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Economist Column No.2025-023

原油高で繰り返される「交易条件」の悪化、政府は対策に本腰を

2025年06月19日 西岡慎一


■原油価格100ドル超えならマイナス成長も
中東情勢の緊迫化を受けて、原油価格が上昇している。イスラエルとイランの軍事衝突が激しさを増しており、原油輸送の要衝であるホルムズ海峡が封鎖されるリスクも浮上している。仮に、この海上輸送の大動脈が遮断されれば、原油価格は100ドルを優に超えるとの見方も広がる。もちろん、これはエネルギー資源の多くを輸入に頼る日本経済にとって深刻な打撃となる。その場合、今年の経済はマイナス成長に転じ、景気後退局面に入る可能性が高い。

■原油高に関税も加わり交易条件が悪化
景気を見るうえで注意すべきなのは、原油高が「交易条件」の悪化を通じて経済全体に波及する点である。交易条件とは、輸出価格を輸入価格で割った比率を指し、いわば国全体が「いくらで仕入れて」「いくらで売っているか」を示すマージンに相当する。輸入価格が上がり、輸出価格が上がらなければ、当然ながら利幅は縮み、日本から海外に所得が流出していく。
今後の交易条件は複数の要因から下押し圧力を受ける可能性が高い。原油価格が一段と上がれば、輸入価格が直接的に押し上げられる。さらに、原油取引はドル建てであるため、その価格が上がるとドル需要が高まり、円安が進みやすくなる。日本では、原油取引以外でもドル建て輸入のほうがドル建て輸出よりも大きいため、円安になると輸入品の円価格が全体として上がり、交易条件がさらに悪化する。
加えて、米国の関税引き上げも交易条件に深くかかわる。日本の自動車メーカーは、価格上昇で販売台数が落ちることを防ぐために、米国向けの輸出単価を大きく引き下げることで関税引き上げに対応している。今後も高関税が継続すると、こうした動きは一層強まり、輸出価格の下落を通じて交易条件は一層悪化しよう。

■交易条件の悪化が実質賃金下落の主因
交易条件の悪化は、企業収益を圧迫し、やがては実質賃金の低下につながる。企業は仕入れコスト上昇を価格転嫁しにくい環境のなかで収益を削られ、値上げを超える賃上げに踏み切れなくなる。実質賃金が上がらない背景として、労働生産性の低迷や大企業による消極的な労働分配が主張されることが多いが、国全体としてみれば、交易条件の慢性的な悪化こそが主因であるとの見方が有力である。
最近でも、名目賃金が上昇しているわりには、実質賃金がなかなか上がってこないが、これもロシア=ウクライナ戦争を受けた交易条件の悪化が起点である。今夏以降、実質賃金の回復が期待されているが、ここへきて再び原油高がその足かせとなるリスクが高まっている。

■交易条件の改善に本腰を
交易条件の悪化に歯止めをかけるためには、短期的な物価高対策のみならず、中長期的な構造改革が欠かせない。政府の「骨太の方針」でも、「物価上昇を上回る賃上げ」が大きな目標として掲げられているが、交易条件の改善をその中心施策に据えるべきである。
輸入面では、再生可能エネルギーの導入拡大や省エネ投資の後押しにより、化石燃料への依存を減らし、国際情勢に左右されにくい体制を築く必要がある。輸出面では、企業が価格に見合う価値を提供できるよう、デジタル・ロボット技術の導入などを促しながら、製品の高付加価値化を進めることが重要だ。
交易条件の悪化は目立ちにくいが、企業も家計も「高く買わされ、安く売っている」状態に陥り、実質的な購買力が着実に削られていく。こうした課題に正面から取り組むことが、日本の豊かさを回復する一歩となる。



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