アジア・マンスリー 2025年6月号
パナマ運河の問題でさらに高まる香港リスク
2025年05月29日 野木森稔
中国本土からの積極投資などを背景に香港経済の回復が続いている。しかし、中国依存の高まりは仇となり、米中対立が先鋭化するなか、パナマ運河を巡る問題などをきっかけに先行きのリスクが高まっている。
■中国本土関連ビジネスが支えとなり香港経済は好調維持
香港経済は好調が続いている。2025年1~3月期実質GDP 成長率は前期比+1.9%と、前期の同+0.9%から加速した。トランプ関税前の駆け込みを背景に輸出入ともに増加し、貿易関係が好調を維持した。そのほか、株式投資の活発化など金融面からの景気への追い風も強まった。香港には中国本土のハイテク企業が多く上場しており、中国の新興企業DeepSeek(ディープシーク)の台頭を機に人工知能(AI)関連の銘柄に資金が流入している。
■強まる香港経済の中国本土への依存
1~3月期における香港の高成長は、主要先進国の伸びがマイナス(日本や米国)や低い伸びにとどまったのとは対照的である。政策効果などにより比較的底堅い成長を続ける中国経済の影響があったと考えられる。加えて、香港経済では中国からの積極的な投資も景気を押し上げる要因となった。香港に域外(中国本土含む外資)企業が持つ拠点は、2024年に9,960拠点(前年9,039拠点)と2年連続で増加し、とくに中国本土企業の存在感が高まった。
香港政府は近年、域外企業誘致策を強化しており、中国本土企業がそれに乗じて進出を積極化している。2022年の李家超(ジョン・リー)行政長官による施政方針演説では、香港の競争力強化に向けた企業と人材の誘致や産業の育成・強化に向けた戦略・方針が打ち出され、「重点企業 誘致弁公室(OASES)」が設置された。生命・健康テクノロジー、AI、新エネルギーなどが重点分野とされ、OASESを通じて香港への事業進出・拡大を決めた企業は、2025年4月8日に新たに18社が加わり、合計84社となったが、ほとんどが中国本土企業である。
また、2020年12月、米国が外国企業責任法(監査検査規則を遵守することを義務付け、3年連続で遵守しない場合は米国証券取引所から追放)を導入し、米国上場の中国本土企業が香港で の上場を模索する動きが強まった。米国は、今後も中国本土企業に対する規制を強化する見込みであり、香港はその受け皿となるべく企業の株式上場誘致を積極化している。香港取引所(HKEX)は、2023年3月、新規上場時の時価総額基準の引き下げによりハイテク企業などに対する香港上 場規制を緩和した。2025年5月には、中国車載電池最大手の寧徳時代新能源科技(CATL)が新規株式公開(IPO)を実施し、香港での金融取引を活発化させている。
■パナマ運河を巡る米中対立が域外企業の香港でのリスクを高める
このように、中国本土関連のビジネス拡大を追い風に足元の香港景気は好調ではあるが、先行きのリスクは急速に高まっている。トランプ関税の発動によって足元好調の貿易は早晩悪化を余儀なくされよう。さらに問題となるのは、米中対立が先鋭化するなかで、中国本土とのつがなりが香港にとってこれまで以上に大きなリスク要因になっていることである。
とくに、パナマ運河を巡る問題が、そうしたリスクを強く意識させている。3月4日、香港の長江和記実業(CKハチソン)が、資産運用世界最大手の米ブラックロックが主導する投資家連合に、パナマ運河の重要港湾の運営権を228億米ドルで売却することで合意した。しかし、中国政府の圧力が強まるなか、4月2日に予定されていたこの取引の正式署名は延期されることになった。そもそもパナマ運河については、2024年末の大統領就任前のトランプ氏が通航料に不満を示し、適切な扱いを受けられなければ、パナマ政府に運河の返還を求めると発言したことで注目を集めたが、香港系企業が運河の両側にある港湾施設の運営権を握っていることで、中国が航路を実効支配しているとの議論にまで発展した。ケイマン諸島に登記されるCKハチソンは、中国本土企業ではないし、中国政府の管理の下でビジネスを行っているわけではない。にもかからず、米国は中国の影響下にあるとの主張を譲らず、さらに中国の国家市場監督管理総局がこの取引について問題がないか調査を開始すると発表するに至った。この流れのなかで、CKハチソンは中国政府の意向を無視してパナマ運河の港湾ビジネスを進められない状況に陥っている。
パナマの港湾問題の落とし処については現時点で見通しが立っていないが、香港の企業すべてが中国政府による介入への警戒が必要となり、当地でのビジネスのリスクとなっていることは間違いない。香港では「香港国家安全維持法」が2020年に施行され、それを補完する「国家安全条例」が2024年3月に施行された。これらを受け、すでに多国籍企業の間では香港でビジネスを行うリスクが懸念されていたが、パナマ運河を巡る問題はそれをより強く意識させたと言える。トランプ関税による中国景気悪化リスクの高まりに加え、中国本土以外の投資家の警戒がさらに強まることで、香港経済が一転して悪化する可能性には注意する必要があろう。
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