関税の上乗せ分は引き続き発動しないと予想されるものの、10%の基本税率の影響が駆け込み需要の反動を伴って顕在化すると考えられる。また、個別品目関税について、すでに引き上げが実行された鉄鋼、アルミニウム、自動車に加えて、今後、半導体、医薬品、銅、木材、航空機、スマートフォンにも25%の関税が賦課されることで、アジア各国の対米輸出は大きな下押し圧力を受ける見込みである。さらに、貿易戦争の激化による米中経済の減速も、世界的な外需の減速をもたらすと思われる。

ただし、これらが経済に及ぼす影響の大きさについては、各国・地域の経済構造に応じて差異が生じる見込みである。以下、その3要因を詳しく見る。

第1に、外需依存度の違いである。GDPに占める輸出の割合の大きい国・地域では、外需の悪化が経済全体の減速に直結する可能性が高い。とくに、自動車、半導体など、主力輸出品に高い税率が課される韓国、マレーシア、台湾では、関税による輸出減少が経済全体に及ぼす影響が大きくなる。対照的に、内需主導型のインド、インドネシア、フィリピンにおいては、影響は限定的となる見込みである。

第2に、財政・金融政策による景気下支え余力の違いである。財政政策については、大半の国・地域でコロナ禍対応のために政府債務が大幅に拡大しており、さらなる財政拡大の余地は小さい。ただし、ベトナムと台湾については、コロナ禍以降の高い経済成長により財政健全化が進んでおり、財政拡張による景気の下支えが一定程度可能であると見込まれる。

金融政策については、いずれの国・地域も足元のインフレ率が中央銀行の目標と同程度または下回る状況にあり、利下げによって消費と投資を下支えすることが可能と考えられる。すでに、2月以降3会合連続で利下げを実施したインドをはじめとして、アジアにおける9の中央銀行のうち6行が4月以降利下げを実施した。市場では、先行きも経済の減速に対応したアジアでの利下げ進行が見込まれている。もっとも、インドネシアについては、さらなる通貨安による金融不安定化のリスクが懸念されるため、利下げの余地は限られる見込みである。

第3に、代替輸出・生産移転を取り込むポテンシャルの違いである。①関税により中国が米国市場で価格競争力を喪失する品目、②サプライチェーンにおける中国集中リスクの高い品目については、中国の米国向け輸出の代替や中国からの生産移転が発生し、アジアの一部はその恩恵を受ける見込みである。以下、詳細を確認する。

①について、米国輸出市場において中国が他国に比して価格競争力を有する品目の割合(輸出額ベース)を見ると、関税引き上げ前の2024年時点では約8割であったが、本年5月の米中関税合意後の足元の関税率(30%)を前提にすると、この割合は6割に低下する。とくに、中国の対米輸出額上位を占めるスマートフォンや玩具(三輪車)の価格が割高になった影響が大きい。また、繊維、プラスチック製品、靴などの製品についても関税によって中国と他国の価格差が縮小しており、価格面での優位性をほぼ失いつつある。このため、これら製品は、中国に次いで大きなシェアを有するベトナムやインドが、中国に代わり米国への輸出を増加させる可能性が大きい。

②については、中国の対米輸出額の大きな品目のうち、中国が高いシェアを有する品目について、グローバル企業が中国に生産拠点を集中させるリスクを忌避し、中国からその他アジアに生産移転を行うと見込まれる。中国の対米輸出上位20品目のうち、シェアが5割を超える品目は12品目存在する。今後、そのすべての品目でシェアが上位に入るベトナム、および9品目で上位に入るタイと台湾に活発な生産移転が生じる可能性が大きい。また、中国企業自身も生産拠点の分散に着手している。中国からASEANへの対外直接投資は2017年から2023年にかけて1.7倍に増加しており、とくにベトナムへの投資は3.4倍に増加した。

なお、これらの代替輸出・生産移転の効果は、既存の生産設備の稼働率向上により短期で生じるケース、設備の移転・新設を要するために中長期的に発現するケースの両方が想定される。

以上を踏まえ、2025年のアジア全体の成長率は+4.8%と、2024年から減速し、近年では最も低い成長率にとどまると予想する。中国は米中合意による関税引き下げや政府による景気対策により、景気の大幅減速は回避されるものの、成長率は+5%台に届かない見通しである。その他アジアは、経済構造の差異によって明暗が分かれると予想する。外需依存度の高い国・地域、とくに対米輸出に占める個別関税対象品目の割合が大きく、財政拡張余力も限られる韓国とマレーシアは成長率を大きく低下させる見込みである。一方、外需依存度が高くとも、個別品目関税による影響が小さく、代替輸出・生産移転の恩恵が見込まれるベトナムや、内需主導型のインドやフィリピンについては、減速しつつも比較的安定した経済成長を維持する見通しである。

2026年については、中国とその他アジアで明暗が分かれる見通しである。中国は景気対策の効果のはく落により内需の脆弱性が顕在化することで、成長率が一段と低下する一方、その他アジアは関税影響の一巡や米国の景気回復により、年後半にかけて外需が持ち直すと予想する。


2.リスクは相互関税上乗せ分の発動と中国の「デフレ輸出」の深刻化
(1)上乗せ相互関税の発動はアジア経済に打撃
さらなる経済減速のリスクとして最も警戒すべきは、相互関税上乗せ分の再発動である。対米交渉の行方次第では、高い上乗せ関税率が再び課され、アジア各国・地域の輸出を大幅に減少させる恐れがある。

上乗せ関税率を含めたトランプ関税のインパクトは、ベトナムの▲3.4%、中国の▲2.2%、台湾の▲1.9%を筆頭に甚大であり、外需の悪化が内需にも波及することで、アジア景気は大幅に悪化すると予想される。ただし、インドやフィリピンなど一部の国は、内需主導型経済であるために関税の悪影響が限られるとともに、上乗せ関税率が相対的に低いため、ベトナムやタイ、台湾に代わって代替輸出・生産移転の恩恵を受ける可能性がある。

(2)中国の「デフレ輸出」が深刻化
中国に再び145%の相互関税が課される場合、中国は米国輸出市場において、約6割の品目で価格競争力を喪失し、対米輸出は6割程度減少する見込みである。これにより行き場を失った中国製品、とくに繊維・衣類、家具・玩具などの「デフレ輸出」が、以下の二つの経路を通じてアジア各国・地域の経済に悪影響を及ぼす恐れがある。

第1に、国内の価格競争激化による企業経営の悪化が想定される。米国市場を締め出された中国製品は、市場規模が大きい国々に押し寄せる見込みである。具体的には、インド、韓国、インドネシアなどに安価な中国製品が流入し、国内メーカーが厳しい価格競争に晒されることで、業況が悪化する恐れがある。

第2に、輸出先での価格競争激化による企業経営の悪化である。中国が米国市場で競争力を有する繊維・衣類、家具・玩具などを米国以外の市場に輸出しているアジアの国・地域は、その市場に流入する安い中国製品との価格競争に直面することとなる。具体的には、ベトナムやタイは米国以外の市場への輸出額が大きく、悪影響を受ける可能性が高い。

こうした企業経営の悪化は、雇用・賃金の下押しを通じて各国内需の悪化につながる恐れがあることから、中国の「デフレ輸出」加速による間接的な下押しリスクにも、警戒が必要である。


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