Economist Column No.2025-014
トランプ政権の世界関税戦争は金融市場へ拡大する恐れ~”One,Big,Beautiful Bill Act”の第899項に注意
2025年06月02日 石川智久
■急速に注目が高まるOne,Big,Beautiful Bill actの第899項
米議会下院は22日、トランプ米政権の1期目に導入した減税策の延長を柱とする「一つの大きく美しい法案(One, Big, Beautiful Bill Act)」を可決した。本法案は現在上院で審議中であるが、その中の第899項への注目が高まっている。
この第899項とは、端的に言えば、外国人投資家をターゲットとした資本課税である。米国の個人や企業に差別的ないし域外適用とみなされる税を課す国・地域の投資家や企業に対して、米国への投資で得ている利子・配当収入などの所得にかかる税率を引き上げる。具体的には、初年度は従前税率を5%引き上げ、4年間で最大20%まで引き上げ可能とする。
念頭にあるのは、デジタルサービス税(DST)や、「軽課税所得ルール(UTPR)」と呼ばれるグローバルな最低税率制度に基づく枠組みなどを導入している国である。報道等によると、欧州では大半の国々が該当し、日本、韓国、豪州、インドなども対象となる恐れを指摘する識者も存在する。つまり、米国の金融市場を支えている同盟国がその候補になっている。
■世界関税戦争が金融市場に波及する恐れ
この条項自体は、現在トランプ政権が進めている報復関税とは別のものである。一方で、関税が当初案よりも規模が小さくなる可能性が高いなか、今後予想されるトランプ減税の原資として、これが活用される可能性が指摘され始めている。また、この第899項をちらつかせることで、関税交渉を有利に進めようとする可能性も否定できない。つまり、世界関税戦争が金融市場にまで拡大することが懸念される状況といえる。
さらに、トランプ政権は外国人労働者の海外送金にも税率3.5%の課税を導入しようとしている。これが実施されれば、出稼ぎ労働者を多く米国に送っている中南米経済に深刻な打撃を与えることは避けられない。
このようにみると、トランプ政権の資本課税政策は、投資家のような大企業や富裕層だけでなく、出稼ぎ労働者という低所得層も外国人であればターゲットとなっており、外国から少しでも税を搾り取るという強い意志を感じさせるものとなっている。
■金融市場が大きく動揺するリスクも
現時点ではこの条項がどのように実施されるかまだ分からず、幅広く適用されることなく、緊急時に実施される伝家の宝刀的な最終的な切り札として運用される可能性はある。その場合、金融市場への影響は小さいだろう。
一方、仮にこの条項が実施され、多くの国が対象になった場合、米国の金融市場がトリプル安となり、大混乱に陥ることは必至である。そして、米国の金融市場は海外資本から忌避され、米国市場から逃げ出した資本が欧州・日本市場やコモディティ市場に流れ込む展開もあり得よう。これらの市場は米国に比べると規模が小さく、価格がファンダメンタルズを反映しない形で急騰・急落するといった混乱が生じると考えられる。
このような混乱を発生させないためには、まずは世界各国が官民挙げた働きかけで、米国の政権、司法、世論にこの条項のリスクを認識させ、上院での修正や司法による停止等につなげていくべきである。このような対応の間にも、投資家は万一に備えポートフォリオをリスクディフェンシブにしていくであろう。
しかし、こうした対応は一種の対症療法であり、リスクの根源の除去は保証されない。対応実らず、リスクの顕現化が避けられないようであれば、中長期的観点で米国以外の国々が協力し、米国に振り回されることのない新たな国際金融市場の構築の検討に向かわざるを得ないであろう。
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