日本は、深刻な介護人材不足に陥っている。2040年度には約57万人もの介護人材が不足すると推計されており(※1)、もはや「人」だけでは介護が必要な高齢者を支えることはできない。
解決策の一つとして国が着目しているのは、介護現場での技術活用である。経済産業省と厚生労働省は、技術活用により効率化・高度化できる介護業務をまとめた「ロボット技術の介護利用における重点分野」(以下、重点分野)を2012年に策定し(※2)、重点分野に該当する製品の開発と普及を推進してきた。重点分野に該当する製品は、経済産業省による開発支援を受けられるのみならず、介護事業所が製品を購入する際の補助金対象となる。このため、重点分野は介護分野向けに機器やシステムを提供する企業に大きな影響を及ぼしている。
2024年、重点分野が7年ぶりに改訂された(※3)。この改訂では、見守り支援、移乗支援等からなる既存の6分野に、3つの新分野(機能訓練支援、食事・栄養管理支援、認知症生活支援・認知症ケア支援)が追加され、全体で9分野に拡充されたことに関心が集まっている。しかし、注目すべきは新規分野の追加だけではない。見逃してはならないのは、重点分野の名称が「ロボット技術の介護利用における重点分野」から「介護テクノロジー利用の重点分野」に変更されたことだ。この名称変更の背景にある技術活用の方向性の変化と、経済産業省と厚生労働省の真意を理解することが重要である。
重点分野策定当初は、産業用ロボットに代表されるロボット技術の介護現場への応用、すなわち「介護ロボット」に焦点が当てられていた。介護職員の体に装着し、特定の場面での移乗介助動作をサポートするような移乗ロボットがその代表である。しかし、2022年に厚生労働省が行った調査(※4)によれば、移乗ロボットを導入している介護施設は1割に満たず、使用機会も極めて限定的であることが明らかとなっている。「介護ロボット」という言葉は、人型ロボットが介護職員の代わりにケアを行うという誤解を招き、介護職員からの抵抗感を生む要因となっていた。
しかし、近年、介護現場での技術活用は大きな転換期を迎えている。急速に普及が進んでいるのは、高齢者の状態を遠隔で把握できるセンサーである。従来、介護職員は夜間に何度も高齢者の居室を訪問し、睡眠状況や健康状態を確認していた。しかし、センサーを導入することで、居室を訪れることなく、遠隔で睡眠状況や呼吸数・心拍数を把握できるようになった。この技術によって、夜間訪室業務の大幅な効率化が達成できている。
また、AI技術を活用して高齢者に個別最適なケアを提案するシステムも普及し始めている。その一つがケアプランの領域である。これまでは、現場スタッフが、勘と経験に頼りながら多くのケアプランを作成していた。しかし、AIを活用することで、状態改善に効果的なケアの提案や、今後の状態変化の予測が可能になった。この技術によって、ケアプランの作成時間の削減にとどまらず、ケアプランの質の向上が達成できている。
このように、介護現場での技術活用は、ロボット技術主体の「介護ロボット」から、センサー・AI技術主体の「介護テクノロジー」へと大きくシフトしている。この変化を受け、経済産業省と厚生労働省は、重点分野の名称を「ロボット」から「テクノロジー」に変更したのだ。この名称変更には、単にロボットで業務を置き換える、というシーズベースの発想を脱却し、介護現場の業務実態に即したニーズベースのテクノロジー開発を促したい、というメッセージが込められているのである。この改訂に込められた真の意図を理解し、深刻な介護人材不足を解決するための技術開発の方向性を見極める必要がある。
(※1) 厚生労働省「介護人材確保に向けた取組

(※2) 厚生労働省「「ロボット技術の介護利用における重点分野」を策定しました

(※3) 経済産業省「「ロボット技術の介護利用における重点分野」を改訂しました

(※4) 厚生労働省「令和3年度介護報酬改定の効果検証及び調査研究に係る調査(令和4年度調査)(5)介護現場でのテクノロジー活用に関する調査研究事業報告書

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。