リサーチ・フォーカス No.2025-006
【サプライチェーン再編シリーズ⑤】
米中対立で深まる重要鉱物を巡る問題~中国の鉱物供給の「武器化」と米国の「脱炭素」なきサプライチェーン再編の危うさ~
2025年05月02日 野木森稔
中国政府は、米国との関税引き上げの応酬のなか、報復措置としてレアアースなど重要鉱物の輸出管理強化を打ち出した。脱炭素化やデジタル化の推進に不可欠な素材である重要鉱物の供給において、中国は圧倒的なシェアを持つ。中国は重要鉱物の供給を「武器化」し、米国への圧力を強めようとしている。
それに対して、米国政府は重要鉱物サプライチェーン再編の動きを加速している。ウクライナとレアアースなど資源に関する協定を結んだだけでなく、やや強引とも言える外交を進め、グリーンランドやコンゴ共和国での重要鉱物確保に向け動きを活発化している。また、国防生産法を活用した重要鉱物の加工など国内生産拡大も進めている。
重要鉱物は EV や太陽光パネルなど新エネルギー製品で不可欠な素材となるため、米国の重要鉱物確保は、環境面で過度な中国依存から脱却するために重要な動き、として紹介されることがある。しかし、トランプ政権は「脱・脱炭素」を進めており、重要鉱物確保では多くが期待するような環境面が重視されているわけでない。同政権は、強力な磁石を作る素材であるレアアースの確保など軍事面での利用を重視しており、バッテリーといった新エネルギー製品での利用を主とするリチウムやニッケルなどに大きな政策支援を打ち出す気配はない。また、リチウムやニッケルは他の重要鉱物と比べて市場規模が大きい。これらの重要鉱物の確保や関連ビジネス拡大が進まないことで、サプライチェーン再編・強靭化は一部しか進まず、米国では重要鉱物における中国依存の問題は解消されない可能性が高い。
長期的に気候変動問題を無視し続けることは難しく、トランプ政権の「脱・脱炭素」はいずれ見直し、ないし方針転換を迫られると考えられる。「脱・脱炭素」によって本格的な重要鉱物のサプライチェーンの再編・強靭化の取り組みが遅れれば遅れるほど、中国の独占的状況を崩すのが難しくなる。いずれ訪れるであろう本格的な脱炭素社会において、米国は新エネルギー分野の競争で中国に大きく遅れを取る、さらに重要産業でのシェアを奪われて経済安保上のリスクを高めるといった可能性がある。
わが国でも、米国との協力で重要鉱物サラプライチェーン再編が進められないことで、中長期的な成長が下押しされるだけでなく、経済安保上のリスクを高めるなどの恐れがある。そうした事態を回避するため、日本政府は独自に重要鉱物の確保を政策的に支援していくとともに、欧州や東南アジアなど新興国などとも連携し、本格的なサプライチェーン再編を主導していく必要があろう。また、EV や太陽光パネルなど重要鉱物を利用した新エネルギー製品の最終需要も大半を中国が持っている状況も変化させる必要がある。中国から重要鉱物サプライチェーンを引き剥がしても、最終需要がなければ、重要鉱物ビジネスは環境負荷などコストが膨らむだけで拡大は見込めない。「脱・脱炭素」など米国の現行の極端な方針が大きく転換する、といった見込みが立たないなかでも、日本政府は同製品の国内での最終需要拡大支援を積極化することで、重要鉱物サプライチェーン再編を後押しすることも求められよう。
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