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アジア・マンスリー 2025年5月号

ASEANで導入が進む即時送金システム「FPS」

2025年04月25日 岩崎薫里


ASEAN地域では、スマートフォンからいつでも送金が可能で、QRコード決済にも対応するFPSが政府主導で導入されており、それによる消費者の利便性向上や企業の業務効率の向上が期待されている。

■政府主導で相次ぐ導入
「Fast Payment System」(FPS) は、24時間365日利用可能な即時送金(payment)のシステムである。送金には大きく、金融機関間で行うホールセール送金とそれ以外のリテール送金に分けられるが、FPSは主にリテール送金、しかも、そのうちの小口の送金を対象とする。決済の利便性向上などを目的に世界的にFPSの導入が進み、現在70余りの国が導入済みである。

ASEAN主要国でも2010年代半ば以降、FPSが政府主導で相次いで開発・導入され、インフラとして銀行やノンバンクに利用が開放された。仕組みや所有・運営組織、送金可能額などは国によって異なるものの、スマートフォンを用いて利用できる点や、送金先の口座情報の代わりに携帯電話番号などの代替情報を入力するだけで送金できる点は共通している。

FPSの導入に際しては、QRコード決済機能が取り入れられ、店舗での支払いにも利用できる。ASEAN地域の一部の国ではデビットカードやクレジットカードの普及率が低く、それらに代わる利便性の高いキャッシュレス決済手段としてQRコード決済の重要性が高いことが背景にある。併せて国内のQRコード決済規格が統一され、その利用が奨励ないし義務化された。

■FPS導入の目的
ASEAN主要国政府がFPSを導入し、送金だけでなくQRコード決済にも利用可能にし、さらにQRコード決済の統一規格を導入したのはなぜか。

各国政府に共通する最も大きな目的は、消費者の利便性向上および企業の業務効率の向上、ひいては国全体の経済的豊かさの実現である。銀行口座保有率が低い国では、金融包摂を進めるという側面も強い。具体的には、①保有のメリットを感じない銀行口座非保有者に対して保有のインセンティブを提供する、②たとえ銀行口座を保有していなくても、ノンバンクを通じてFPSにアクセスし、容易かつ安価に送金や支払いといった金融取引を行えるようにする、の二つである。

また、FPSのような電子決済を普及させることで現金取引を減らし、アンダーグラウンド経済の縮小と税収増を図るという側面もある。電子決済の場合、取引履歴が残り政府が資金の動きを捕捉しやすくなるためである。

■各国で異なるFPSの利用状況
FPSの利用状況はASEAN各国によって異なる。これは、①FPSの導入時期、②FPSの導入以前における決済サービスの発展度合い、③銀行の参加状況、④政府による活用状況、の違いによる。

ASEAN地域のなかではタイのFPSであるPromptPayの利用が突出している。リテール決済全体に占めるシェア(2023年)で4割、リテール決済のうち電子媒体のみに限定すると6割に上る。この要因として、①主要銀行すべてが参加している、②利用手数料が一定額まで無料に設定されている、③政府が社会保障給付や税還付に用いている、などが挙げられる。

シンガポールのPayNowも、タイのPromptPayで挙げた3点と同じ要因に後押しされて利用が拡大した。しかし、リテール決済全体に占めるシェア(FASTも含めた合計)は1割、電子媒体のみでも2割弱と、PromptPayよりも大幅に低い。これは、決済サービスの発展状況においてシンガポールがタイに先行していたためと推測される。PayNowが導入された時期には複数の決済サービスがシンガポールですでに定着していたことから、PayNowの利用によって新たに得られるメリットも限られ、タイでみられたほどの積極的な利用につながらなかったのであろう。

マレーシアのDuitNowのリテール決済全体に占めるシェアが7.4%と、PromptPay、PayNowを下回るのは、社会保障給付に利用されていないことに加えて、導入時期がPromptPay、PayNowよりも遅かったためと考えられる。

インドネシアのBI-FAST、フィリピンのInstaPayのリテール決済全体に占めるシェアは、それぞれ2.7%、0.9%にとどまる。導入時に多くの銀行がシステム対応の遅れから参加できなかったことが影響している。ただし、フィリピンでは現金の利用が根強く電子決済全般が未発達ななかで導入されたことから、リテール決済のうち電子決済に限定すれば、InstaPayのシェアは5割近くと、タイのPromptPay(6割)に次ぐ高さとなっている。

■FPSのクロスボーダー接続へ
FPSの導入が一巡した後の次のステップとしてASEAN各国政府が進め始めているのが、FPS同士の国境を越えた接続である。域内各国のFPS、さらには先進国を含め域外のFPSとつながることを目指している。それによって便利で安価に海外送金できること、および消費者が海外渡航時も自分のスマートフォンのアプリでQRコード決済できることを実現しようとしている。

従来は先進国発が多かったこうした金融面でのイノベーティブな動きが、ASEANという新興国地域から登場している点は特筆に値する。


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